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Deep KISS 第54号「最適D/E比率」

(本日は、ファイナンスの中級者向けの内容です)

以下は、Deep KISS 第10号「言葉の定義」をご一読頂いた上でご覧ください。

個人でも、企業でも、何か事業を始めるために、または、事業による経済価値創造を継続するためには、当然ながら、「資金調達」が必要です。

資金調達には、大きく分けて、二種類あります。

一つは、デット(=Debt)と呼ばれる有利子負債などのいわゆる借金。
一つは、イクイティー(=Equity)と呼ばれる自己資本。

どちらの資金提供者も「投資家」と分類することが出来ますが、Debtの提供者(=融資を行う銀行や社債の保有者=債権者)と企業との間では、当該企業の業績の上下に無関係にリターン(=支払金利)と元本が約束されるので、業績が上昇しても、下降しても、リターンに変化はありません。

一方、Equityの提供者(=株主)と企業の間では、リターンに約束事がありません。その代わり、企業であればその「株主総会議決権」を保有し、且つ業績の上下(=企業価値の創造または破壊)の影響を、ダイレクトに受けることになります。

つまり、資金の提供者から見れば、
Debtは、「ローリスク・ローリターン」であり、
Equityは、「ハイリスク・ハイリターン」というわけです。

たとえば、ある企業の資本構成が、
Debt:9割、Equity:1割の場合(=資本レバレッジ10倍!)

当該企業の投資家から観た企業価値が10%上昇すれば、その影響はすべて株主にもたらされ、株主はその資本に対し100%(=つまり倍)のリターンを得ることができます。

しかし、企業価値が10%下落すれば、その影響はすべて株主が吸収しなければならず、株主はその資本に対して100%の損失(=つまりすべて失う)となります。

つまり、資本レバレッジを効かせれば効かせるほど、自己資本部分(=株主資本部分)のリスクもリターンも上昇するというわけです。

一方、以上を企業側(=資本を受ける立場)から観た場合、それぞれの調達方法における「資本コスト」が重要になります。

上記からお分かりの通り、Debtの資本コストは、Equityのそれに比べ、一般的に「安い」わけです。

企業が経済価値を増大させるためには、

「事業利回り=投下資本利益率 > 資本調達コスト」

という条件が絶対に必要です。

たとえば、解りやすい例を挙げれば・・・。

株式投資で、1億円を元に、1年間3,000万円のキャピタルゲイン(=株価上昇益)を得たとした場合、投下資本利益率は30%ということになりますが、一方で、その1億円を、たとえば消費者金融から30%の資本コストで調達していたとすれば、ツーペーチャラですよね。オマケに取引手数料が取られてしまい、経済価値は破壊されます。

以上から、企業が経済価値を創造(=企業価値を創造)するには、事業の運用利回り(=投下資本利益率)の増大もさることながら、それ以上に資本調達コストを低減することが絶対に必要なのです。

以上を総合的に考えると、

「じゃあ、資本コストの安いDebtの比率を上げればいいじゃないか!」

そんな短絡的な発想が出てきます。

もちろん、これは以下の理由で間違いです。

1、 Debt比率を上昇させ過ぎれば、「お前ホントに返せるのか?」というリスク(=デフォルト・リスク)を債権者が感じ、Debtコストが、あるD/E比率を超えると急上昇してしまいます。

2、 同時に、Debt比率を上昇させ過ぎると、「俺たちリスキーだね」というリスク(株主価値変動リスク)を株主が感じ、Equityコストも上昇してしまうのです。

※)以上の原理を、税とデフォルトリスクを無視した完全効率市場を前提にした場合、D/E比率をいくら操作したとしても、企業全体の加重平均資本コスト(=WACC)に変動が無いとした理論が、有名なモジリアーニ=ミラーの理論(MM理論)です。

去年、「自分自身でMM理論を思いつくまで」この理論の存在を知りませんでした。

思いついた「MM理論相当」を、MBAホルダーのパートナーに言って見たら、「それMM理論って言うんですよ。」って言われたとさ。
(笑・・・ってことは、僕はノーベル経済学賞取れたかもってことね)

