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ファイナンス基礎理論 第9回「負債の節税効果とは(再び)」

(毎週火・木・土曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さんこんにちは、パートナーの石野雄一です。

前回は、ファイナンス基礎理論の番外編と称して、
有利子負債の節税効果について、
お話ししました。

ちょっと、難しい内容だったせいか、質問が数多くよせられました。

今回は、このご質問にお答えしたいと思います。

まずは、前回のエッセイ(第8回「負債の節税効果とは」)をお読みください。

前回のエッセイのメッセージはいたってシンプルなものです。
有利子負債には、節税効果がある。

この節税効果のおかげで、最終的に
投資家(債権者+株主)の手にわたるキャッシュフローが、
多くなる。

したがって、まったく同じ内容の企業でも、
有利子負債のある企業の方が、
企業価値が高くなる、ということでした。

質問が多かったのは、エッセイの後半部分です。
有利子負債があるL社の企業価値 ishino0220_1.gif を計算するのに、
なぜU社の投資家に帰属するキャッシュフロー30百万円を
使うのかというものです。

ishino0220_2.gif

多くの人は、L社の企業価値を求めているのだから、
L社の投資家が受け取るキャッシュフロー34百万円を
WACCで割り引くのではないかというご意見でした。

なかなか、鋭いご指摘です。
まずは、フリーキャッシュフローとは何かについて、
もう一度考えてみましょう

実は、フリーキャッシュフローのフリーとは、
投資家(債権者+株主)にとっての自由に使える、
という意味でのフリーのほかに、
資本構成(調達の方法)の影響を受けない、
という意味でのフリーとも言えるのです。

言い換えれば、フリーキャッシュフローとは、
有利子負債がない(=100%株主資本で調達)
と仮定した場合のキャッシュフローとも言えるのです。

フリーキャッシュフロー(FCF)の計算式を思い出してください。

FCF=営業利益(1-税率)+減価償却-設備投資-運転資金の増加額

フリーキャッシュフローの計算を営業利益から始めることによって、金利の影響がなくなり(支払利息は営業外)、
なおかつ負債による節税効果も排除されています。

無借金会社という前提をおいて、
企業が生み出すキャッシャフローを計算するのには、
わけがあります。

結論から言えば、企業価値を評価するときに、
運用と調達とを分けて考えた方が計算が楽だからです。

運用サイドをみるときに、調達サイドは、
無借金という形で固定します。
調達サイドの話は、いったん切り離し、
その企業のキャッシュを生み出す能力だけに注目する。
企業が生み出すキャッシュフローを予測したあとに、
次の段階で、調達サイドに視点を移すわけです。
具体的には、調達方法の影響や負債による節税効果は、
WACCに反映させるわけです。

運用と調達とを一緒に考えると、
調達方法(=有利子負債の金額)や負債コストによって、
支払金利が変わってしまって、
将来のキャッシュフローを予測するのが
大変になってしまうからです。

先ほどの質問に戻りますと、
有利子負債がないL社の企業価値を求めるときは、
まずは、100%株主資本で資金調達を行なっている場合
(=無借金会社の場合)のキャッシュフローを計算し、
L社の調達方法による影響は、
WACCに反映させるというが正しいプロセスなのです。

したがって、L社の企業価値を求める際には、
U社(=無借金会社)のキャッシュフロー30百万円を使い、
調達方法によって生じる影響と節税効果を反映したWACCで
割り引くわけです。

なんか、わかったような、
わからないような人も多いかも知れません。
むしろ、ストレートにキャッシュフローを計算する段階で、
調達方法の違いを反映させた方がいい、
という人もいるかも知れません。

これからお話しするイクイティーDCF法は、
そんな人のためのものです。

これまで、板倉雄一郎事務所では、
フリーキャッシュフロー
=株主と債権者に帰属するキャッシュフロー
と定義していました。

実は、フリーキャッシュフローが、
株主に帰属するキャッシュフローを指すこともあります。

しばしば、この二つを区別して、
株主と債権者に帰属するキャッシュフローを
FCFF(Free Cash Flow for the Firm)
株主に帰属するキャッシュフローを
FCFE(Free Cash Flow for Equity)と呼ぶことがあります。

私たちになじみのあるFCFFは、
債権者に帰属するキャッシュフローである支払利息を
払う前のキャッシュフローですから、
営業利益からはじまるということは、先ほど説明しました。
だからこそ、次のように定義できるわけです。

FCFF=営業利益(1-税率)+減価償却-設備投資-運転資金の増加額

一方で、株主に帰属するキャッシュフローであるFCFEは、
次のように定義できます。

FCFE=当期利益+減価償却-設備投資-運転資金の増加額-負債元本の返済額+新規負債借入額



ishino0220_3.gif

このフリーキャッシュフロー(FCFE)は、
収益からすべての費用を支払い、
債権者にも支払利息を支払ったあとの当期利益から始まっています。

注意しなくてはいけないのは、
現在価値に割り引くときの割引率です。
FCFFを割り引く場合は、WACCを使用します。
これによって計算されるのは、企業価値です。
企業価値から債権者の持分である有利子負債を引くことによって、間接的に株主価値を計算するのです。

一方で、FCFEを割引く場合は、WACCではありません。
株主に帰属するキャッシュフローですから、
株主資本コストで割り引くことで、
株主価値をダイレクトに求めることになります。

この方法は、エンタプライズDCF法に対して、
イクイティー・キャッシュフロー法といいます。

この方法では、いままで観てきたとおり、
事業から生み出されるキャッシュフローに、
有利子負債の増減が加わります。
このため、計算方法が煩雑になり、
間違えやすいという欠点があります。

そのため、
このイクイティー・キャッシュフロー法は、
一般的に金融機関の価値評価など、
ビジネス自体が資本構成の変化に直接関係する場合に
使われます。

このイクイティー・キャッシュフロー法の考え方でいえば、
L社の株主価値は、
L社の株主に帰属するキャッシュフロー24百万円を
株主資本コストで割り引くことで、
ダイレクトに計算することができるわけです。

次回こそは、有利子負債の功罪についてお話したいと思います。

【参考エッセイ】
 ⇒ Deep KISS 第20号「金融機関の価値評価」

07年2月20日 石野 雄一
ご意見ご感想、お待ちしています。

次回パートナーエッセイは、2月22日(木)に、Yoshihara氏が担当します。