板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  DEEP KISS  > Deep KISS 第79号「ソフトバンクのボーダフォン買収」

Deep KISS 第79号「ソフトバンクのボーダフォン買収」

ご存知のようにソフトバンクは、2兆円近い資金を調達し、ボーダフォン(日本法人)を買収しました。

今回のエッセイでは、ソフトバンクの「資本調達コスト」と、買収事業の「投下資本利益率」の関係について書いてみたいと思います。

<基礎編>

結論:
「投下資本利益率 > 資本調達コスト」の場合にのみ経済価値は創造される。
(上場企業の場合、上記の条件で初めて株主価値が上昇し株価が上昇する)

過去に何度も書いていることで、極めて当り前のことですが、念のため解説します。

昨年(2005年)一年間で、3,000万円のキャピタルゲインを得た個人投資家がいたとします。この情報だけで多くの人は、「凄い!儲かってるゼ!」と思ってしまいがちです。

企業の業績における、いわゆる「増収増益」に飛びつくパターンです。

しかし、上記の情報には、そのパフォーマンスや、その個人投資家が実際に儲けたかを評価する情報がいくつか欠如しています。

まず、「元手は、いくらだったのか?」という情報。

仮に元手が3,000万円なら、一年で「倍」になったことになり、投下資本利益率(=利益/投下資本…以下:ROIC)は、100%となり、昨年のインデックスの伸びである40%と比較しても、凄いパフォーマンス!ってことになります。

しかし、元手が10億円なら、ROICは僅か5%、全然凄くありません。

仮に元手が1億円だったとしましょう、ROICは30%となりますが、インデックスの伸びより低く、決して褒められた投資パフォーマンスではないと言えます。

インデックスとの比較はひとまず置いておいて、この個人投資家が儲かったのかどうかを考えてみましょう。ここで重要なのは、その1億円の元手を、どのような手段で調達したのかという情報です。

もし、1億円を(ありえない金額ですが)サラ金から「年率30%の金利=資本コスト30%…以下:CC」で調達していたとしたらどうでしょうか?

「ROIC30% = CC30%」となり、全然儲かってませんよね。

つまり、ROIC > CCでなければ、経済価値は創造されないということです。

企業の場合、その資金調達には大きく分けて二種類あります。

一つは、投資家へのリターンを約束する代わりに、投資家にとってローリターン(ローリスク)の「有利子負債」。

一つは、投資家へのリターンを約束しない代わりに、投資家にとってハイリターン(ハイリスク)の「株式」です。

どちらの方法でどれほど調達したのかによって当該企業の全資金調達コストを「加重平均して求めた値」を、加重平均資本コスト(以下:WACC)と表現します。

当たり前ですが、企業にとって、
「株主資本コスト > 有利子負債コスト」
となります。

また、有利子負債コストは、税務上控除されますので、実効的な有利子負債コストは、表面金利から税効果を考慮し、
「税効果調整後Kd=Kd(1-Tc)・・・Tcは税率」で算出できます。

以上から、

 WACC = [ E/(E+D) ] *Ke + [ D/(E+D) ] *Kd *(1-Tc)

 但し、
 株主資本コスト・・・Ke
 有利子負債コスト・・Kd
 有利子負債総額・・・D
 時価総額・・・・・・E
 実効税率・・・・・・Tc
 で得られます。

また、企業のROICを正確に測るためには、その分子にNOPLATという指標を使います。NOPLATとは、「みなし税引き後営業利益」のことで、本業で稼いだ利益からみなし税を差し引いた値を用います。

また、分母は、上記通り「有利子負債と株式」の合計を使います。

以上から、企業の経済価値創造は、「ROIC > WACC」の場合にのみ実現すると言うことになります。

ちなみに、
「ROIC < WACC」のケースの価値破壊は、すべて株主が時価総額の下落という形で負担し、
「ROIC > WACC」のケースの価値創造は、すべて株主が時価総額の上昇という形で受け取ります。