ちなみに、Debtのコスト(=支払金利)は、企業の損益計算書上の「当期利益」に影響を与え、Equityのコストは、時価総額に影響を与えます。どちらのコスト上昇も、企業価値を破壊し、どちらのコスト低減も企業価値を増加させます。

「じゃあ、無借金経営がいいってことか!」

もちろん間違いです。

なぜなら、先に書いたように、Debtコストのほうが、Equityより(その比率を極端にしなければ)安い上に、Debtコストは、企業税務上「コスト」として認められるので、税効果(=Tax Shield)が得られるからです。

「じゃあ、どの程度が最適なのだ?」

ということになりますが、唯一絶対的な解はこの世に存在しません。

「じゃあ、せめて基準は無いのか?」

はい、あります。

事業リスクが高く、リターンも期待できるが、ポシャる可能性も高い場合、または高い時期、そのリスクを吸収するために、Equity比率を高くする必要があります。

先にも書いたとおり、企業価値の上下は、すべて自己資本(=株主)が吸収することになりますから、企業価値の上下が激しいと予測される場合(=事業リスクが高い場合)、資本レバレッジを効かせない(=Equit比率の高い資金調達をする)ことが大切です。

事業リスクが低く、リターンも期待できないが、ポシャる可能性も同時に低い場合、または低い時期、リスクマネーであるところのEquity提供者にとっては、「つまらない投資先」ですが、Debt提供者にとっては、「安全な投資先」ということになり、Debtの比率を上昇させてしかるべきです。

以上をまとめると・・・
企業の成長ステージ(導入期~成長期~成熟期~衰退期)に応じて、投資家から観たリスクは以下のように変化します・・・

導入期・・極めてリスキー
成長期・・成長度合いの変化が大きいのでリスキー
成熟期・・割とリスクが低い
衰退期・・解散価値に注目(=純資産が+)であれば、リスクが低い

となるわけです。

よって、『最適D/E比率』の基準は、
導入期・・E > D(または、資本レバレッジを効かせない)
成長期・・E > D(資本レバレッジは、あまり効かせない方が良い)
成熟期・・E ≒ D(資本レバレッジを適度に効かせる)
衰退期・・E < D(資本レバレッジを効かせてもOK)
となります。

ちなみに、ハイパーネットの失敗をファイナンス面から観た場合、まさに以上が当てはまります。

導入期~成長期の期間に、自己資本比率14%程度まで、資本レバレッジを効かせてしまったわけです。

当然ながら、債権者である金融機関は、自ら「借りろ借りろ」と迫っておきながら、数ヵ月後に以上に気がつき、「返せ返せ」と迫ってきたわけです。

なぜ僕は、それでも資本レバレッジを効かせたのか・・・

それは、非常に単純な理由・・・「当時、ベンチャーキャピタルをはじめとするEquity市場が不完全だったから」です。

株価算定とは、本来・・・

1、 将来の投資家に帰属するキャッシュフローと資本コストにより企業価値を算出
2、 有利子負債を企業価値から差し引き、株主価値を算出
3、 発行済み株式数で株主価値を除し、一株辺りのフェアバリューを算出
4、 フェアバリューを増資株価として、増資を行う。
という順番であるべきです。

例えば、株主価値が100億円で、発行済み株式数が100株なら、一株1億円が妥当であるし、発行済み株式数が1,000株なら、一株1,000万円が妥当なのです。
(↑ これは株式分割の仕組みを理解するにも最適ですね)

が、彼らは、当時(いや、今でも)企業価値評価など出来ない人種ですから、単純に、「額面の3倍までなら増資に応じます!」なんて、マヌケで稚拙な株価算定しか出来なかったのです。

そんな株価で数十億円も増資したら、僕自身の株式保有比率は激減してしまいますし、そもそも僕以外の当時のほかの株主にとっても、「安い株価で自らの部分を売る」と言うことになりますから、明らかに既存株主を毀損してしまいます。なので、仕方なくDebtに頼ったわけです。

その直後(当時の予定では1996年3月)の米NASDAQ上場によって、Debt⇒Equityスイッチ(=自己資本を調達し、それを原資に有利子負債を返済する)を実現しようという「苦肉の策」だったのです。

