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Deep KISS 第83号「村上少年の一日大株主の巻き」

社長:「ええと、こちらが村上君です。今日は、彼に一日大株主をやっていただくことになりました。みなさんよろしく。」

村上:「村上です。僕はお父さんからたくさんお金を預かったので、この会社の大株主になりました。皆さんよろしく。」

社長:「では村上君、何から始めるかな」

村上:「先ずは、今あるお金を全部配当しましょう!」

社長:「えっ、いやそれはまずい、新しい事業に投資する準備なので・・・」

村上:「新しい事業? それっていつ頃金になるの?」

社長:「そっ、それは、すぐには・・・無理かな・・・でも、新しい事業に投資してゆかないと、この会社の将来が、、」

村上:「将来のことなんて、僕は知らないよ。だって僕は一日大株主だもん!大株主のうちにやりたいことをやるんだい! ついでに駅前の不動産も売って現金にしよう!」

社長:「村上君、でもそれでは、皆が困ってしまうよ。」

村上:「みんなが困っても僕は困らない。だって配当すれば僕は儲かるし、明日になれば、僕のファンが僕の株を高く買ってくれるから、その後のことはそいつらに聞いて。」

社長:「はぁ・・・」

村上:「会社は株主のモノなのだ!だから大株主の僕の言うことを文句を言わずさっさとやればいいの!」

社長:(の独り言)「これはまずいな・・・こいつを追い出さなければ」

社長:「では村上君、君の儲けのために僕の友人が君の株を高く引き受けてくれそうだから、彼に売らないかい?」

村上:「そう・・・高く買ってくれるの・・・なら配当をもらった後に売るね。」

社長:(の独り言)「まあ仕方が無いな、村上君を大株主にした僕が悪いんだ。仕方が無い」
(翌日)

村上:「やったぁ~、儲かったぞ! やっぱり僕はプロ中のプロ。
    お父さん、ほら儲かったよ! 僕って役に立つ人間だね!」

父親:「息子よ、よくやった。ケレド、お前に対する世間の評判が悪くなったようだ。なので稼ぐのはもういい。儲けをお父さんに渡して引退しろ。」

村上:「ええぇ~~~~、それは世間が間違っているんだよ。僕はみんなの役に立つ人間なんだよ。その証拠に、たくさん儲けたじゃないかよ。儲けることの何が悪いんだよぉー。こんなところは嫌になった。僕は世間の役に立っているのにぃ~」

「一時の大株主」ほど、当該企業にとって(=当該企業の「一時の大株主」以外の利害関係者にとって)、迷惑な「寄生虫」は他に居ません。

寄生活動の間、「ついでに」、上場企業経営者に対し「株主の存在」をアピールしたという効果があったに過ぎません。

その点において確かに「功」はありました。

しかし、この効果をことさら「村上氏の功」と取り上げるのは、村上ファンドの虚像の巨像化に他なりません。

それを説明しましょう・・・

現預金を(時価総額に比べ)たくさん保有している上場企業があったとします。
(↑ それ自体、褒められた経営ではありませんが)

そして、皆さんがこの企業の過半数の株式を買うことが出来るほどのキャッシュを用意できるとします。

たとえば、現預金100億に対して、事業価値がどうであれ、有利子負債がどうであれ、時価総額が70億円のような場合です。
(↑ 実際にこのような企業は存在します。理由はいくつかありますが、市場が「事業価値をマイナス評価している」とか、有利子負債が多くデフォルトリスクを抱えているとか、事業用不動産をたくさん持っているが、その価値を生かしきれていない低い事業効率の企業の場合など様々です)

一方、上記設定の皆さんは、十分なキャッシュを自分以外の投資家から調達し、皆さんは他の誰よりも、この投資家に対して多くの利回りを出さなければならない立場だとしましょう。

皆さんが、「社会からの反応」や、「稼ぐことの意義」、そして「社会に対する価値提供」などについて全く無関心で、自らのファンドへの出資者の利益「だけ」を考慮すれば、どのような行動に出ますか?