つまり「調達」と「運用」の両側面を見なければ経済価値が破壊されたのか、創造されたのか…。つまり株主価値が上昇するのか(≒時価総額が上昇するのか)、下落するのかは分からないということになります。
(いやぁ~久しぶりに基礎を書いたぜ(笑))

 

<応用ケーススタディー編>

さて以上の基礎を基に、ソフトバンクによるボーダフォン買収について「客観的」に考えてみましょう。

いくつか複雑な資料がありますが、面倒な方は、さっさと吹っ飛ばして、資料の次の文章に行っちゃってください。「その根拠は?!!」という方は是非、資料をしつこく見てみてください。

0515_01b.gif

 (※クリックすると拡大図を見ることができます)


0515_02b.gif

(※クリックすると拡大図を見ることができます)

以上から、ソフトバンクの現時点でのWACCは、(CAPMベースで)およそ6%となります。

【詳細説明】
 株主資本コスト・・・・・8.7% (CAPMベース)
 国債リスクフリーレート・2.0%
 マーケットプレミアム・・5.0%
 ベータ・・・・・・・・・1.34
 負債コスト(税前)・・・3.6%
 負債コスト(税後)・・・2.2%
 時価総額・・・・・・・・3兆810億円(55.6%)
 負債総額・・・・・・・・2兆4,600億円(44.4%)
 WACC・・・・・・・・・5.8%

さて、ソフトバンクの「現時点での」WACCが算出されたら、今度は新規買収対象となったボーダフォン事業単体のROICを観てみましょう。

ちなみに、ボーダフォン以外のソフトバンクグループの営業利益は、現時点でマイナスかゼロ程度です。

今回は、ソフトバンク全体の「ROIC~WACCスプレッド」をみるのではなく、あくまでボーダフォン買収におけるスプレッドを見ることにします。

ボーダフォンの公表されている財務データによると、ボーダフォン日本の数字は、2006年3月期の数字が発表されていないので、2005年9月末の中間期の営業利益435億円から通期を推測し、その倍の870億円となり、前年度の通期の営業利益は1,80億円でしたので、結構な減収傾向にあるといえます。

が、ここはソフトバンクに「有利」になるよう、前年度の数字を使いましょう。

ROIC算出におけるNOPLATは、1,580億円の営業利益に対し、ソフトバンクの実効税率はソフトバンクの公表値の40.7%を使い、およそ936億円。

また、ROIC算出における分母は、当然ながらその買収金額である、1兆7,000億円とします。

すると、ROIC = 5.5% = 936億円 / 1兆7000億円。

以上から、ソフトバンクによるボーダフォン買収「直後」の同社の価値変化は、
「ROIC(5.5%) < WACC(5.8%)」
となり、明らかに価値破壊を起こしています。

しかし・・・(ここからが大切です)

企業買収は、当たり前ですが、「単なる買い物」ではありません。

通常、既存事業と新規に買収する事業の「シナジー」を考慮し、そのシナジーの結果企業価値が増大することを目論んで買収を行います。

で、ソフトバンクの既存事業(←たくさんあります)と、ボーダフォン事業のシナジーが具体的にどれほど発生するかが今後の同社の価値変動における重要なポイントとなります。

先日「日本経済新聞」の一面トップ記事として扱われた、アップルコンピュータとの提携(←こんなのが一面トップ記事かよ(笑))など様々な「秘策」が飛びだすことでしょう。

それらによって、「うまくすれば」、新生ソフトバンクグループの価値が増大するかもしれませんし、またしないかもしれません。

明らかなことは・・・
「シナジーを得るためには、そのための新たな投資が必要になる」という点です。当たり前ですが、何かと何かをくっつけるためには、そのための接着剤というコストが必要になります。その都度、そのコストが、くっつけた場合に増える利益率を上回るかどうかが大切なわけです。

あくまで一般論ですが、
1、シナジー実現は、さほど成功しない場合が多い。
2、そのためのコストは、当初予想していたより高くつく場合が多い。
あくまで一般論であって、SB信者によれば、「そこは天下の孫正義だから大丈夫さ!
」ってことになるのでしょう(笑)