もちろん、そんなリスキーな方法は、失敗に終わりましたが。

つまり、企業を経営するということは「資本の管理」であり、よって、事業利回り(=投下資本利益率)の追求と同時に、事業リスクに見合った資本構成(=最適D/E比率)が必要であるというわけです。

多くの上場企業を含む経営者に「最もかけている点」が、まさに「資本の調達側に目を配る」ということなのです。

僕は、事実、投資対象の経営手腕を評価するとき、「事業」より、「資本調達方法」を重視します。

安定期にある企業なのに無借金をえばる・・・おめでたい経営者。
成長期にある企業なのに資本レバレッジを効かせている・・・馬鹿者経営者。には投資しません。

もちろん、そんな経営者の企業に投資する投資家も、おめでたいわけです。

以上、難しかったかもしれませんが、経営において非常に重要で、絶対に欠かせない知識です。
お勉強しましょう。経営者の皆様。投資家の皆様。

ちなみに、企業経営におけるD/E比率の最適化など、ある意味「当たり前」なのです。
大切なのは、その先です。

それについては、Deep KISS 第28号「信用と経済価値」をご覧ください。

ちなみに、僕のポートフォリオの大部分は、現時点でも「割安」かつ「将来の企業価値成長が見込める」企業です。

しかし、残念なことに、最適D/E比率ではありません。

多くの場合、Debtが少なすぎるのです。

株主価値に対して時価総額が低い(=割安)の場合、社債などを発行し(=有利子負債による資金調達)、それを原資に「自社株買い」を行うべきなのです。

これによって、投下資本総額に変動を与えず、D/E比率の最適化が実現でき、WACC低減が可能になるのです。

米国では、割と「当たり前」のオペレーションです。

日本では、そんなファイナンス知識を持っている経営者も少ないですよね。彼らに美味しいところを持っていかれるだけです。

残念です。

オマケ・・・WACC算出の式は・・・

WACC = [ E/( D + E ) ]*Ke + [ D/(D+E) ]*Kd*(1-Tr)

ただし、

WACC:Weighted Average Cost of Capital(加重平均資本コスト)
D :有利子負債の総額
E :Equityの総額
(=時価総額、ただし一部の癖のある人は資本の簿価を使いますが、M&A時代に置いてはマヌケな方法です)
Ke:株主資本コスト
(=CAPMは、その因数であるβがインチキですから当てになりませんが、せめてBarra社のβを使ってくださいね)
Kd:有利子負債コスト
(=当該企業のすべての有利子負債の利率の加重平均)
Tr:税率

です。

バリュー投資における、Keは、「自分の期待収益率」を入れればOKです。
CAPMなんか信用せずに。

ただし、Keにあまり大きな値を入れると、その結果得られた理論株価まで、市場株価が落ちてこない=買い損ねる場合がありますので、ご注意ください。


【参考エッセイ】
 ⇒ SMU 第103号「資本コストと割引率」
 ⇒ SMU 第171号「発想の原点」
 ⇒ KISS 第20号「CAPMを笑う」

ちなみに企業のIR担当者のミッションとは、WACC低減にあります。
それ以外のミッションなど、ありえません。

2006年2月7日 板倉雄一郎

PS:
以上は、当事務所「実践・企業価値評価シリーズ」合宿セミナーの場合、第一日目の2コマ目で講義する内容です。

文章では、難しそうに見えても、僕が、身振り手振りと、わかりやすい比喩を使って説明すれば、ちゃんとわかりますからご安心を。

ちなみに、2月中には、セミナーの1コマ目を完全収録したDVDを発売予定です。このDVDだけでも、「ディスカウントキャッシュフロー法」による経済価値評価の基本がマスターできます。

先日、編集後のチェック用VHSが届いて、早速観てみましたが、
「自分の講義と、編集のデキに、興奮してしまいました!」
乞うご期待!

PS^2:
昨日、日本経済新聞の取材を受けました。この記者は、28歳と若いですが、よくお分かりでした。が十分ではないことをご自身も理解されていて、当事務所の3月開催セミナーに自腹で参加するそうです。
すばらしいと思いました。

だって彼らは、社則にて、「株式投資をやってはいけない」のですからね。
彼は明らかに、同紙の読者のために自腹でセミナーを受けるというわけです。





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