以下のような行動はいかがでしょう・・・

まずは密かにこの企業の株式を買い進める。

ある日突然「大量保有報告書」が提出され、大株主となる。

大株主の権限を振りかざし、
「現金を遊ばせておくなんてとんでもない。さっさと配当せい!」と、
経営者に現金の放出を迫る。

結果、まんまと「投資額に対して十分な配当」を得る。

また、こんなことを繰り返し、「有名なファンド」になれば、
「おっ、またあのファンドが買いに入ったぞ! 株価が上がるぞ!」
などという「価値に対して理解の無い」投機家が群がるようになります。

そんな投機家が群がれば、価値に無縁に株価は高騰します。

投機家が群がり、株価が高騰するということは、
一方で、「誰かが売り抜けている」わけです。

株価は、誰かが売り、他の誰かがそれを買わなければ形成されませんからね。

で、投機家が喜んで高値で買い込んでいるうちに、次のニュースが流れます・・・
「有名ファンド、●○社の保有比率低下」(笑)
投機家に(価値に対して)高値で売っていたのは、
配当によって十分な儲けを得た「有名ファンド」だったりするわけです。

以上の過程で、この「有名ファンド」は、一切の価値提供を行っていないにもかかわらず、短期で大儲けすることができます。

価値提供の伴わない儲けとは、すなわち、「他の誰かからの搾取」です。
このケースの場合、当該企業の「利害関係者」からの搾取です。

具体的には・・・
この「有名ファンド」の活動に群がった投機家、
(もちろん、これらの方々の一部は、
 「有名ファンド」同様、しっかり儲けを得ることになりますし、
 損をした投機家についても、
 そもそも博打をやっているわけですから自業自得ですが)
そして、上記の現金放出によって将来の設備投資などが不能になり、
結果として企業の存続が危ぶまれることになれば、
株主はもとより、従業員、債権者、取引先、顧客など、
あらゆる当該企業の利害関係者からの搾取ということになります。

このファンドは、そもそも、
「配当によって現金を引き出した後に高値売却でサイナラ」
を目論んでいるわけですから、
当該企業の「その後」には、全く関心がありません。
当該企業の事業の継続性にも、
当該企業の他の利害関係者にも関心がないわけです。
当該企業の利害関係者にとって、
「一時の大株主」ほど迷惑な存在は無いのです。

しかし「有名ファンド」は、
自らが「私は寄生虫だ!」と主張しながら活動をするわけには行きません。
(↑ 村上氏の場合、「寄生虫」であることすら自覚していないでしょう)
よって、上記の活動の影響の中から、「功」の部分だけを抜き出し主張します。

つまり、
「株主を軽視する経営者の襟を正す!」
といった表現を使い、自らの行動を、
「あたかも社会のため、資本市場のためになっている」
かのような錯覚を与えようとするわけです。
(↑ 村上氏の場合、自らが錯覚しているのでしょう)

ここで気がつくことがあります。

上記の活動において、
「企業価値」に対する理解や、
「価値算定」に関する技術など、ほとんど必要が無いということです。
極めて単純に、「時価総額 < 保有現金(または不動産)」の場合を探せばよいわけです。

事業価値がいくらであろうが、
有利子負債がいくらであろうが、
事業の分野が何であろうが、
事業の成長性がどうであろうが、
株主価値と時価総額がどれほど乖離していようが、
とにかく、そんなことはどうでもよいわけです。
だから、村上氏の言うところの「企業価値」に関する発言は常にトンチンカンなのです。

だって、知らなくていいことですからね(笑)

そもそも上記の手口の場合、搾取対象企業が「割安」である必要すらありません。
(村上氏は、「割安」を見つけたからこそ儲けられたと錯覚しているでしょうけれど)

せいぜい、搾取のための「もっともらしいイイワケ」が主張できる何かがあれば十分なわけです。

村上氏は、自らを「プロ中のプロ」と会見で述べていました。

「一体何のプロ?」とお聴きしたくなります(笑)

村上ファンドの儲けとは、
村上氏が投資のプロとして優秀だったからではなく、
企業価値を見抜く術を持っていたからでもなく、
単に、「集めた金のパワー」と、
それを形振り構わず自分と自分への出資者のため「だけ」に行使する「下品さ」の上に成り立った儲けに過ぎません。

ファンド設立当初の理念はどこに行ったのでしょうか。

彼の行為は明らかに他人の創った経済価値の「奪い取り」に他なりません。

おそらく彼は、社会の「部分」しか見えないのでしょう。

今でも彼は、「部分」だけをみて、
「僕は資本市場の役に立った。そんな僕を嫌う日本はどうかしている」
と思い込んでいるのでしょう。
彼が役に立てたのは、彼のファンドの出資者に対してだけなのに。

2006年6月8日 板倉雄一郎





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