板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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Deep KISS 第52号「松坂屋~奇抜なオペですね」

DeepKISS第5号「勝手なお願い」や、
DeepKISS第1号「ダブルカウント」
が、再び登場しそうな予感がします(笑)。

この二つのエッセイは、セットで読むと初めて意味が生じます。

しかしながら・・・(以下、上級編です。)
現時点(2006年2月3日夕方)で報道されている内容を参考にした場合・・・・・・

事業用不動産の売却益を、従業員に対し退職金などのカタチで分配し・・・(1)
従業員が(1)を原資に「市場価格」で、既存株主から株式を取得・・・(2)
従業員が株主の立場を持つことで努力し、企業価値が増大する「はず」、
というスキームらしいです。

(ちなみに「事業用不動産」の売却と、
事業継続のための同不動産の賃貸のセット(=リースバック)とは、
現在のキャッシュを受け取る代わりに、
将来の賃貸料キャッシュアウトを負担するという交換行為に他なりません。
オフバランスそのものでは、なんの価値も生み出されません。)

以上を経て、従業員が同社の株主を兼ねるというEBOであれば、
(EBO=従業員による企業買収)
「株価次第」では、従業員兼株主にとって良い結果になります。
(ただし、従業員の「所得税」という点も考慮しなければなりません。)

しかし!
(1)の実行直後に、この企業の企業価値は、著しく低下します。
(=不動産売却益の従業員への排出と、
既に自社のモノでは無い不動産に対する将来の賃貸料の発生によって、
企業価値は著しく下落します。)

もし、市場が割りと効率的であるとすれば、
(1)の時点で株価は下落するはずです。
しかし、従業員が退職金を原資に、
同社株を買い戻すことを、市場は事前にわかっているわけだから、
さほど下落しない場合も考えられるし、
それどころか、
既存株主がEBOに応じず(=売らず)、
株価が釣りあがってしまう可能性もあります。

このケースの場合、
株価が上記の要因で釣り上がれば既存株主が得をしそうです。
しかし、その株価で従業員が、もし買わなければ、
既存株主(またはニュースに踊った投資家もどき)は、
著しく企業価値の低下した株式を持つ羽目になり、
いずれ株価は急落します。
(だって、わざわざ価値に対して高い株価で、従業員が買わなければならないとは、必ずしもいえないわけですからね。)

株価が上記の要因で下落した後に、従業員が株式を買えば、
従業員が得をし、その分、既存株主が損をします。
以上を、賢い投資家は見抜き、
事が始まる前に、さっさと売り逃げることも考えられますし、
事の最中の値幅取りを狙った連中によって、
株価が乱高下するかもしれません。

一方、釣りあがった株価で従業員が株式を買えば、
既存株主が儲かり、その分従業員は損をし、
以後の同社の経営によって、その分を取り返すのは結構大変です。

また、
従業員の退職金を担保にした融資を、
○×ファンドから従業員に対して行う事によって、
従業員の株式取得原資とするならば、スキームの順番は変えられます。
さらに言えば、
一度、○×ファンドが適当な価格でTOBを行い、
後に、従業員に対して株式を取得価格(=TOB価格)で売却するとか・・・
(この場合、証券取引法まで絡むから、ややこしいですね)
いずれにしてもスキームの変更は可能ですが、本質的には上記と変わりません。

つまり株価次第であり、
株価は、以上のそれぞれの立場の人の「心」によって動きます。
へんてこりんなオペですが、御手並み拝見いたしましょうか。
僕なら、あまりにリスキーで、絶対にやりませんが。

(以上、現時点で報道されている内容を基にしたエッセイです。
事実と異なる場合もありますのでご了承ください。
以上のアナロジーは、誰かを攻撃するためのものではなく、
あくまで読者のリテラシー向上を目的に書いています。
また、投資損失については責を追いかねますのであしからず。)

以上のような要因による短期の株価変動は、チャートでは読めないのです。
今後チャートで株価を予測出来ないような企業買収が盛んに行われるでしょう。
価値把握と、経済価値移転に着目できなければ、大きく損をすることになります。

2006年2月3日 板倉雄一郎

PS:
以上を単なる情報から導き出すには・・・
1、資本市場メカニズム
2、企業価値評価
3、実際の会社経営による利害関係者の動き
4、ディールに関する基本情報
などを有機的に理解して初めて可能なことです。
皆さんも、がんばってください。
キーは、
「経済的取引は、常に誰かの価格と、誰かの価値の交換である。」
ということです。
それ以外にありません。

先ずは、「おりおばオープンセミナー」からどうぞ。
それがわかりきっている方は、「実践・企業価値評価シリーズ」へ。
それもわかりきっている方は、(いつ次回を開催するか未定ですが)
「アドバンスド・ファイナンス・セミナー」へどうぞ。





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