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ファイナンス基礎理論 第8回「負債の節税効果とは」

(毎週火・木・土曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さんこんにちは、パートナーの石野雄一です。

今回は、ファイナンス基礎理論の番外編と称して、
有利子負債の節税効果について、
お話してみたいと思います。

ちょっと、基礎とはいえない内容かも知れませんが、
最後までおつき合いください。

ここにU社とL社があるとします。
営業利益は、どちらの会社も50百万円です。
U社には、有利子負債はありません。
一方で、L社は、100百万円を年率10%で借入しています。
資本構成以外は、全く同じ内容の会社であると考えてください。
ここでは、業績は資本構成の影響を受けず、
法人税率は40%とします。

このとき、損益計算書は、次のようになります。
厳密にいえば、税引後利益とキャッシュフローは違いますが、
ここでは同じとします。

ishino0220_2.gif 

U社とL社の投資家(株主と債権者)が、
受け取るキャッシュフローの額に注目してください。
不思議なことに、
有利子負債があるL社の方が4百万円多いのです。
この4百万円は、一体どこから、きたのでしょうか?

お金が何もないところから、
うみだされるはずがありません。
そうです。実は、法人税の支払額が4百万円減っているんです。
有利子負債があることによって、
利害関係者(ここでは、株主と債権者と国家)間での配分が
変わったということです。

言いかえれば、この4百万円は、
両社の法人税の支払額の差額であり、
L社の支払金利10百万円が、
法人税の課税対象額から控除されていることから
生じているわけです。

この負債の働きを、
負債の節税効果(tax shield)といいます。
この節税効果のおかげで、
最終的に投資家の手にわたるキャッシュフローが、
多くなるわけです。

このキャッシュフローの違いは当然のことながら、
U社とL社の企業価値の違いにつながります。

仮に、U社とL社の営業利益と資本構成が、
このまま永久に一定だとします。

負債があるL社の企業価値を ishino0206_2.gif とし、
負債がないU社の企業価値を  ishino0206_3.gif とすれば、
次の式が成り立ちます。

ishino0206_4.gif(節税効果の現在価値)

つまり、有利子負債があると、
節税効果の現在価値分だけ、
企業価値が高まるというわけです。

この節税効果の現在価値について、
みてみましょう。

支払利息は、
有利子負債の額 ishino0206_5.gif に、
負債コスト ishino0206_6.gif をかけた ishino0206_7.gif になります。
負債により、課税対象額は、
この支払利息 ishino0206_7.gif だけ少なくなります。

したがって、
この支払利息に、
法人税率 ishino0206_8.gifをかけた  ishino0206_9.gif が、
節税効果になるわけです。

先ほどの例でいえば、
法人税率40% × 負債額1億円 × 金利10% = 4百円
が節税効果というわけです。
負債があるL社は、今後も永久に、
この節税効果分 ishino0206_9.gif というキャッシュフローが、
毎期余分に生まれるということです。

このキャッシュフローは、
リスクがない(=永久に一定)と仮定しています。
したがって、この節税効果の現在価値は、

ishino0206_10.gif 

と計算できるのです。

ちなみに、このとき、
永久債の現在価値を求める公式を使っています。
毎年のキャッシュフローをC、割引率をrとすると、
毎年永久にCを受け取れる永久債の現在価値 ishino0206_11.gif は、

ishino0206_12.gif

でしたね。

こうして、「負債を利用すると、
節税効果の現在価値分だけ企業価値が高まる」
という、さきほどの関係式が導き出されるのです。

ishino0206_4.gif(節税効果の現在価値)

このことを具体的に考えてみましょう。
ここからは、マニア向けのお話しです(笑)

負債なしのU社の株主資本コスト ishino0206_13.gif を20%とすると、
U社の企業価値 ishino0206_3.gif は、
次のように計算できます。

ishino0206_14.gif  百万円

 それでは、負債ありのL社の企業価値 ishino0206_2.gif  は、
どうでしょう。

さきほどの関係式を使えば、
ishino0206_2.gif  = 150百万円 + 40% × 100百万円 = 190百万円
となります。

有利子負債があるL社の企業価値が、
U社の企業価値よりも高いというのは、
若干違和感があるかも知れませんね。

L社の ishino0206_5.gif(負債)は、100百万円ですから、
  ishino0206_15.gif(株主資本)は、90百万円となります。

それでは、
L社の株主資本コスト ishino0206_16.gif を求めてみましょう。

株主に帰属するキャッシュフローは24百万円です。
株主資本コスト  ishino0206_16.gif  とすれば、

ishino0206_15.gif(株主資本)=90百万円= ishino0206_17.gif 
したがって、 ishino0206_18.gif  %といえます。

負債がないU社の株主資本コスト ishino0206_13.gif は20%でした。
ところが、負債がある場合の株主資本コスト ishino0206_16.gif は、
26.68%と増加しています。

これは、どういうことなのでしょう?

負債がない場合、株主の直面するリスクは、
事業リスクのみです。
事業リスクとは、
企業の将来生み出すFCFのバラツキと
考えていいでしょう。

これに負債が加わる(=レバレッジをかける)ことにより、
FCFのバラツキが増すことになります。
簡単に言ってしまえば、いいときは、すごくよくて、
悪いときは、すごく悪いことになってしまいます。

レバレッジをかけることによって、
増すリスクを、財務リスクといいます。
このように、負債が加わると、
株主は、事業リスクに加えて、
財務リスクを負担することになるわけです。

したがって、株主のリスク認識が高まるとともに、
経営者に対する期待収益率
(=経営者にとっての株主資本コスト)が、
20%から26.68%に高まったわけです。

ここで、L社のWACCを計算してみましょう。

WACC=株式比率×株主資本コスト+負債比率×(1-40%)×負債コスト

ishino0206_19.gif 

このWACCを使って、
L社の企業価値 ishino0206_2.gif を求めてみましょう。

投資家である株主と債権者に
帰属するフリーキャッシュフローは30百万円です。

これが永久に続くとすれば、L社の企業価値 ishino0206_2.gif は、
次のようにも求められるわけです。

ishino0206_20.gif  百万円

レバレッジをかけることによって、
株主資本コストは上昇しました。

しかし、
負債コストの比率が上昇したことによって、
結果的にWACCは減少し、
企業価値が増加したことがわかります。

今回のポイントは、
「負債を負債を利用すると、
節税効果の現在価値分だけ企業価値が高まる。」

このことを、法人税率 ishino0206_8.gif と負債額 ishino0206_5.gif が、
永久に一定と仮定することで示しました。

ここで、こんなことをいう人が出てきそうです。

「これって、企業は借り入れをすればするほど、
節税効果分だけ、企業価値を高めることができるってこと?」

まさに、その通りです。
しかし、
できるだけ借入を増やしていこうなんていう企業は、
まずありません。

それは、なぜなのでしょうか?
次回のエッセイでは、
この点について考えてみたいと思います。

【参考エッセイ】
 ・ Deep KISS第54号「最適D/E比率」
 ・ BTB第6回「有利子負債の増減(再び)」

2007年2月6日 石野 雄一
ご意見ご感想、お待ちしています。

次回パートナーエッセイは、2月8日(木)に、Yoshihara氏が担当します。