板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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Deep KISS 第1号「ダブルカウント」

異性と別れた後に、「あいつは私が付き合ったことのある人だ!」なんて言うのは自由ですが、その発言には何の価値も無い、いや、そんな発言をすること自体、その人の価値を下げてしまいますからね(笑)
付き合っているうちなら、「あいつは自分と付き合っている」と表現しても、よろしいでしょう。
しかし別れたのなら、それが自分の都合であれ、相手の都合であれ、「付き合っていない」のですから、付き合っていた頃のことを持ち出したところで、何の意味もありません。
自分の心の中に、そっとしまっておくのが良いでしょう。
付き合っていた頃の価値は、今のあなた自身の価値になっているわけですから。

今日は、その辺の「ダブルカウント」についてのお話です。

たとえば、百貨店事業を営む企業を例に、考えて見ましょう。
この企業は、百貨店が立地する土地建物を、自社で保有しているとします。

この企業の百貨店の「事業価値」がおよそ100億円。
(なお、事業価値とは、その事業が生み出すであろうキャッシュフローを根拠に算出します。)
また、百貨店が立地する土地建物などの時価「事業用資産」価格がおよそ100億円。
この企業には有利子負債が無く、企業価値=株主価値としましょう。
この企業の時価総額が150億円だとしたら、あなたはこの企業の株式を買いますか?



は、









「50億円分の裁定余地があるから買う」と答えた方は、大損です(笑)
この方は、「事業価値」と「事業用資産」を足し合わせ、企業価値=200億円と考えたのでしょう。
まさにダブルカウントです。

それでは、解説です。

この企業の企業価値を評価するときに、まずやらなければならないことは、百貨店事業によって、将来生み出されるであろう投資家に帰属するキャッシュフローを割り出すことです。
(つまり、将来、どれほど投資家が儲けられるかってことです。)
もちろん、投資家の認識する「リスク度合い」を数値化し、それを将来キャッシュフローの割引率として割引現在価値を求めるわけです。
以上で、この企業の「事業価値」が算出されるわけです。

百貨店事業によって将来生み出されるであろうキャッシュフローを根拠に、その事業価値をカウントした場合、百貨店の立地する土地建物を、別途追加でカウントすることは「ダブルカウント」になってしまいます。
なぜなら、そもそもこの企業の事業価値は、土地建物が無ければ成り立たないからです。
つまり、「事業価値」と「事業用資産の価値」は、価値算定に辺り、それぞれトレードオフになっているというわけです。
(もちろん、所有する土地建物を第三者に売却し、その後、同じ土地建物を賃貸することも出来ます=リースバックまたは不動産証券化・・・この場合、売却益としてのキャッシュが入り、株主価値の増大となりますが、その一方で、賃貸料が新たにコストとして発生し、その分投資家に帰属する将来のキャッシュフローが減少し、結果、投資家から観た「事業価値」の減少要因となります。)

もうちょっと別な表現で、同じことを書いてみますね。

その百貨店が立地する土地建物の時価があります。
(歴史のある企業になればなるほど、ずいぶん昔に手に入れた土地建物ですから、時価は、簿価より大きい場合が多いです。)
住宅地など、その場所がキャッシュを生む可能性が低い場所より、百貨店事業が成り立つような(たとえば人通りが多い)場所の方が、単位面積辺りの時価は高いわけです。
なぜ高いのかといえば、それは、たとえばそこに立地する百貨店などが、事業によってキャッシュを生み出すことが出来るからです。
よって、百貨店事業を営む企業の投資家から観た企業価値は、保有する土地建物の時価、「または」、百貨店事業が生み出すキャッシュを基にした事業価値の「どちらか」によって算出されるべきです。
つまり、この場合の事業価値とは、それを成り立たせるために絶対必要な事業用資産価値の「置き換え」に過ぎないわけであり、また逆に、事業用資産価値とは、事業価値の置き換えに過ぎないというわけです。

以上のたとえは、百貨店事業に限りません。
トラック運送業であれば、トラックの中古市場での時価と、運送事業によって生み出されるキャッシュの「どちらか一方」で評価するべきですし、
工場であれば、その工場が立地する土地建物の時価と、工場が生み出す製品によるキャッシュフローの「どちらか一方」で評価するべきです。

言うまでもありませんが、自社で保有する「事業用資産の時価」の方が、その上で成り立つ「事業価値=事業によって生み出されるキャッシュフローの現在価値」より大きければ、事業用資産の時価をもって企業価値と認識しても「買収後に分解バラバラを前提にすれば」問題はありません。
(ただし、事業用資産「それ自体」に価値はありますが、価値「創造」は行いませんのであしからず。)
この場合、事業用資産によって算出された企業価値の方が、時価企業価値(=時価総額+純有利子負債)より大きければ、買収して、分解バラバラにすれば儲かります。
(もちろん、この場合、事業価値はゼロになります。)
しかし、上記のように、キャッシュベースの「事業価値」と時価ベースの「事業用資産の価値」をダブルカウントしてしまった結果が、時価企業価値より大きいからといって勇んで買収したところで、損するだけです(笑)

つまり、(投資家から観た)企業価値を評価する場合、「事業用資産」と「非事業用資産」の分類は、以上のようなダブルカウントを防ぐ上で非常に重要と言うわけです。
これまた言うまでもありませんが、「非事業用資産」は、「事業価値」に加えて企業価値としても、ダブルカウントにはなりません。

「企業価値=事業価値+非事業用資産価値」です。
(非事業用資産とは、事業に直接関係の無い、余剰現金、投資用有価証券、不動産などです。)

お分かりいただけましたか?

2005年10月3日 板倉雄一郎

PS:
ということで、新しいエッセイのタイトルは、「Deep KISS」となりました。
ふざけているのではないのです。
KISSより深く、そして出来ればもっと簡素に、読者の皆様に価値提供が出来ればとの思いをタイトルに表現させていただきました。
(そうは言っても、やはり難しいって???そういう方には、是非KISSの再読をお勧めします)
新しいエッセイも、よろしくです。

PS^2:
セミナーの前宣伝です・・・
以上の「事業用資産と非事業用資産分類」は、
「簿価の時価への変換」、「ビジネスモデルの把握」、そして「経営者の過去のオペレーションの分析」などなどなどなど(この辺りのメニューは、まだ秘密!)とあわせて、「有価証券報告書の読み解き方」なるセミナーを開始しますので、ご興味のある方は、セミナーのリリース後、是非御申込くださいませ。
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よろしくです。





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