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Deep KISS 臨時号「オリジン東秀」

オリジン東秀をめぐる、イオンとドンキホーテの買収合戦ですが、
どっちが勝つか?なんてくだらないことを考える前に、
このケースを利用した価値と価格、そしてシナジーについて考えて観ましょう。

結論:
どんなに価値ある企業でも、
価値に対してそうとうに高い価格で買ってしまえば、買収は失敗です。
この場合、被買収企業の株主が得をし、
その分、買収企業の株主が損をするわけです。
後は、そんなに簡単に起こり得ない「シナジー」に期待ということになります。

たとえば・・・
被買収企業の企業価値が300であったとして、
その企業が、100の有利子負債を抱えていれば、
この企業の株主価値は、200ということになります。
有利子負債は、買収しようがしなかろうが、
有利子負債のままその価値が変動しません。

以上から、もし買収価格が、被買収企業のフェアバリューに相当する200であって、且つ、合併後のシナジーも逆シナジーも考慮しなければ、両社の企業価値に変動はありません。
もし、シナジーが生まれるのであれば、フェアバリューである200で買収できれば、買収企業の株主価値は増大します。
しかし、もし、シナジーが生まれるのであっても、被買収企業の株主価値200を、300とかの価格で買ってしまったら、シナジーによる価値創造が打ち消されてしまいます。

ちょっと難しいかもしれませんが、
以上は、要するに「価値と価格」の話に過ぎません。
価値に対して高い価格で買収すれば、買収側の株主が損をし、その分被買収企業の株主が得をします。
シナジーによる価値創造が、その損失分を補って余るような場合、初めてM&Aの効果が出ます。

しかし、M&Aによってシナジーが生まれ、価値創造に成功した例は、統計的にも、すべてのM&Aの中で30%にも満たないのです。
なぜなら買収合戦によって、買収価格が上昇する傾向があるからです。
つまり、シナジーに目が眩んで、高い買い物をするケースが多いってことです。

今回はどうでしょうか?
価値算定のできる方は、是非、「オリジン東秀」の企業価値、ひいては株主価値を算出し、買収価格と比較してみましょう。

(以下、上級編)
さらに、買収そのものが買収企業の株主価値を高めるかどうかは、
買収企業の「投下資本利益率(=ROIC)」と、
被買収企業のROICを比べればよいのです。
もし、被買収企業のROICが買収企業を下回っていれば、
買収後の統合された企業のROICは、買収前の買収企業のROICを「薄める」ことになりますから、買収は失敗です。
逆であれば、シナジーが生まれなくても、買収企業にとって買収は成功です。
いずれの場合も、上記の「高値掴み」をしてしまえば、失敗です。
また、
買収した瞬間では、買収側のROIC>被買収側のROICであったとしても、買収後のシナジーによって、ROICが、合併時の買収企業のROICを上回ることが見込めるのであれば、買収は失敗とは言えないわけです。
この場合の「被買収企業のROIC」算出における分母の「投下資本」は、被買収企業の簿価から算出するのではなく、「TOB価格*発行済み株式数+被買収企業の有利子負債」としなければなりません。
(笑・・・むずかしいでしょ?ごめんなさい・・・
なお、WACCについては、買収前?買収中?買収後それぞれの段階で、その因数である「Ke=株主資本コスト」に大きな変化があると思われるので、今回は割愛しました。正確に買収の是非を測るには、買収後のWACCも考慮しなければなりません。簡易には、買収企業の現在のWACCが、被買収企業の「時価から算出した分母によるROIC」より小さいことが買収の条件です。)

つまり、M&Aによって価値が生み出されるための条件は、実にたくさんあるというわけです。
箱と箱をくっつけるだけの企業買収で、そんなに簡単に価値が生み出されるなんてことは、めったに無いのです。

もちろん、今回の買収ケースを否定しているわけではありません。
上記は、あくまで一般論です。

以上の言葉に関する参考エッセイ:
DeepKISS第10号「言葉の定義」
なお、このエッセイは、「おりおば」にも書かれています。

2006年2月1日 板倉雄一郎

PS:(当事務所合宿セミナーの卒業生の皆様へ)
被買収企業の「オリジン東秀」の企業価値を算定してみてください。
その上で、買収価格(=TOB価格*発行済み株式数)が、
被買収企業の株主価値(=企業価値?有利子負債)を上回っているのか、下回っているのか、計算してみると、面白いですよ。
同時に、想定できるシナジーも考慮に入れて。
卒業生メーリングで考察をお待ちしています。

PS^2:
テレビなどのコメンテーターで、「M&Aの専門家」と称する人がたまに出ますよね。
彼らは、あくまで「M&Aのディール(取引)に関する専門家」」なのであって、企業価値が増大するのか否かという「M&Aの本質」については、あまり良くわかっていないですから、ご注意ください。
彼らの発言は、「クラウンなんとか」とか、「ホワイトなんとか」とか、そんなことばかりでしょ。
本質は、買収によって、誰が得をし、誰が損をするのかってことです。
大切なことは、買収合戦の「格闘技の解説」ではなく、
価値が生み出されるのか破壊されるのかってことなのです。

経済的取引とは、常に、「誰かの価格と誰かの価値の交換」なのです。





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