また、以上の分析には、「競合」による効果が見込まれていません。

ボーダフォンの競合は、ご存知NTTドコモ、KDDIですが、彼らがソフトバンクの動きに対して静観していると考える人はおそらく居ないでしょう。ソフトバンクのこれまでのインフラ事業の戦略である「価格破壊による参入」を前提にすれば、競合他社もそれなりに対抗して当然です。

また、価格破壊による参入を行えば、当然ながら、その事業のROICは、今以上に低下します。

「Get share at first , Profit later」
(=シェアを先ず取れ、利益は後から付いてくる)

という考えを僕は全く否定しませんし事実、マイクロソフトはこの戦略によって成功してきました。

ソフトバンクも、ADSL事業において同様の戦略をとってきましたが、残念ながらADSL開始当初に予定していた利益は今だ生み出されていません。ADSLのシェアは取ったが、その上での付加価値サービスが功を奏していないということになります。

また、別の見方として、価格破壊を行わず、現行の料金体系を維持しながら、「付加価値をたくさん提供する」ことによって利益を積み上げるという考え方も出来ます。

こればかりはネタを見てみなければなんともいえませんが、あくまで一般論として、「ソフトバンクには出来て、NTTグループやKDDIには不可能」な付加価値サービスって、一体どれほどあるのでしょうか?

さてここからが、本番です(笑・・・一体どこを主張したいのよってね)

シナジーを得るにしても、新たな想像を絶する付加価値サービスにしても、それを実現するためには、常に新たなコストが必要になります。

このとき、ファイナンス的に重要なことは・・・
「競合に対して、資本調達コストが高いのか低いのか」
ということになります。

もうお分かりと思いますが、資本調達コストは、企業に置いてその企業価値を左右する、極めて大きな要素なのです。どれほど事業のROICを高めたとしても、WACCが上昇したのでは意味がありません。

また、ROICを高めようと急げば、当然ながらWACCも上昇してしまいます。

いわゆる、いたちごっこです。

経済価値創造において、ROIC上昇も大切ですが、それより遥かにWACC低減の方が重要なのです。常々僕が経験上、理論上、訴えていることです。

さて、ソフトバンクに不利な話しですが・・・
ソフトバンクの有利子負債の大部分は、実は「変動金利」です。

金利上昇による同社の資本調達コストの上昇は、顕著に現れ、さらにROIC~WACC=スプレッドは悪化する圧力になります。

孫正義が戦わなければならない相手は、
1、NTTドコモ、KDDIのような競合
2、金利上昇による資本コスト上昇
3、シナジーを得るための新たな投資による更なる資本コスト上昇
などです。

これらを敵に回し、これらのコスト増を埋め合わせるだけの「ネタ」を期待します。

ちなみに、リスクの高い事業を行う場合、そのDE比率はEを多めにすべきですが、ソフトバンクの場合、Dの比率が非常に高いので、投資家として株主になるのは、かなりリスキーですね。

企業価値の変化は、すべて株主が引き受けることになります。

たとえば、資本レバレッジ10倍(自己資本1に対して、借入9の場合など)は、企業価値が10%増加しただけで、株主価値は2倍になりますが、10%減少すれば、株主価値はゼロになります。

一般論として、資本レバレッジは、事業リスクが小さい場合に利かせるものです。

<参考エッセイ>

 ⇒ Deep KISS 第54号「最適DE比率」
 ⇒ KISS 第1号「急がば回れ」
 ⇒ SMU 第174号「孫正義は狼中年」

2006年5月22日 板倉雄一郎

PS:
断っておきますが、ソフトバンクの株価が「絶対に下がる」とか、「絶対に上がる」とか、そういうことを主張しているのではありませんからね。

僕個人的には、「リスキーで手が出ない」とは思いますが、リスキーとは一方で「うまく行ったら大儲け」ってことでもあります。

また、上記の情報を頼りにした投資活動における損失に関して一切の責任を負いませんのであしからず。





エッセイカテゴリ

DEEP KISSインデックス