板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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ファイナンス基礎理論 第10回「有利子負債の功罪」

(毎週火・木・土曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さんこんにちは、パートナーの石野雄一です。

前回、そして前々回は、
ファイナンス基礎理論の番外編と称して、
有利子負債の節税効果について、
お話ししました。

今回は、番外編の最終回となります。

有利子負債の節税効果のおかげで、最終的に
投資家(債権者+株主)の手にわたるキャッシュフローが、
多くなる。

したがって、まったく同じ内容の企業でも、
有利子負債のある企業の方が、
企業価値が高くなる、ということでした。

ところが、やみくもに負債を増やしたからといって、
企業価値が高まるわけではありません。

負債を増やし過ぎると。。。
もう後は言うまでもありません。
そうです。
今度は倒産するリスクが高まってしまうのです。

実は、負債を増やし過ぎると、
倒産した場合に生じる財務破綻コストの現在価値分だけ、
企業価値は低くなってしまいます。

財務破綻コストとは、
破産前や破産手続き中にかかる弁護士や、
会計士への報酬はもちろんのこと、
機会コストも含まれます。

倒産の危機にさらされた場合、
経営者は前向きな投資案件に、
時間を割くことなどできなくなるでしょう。
たとえ、企業価値を高めるような投資機会があっても、
あらたに資金調達することは難しいでしょう。
つまり、
ここで投資機会を失うというコスト(=機会コスト)が、
発生しているといえます。

また、債権者、株主以外の利害関係者、つまり、
顧客、取引先、従業員などへの悪影響も無視できないはずです。

要は、負債による節税効果と、
負債過大による財務破綻コストを天秤にかける必要がある。
それでは、どこまで負債を増やせばいいのでしょうか?
従来から、ファイナンスの世界では、
企業価値を高めるための、
「最適な資本構成(=負債と株主資本の割合)は何か」
を模索してきました。

ところが、残念ながら「これが最適な資本構成です」
というはっきりしたものは、いまだありません。

「最適な資本構成」が明確な形で存在しないとなれば、
わたしたちは何を基準として、
有利子負債と株主資本とのバランスを考えればいいのか、
そんな疑問がここで湧いてきます。

ここで、
WACCと資本構成との関係を表したグラフをみてみましょう。

ishino0306_1.gif

縦軸は、WACCを表し、
横軸は有利子負債と株主資本の割合を表します。
右に行けばいくほど、負債が増加します。

グラフにあるとおり、
はじめは負債を増やしていくと、
WACCは下がっていきます。
負債には節税効果があると同時に、
負債コストは株主資本コストより通常低いですね。
したがって、負債の利用によって、
加重平均資本コスト(=WACC)が下がるわけです。

しかし、この間も負債の増加により、財務リスクが増加し、
株主資本コストは上昇していきます。
ところが、まだ負債の利用によるコスト削減効果の方が、
株主資本コストの上昇分よりも大きいために、
両者の加重平均である資本コストは低下を続けるのです。

そして、負債が増えすぎると、
格付けが下がります。
その結果、負債コストが上がります。
同時に、財務リスクが増大するために、
株主のリスク認識も高まります。
結果的に株主資本コストも上がるわけです。

WACCが最低になるポイント(星印の点)は、
負債増加による平均資本コスト削減効果と、
負債コストおよび株主資本コストの上昇効果が、
同じになったところです。

企業の資本構成について考える際に、
このグラフの中のどのあたりに位置しているのか、
ということをおさえておく必要があります。

たとえば、このA点にある企業が負債を増やせば、
WACCは下がります。
これは良いオペレーションといえます。
ところが、B点にある企業が負債を増やすと、
こんどはWACCが上がってしまうわけです。

反対に負債を減らすことは、
B点にいる企業の場合には、
よいオペレーションということになりますが、
A点にいる企業にとっては、
よくないオペレーションということになります。

それでは、企業がA点にいるのか、
それともB点にいるのか、
というのはどうやって知るのかっていう話になりますよね。

実務上は、同業他社の資本構成を参考にする、
格付けとの兼ね合いをみるなどまさに手探り状態なわけです。

繰り返しますが、
資本構成にこれはという正解はありません。
けれども、資本構成に影響を与える要因は存在します。

たとえば、
収益性の高い企業は負債比率が低くなる傾向があります。
そういう企業は倒産する可能性が低いので、
負債の節税効果を活用すべきなのですが、
むしろ、業績がいい企業ほど、
有利子負債が少ない傾向にあります。

これには、理由があります。
資金調達の機動性という点では、
株式調達よりも、
負債のほうが優れていると考えられているのです。

つまり、何かが起きたときには、
すぐに資金調達できる、というのが有利子負債だと、
考えられているのです。
したがって、
全般的に借入の余力を持っておきたいと、
考える経営者が多いのでしょう。

一方で、事業リスクの高い企業、
言い換えれば、
事業活動から生み出されるキャッシュフローの変動が、
大きい企業は、
仮に負債がなくても倒産の危機に陥る可能性が高いので、
負債比率が低くなる傾向があります。

ですから逆に、
東京ガスや東京電力など、
社会のインフラを担っている企業など、
将来のキャッシュフローのバラツキがあまりないですよね。
つまり事業リスクの少ない企業の場合には、
負債を増やしてもよいということになります。

ところが実際には、
ほとんどの企業で、
負債を圧縮するようなオペレーションが、
行われています。
なぜなら、負債を減らすことはいいことだという社会通念が、
いまだに残っているからです。

企業価値向上のために、
有利子負債を増やすのがいいのか、
減らすのがいいのかは、
いちがいにはいえないことが、
おわかりいただけたのではないでしょうか?

まずは、企業が
「WACCと資本構成との関係を表したグラフ」
のどこに位置にあるのか、
イメージをつかむことが大切だといえます。

【参考エッセイ】
 ⇒ BTB第11回「最適D/E比率実現のケース」
 ⇒ Deep KISS第54号「最適D/E比率」

2007年3月6日 石野 雄一
ご意見ご感想、お待ちしています。

次回パートナーエッセイは、3月8日(木)に、Yoshihara氏が担当します。