板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  DEEP KISS  > Deep KISS 第65号「少数株主持分の資本コストと子会社上場」

Deep KISS 第65号「少数株主持分の資本コストと子会社上場」

(今日のエッセイは、ちとファイナンス専門的です。ごめんなさい。)

親会社から観て、その上場子会社の「親会社の持分以外の株式」を、
「少数株主持分」と表現します。

NTT(=日本電信電話=以下NTT持ち株会社)グループを例にすれば、
親会社であるNTT持ち株会社は、その上場子会社の一つであるNTTドコモの株式を、56%ほど保有しています。(NTT持ち株によるNTTドコモ株の売り出しによって、変化しています。)
NTT持ち株会社の連結会計の場合、NTTドコモのNTT持ち株会社の持分以外の株式を、「少数株主持分」と表現するわけです。

企業価値を把握するとき、それを少しでも学んだことのある方なら、当該企業の投資家に帰属する将来キャッシュフローの割引率に相当する「加重平均資本コスト(=WACC)」が、企業価値に大きなインパクトを与えることはご存知かと思います。

このとき、「少数株主持分」の資本コストをどう把握するか、は評価者によって様々で、厄介です。
マッキンゼーによれば、「当該企業の有利子負債コストと、株式コストの中間ぐらい」とされていますし、同書をテクニカルに噛み砕いた和書「実践編」では、「少数株主持分も(親会社の)株式コストと同等」と解釈しています。
しかし僕は、そのどちらも間違いで、
「少数株主持分の資本コストは、親会社の株式コストより高い」と思うのです。

なぜなら・・・
NTTドコモのように、その支配株主(=親会社)が事業会社で、
且つ、親会社の事業モデルが衰退期にある場合、
子会社の利益を親会社に「適法な範囲で」移転させることがよくあります。
少数株主にとって極めて迷惑な話ですが、
仮に子会社の少数株主が、それらについて「わいわい」騒いだところで、
そもそも議決権の過半数を親会社が持っているわけですから、
(というか、だから親会社と言うわけですが)、
子会社の経営方針に対する影響は限定的です。
つまり、「少数株主」にとって、その投資リスクは、
親会社の株主のそれより高いといえると思います。
(ちなみに僕は、支配株主が事業会社である企業には投資しません。)

投資家から観た「リスク認識」は、当然、投資家の「期待収益率」であり、
資金の受け手である企業から見れば、それが「資本コスト」になります。
以上から、「少数株主持分」の資本コストは、親会社の株主コストより大きい、
というわけです。
(株主資本コストを測定する上で当てにならないCAPMの因数であるβを見る限りでは、NTT持ち株と、NTTドコモの場合、ほとんど差がありませんが。)

しかしこれは検証が難しいので、あくまで僕の私的な考え方に過ぎません。
もし、この考えが正しいとすれば(僕はもちろん正しいと思っていますが)、
この考え方の一つの解として、
「上場事業会社が、その事業部門や子会社を上場させるメリットは、
(グループ全体の資本コストに限れば)ほとんどない」
と、いえます。

なぜなら・・・
親会社が上場しているのであれば、その事業部門や子会社が資金を必要とした場合、親会社が市場を通じて資金を調達することが可能です。
わざわざ様々な「コスト(=上場には非常にたくさんのコストがかかります)」を負担してまで、「別枠のコストの高い資金調達」をする合理性はありません。

「いやいや、子会社を独立させることによって、親会社の事業と切り離しができるというメリットがあるじゃないか」という意見が聞こえてきそうですが、上記で説明したように、子会社の過半数の議決権を親会社が持っているならば、本質的には同じです。全然「独立」にはなっていないわけです。
(事実、ドコモの経営陣の選抜には、NTT持ち株が口を出していますし、NTT持ち株が口を出す権利も当然ながら持っているわけです。)

子会社を上場させ、「少数株主持分」という新たな資金調達を実施すれば、上記で説明したように、グループ全体の「資本コスト」が上昇してしまいます。
しつこいようですが、資本コストの上昇は、グループ全体の業績が一定でも、企業価値を即座に破壊してしまいます。
これまたしつこいようですが、企業価値の最大化において、その運用面の「投下資本利益率」の最大化以上に、資本調達コストの最小化は非常に重要ですから、グループ全体の「企業価値の最大化」という視点では、子会社の上場は(上記の僕の考え方が正しいとすれば)合理的ではありません。

実態として、子会社を上場させる親会社の経営者の多くは、
「市場で子会社の株式を売り抜けて儲けてやろうぜ!」
って場合が多いわけです。
しかし、
「本当にその子会社がキャッシュを継続的に生み出す=価値のある会社」
であれば、その価値を売り抜けることほど馬鹿馬鹿しいことはないはずです。
(そもそも新興上場ベンチャーの子会社上場に関わる子会社の株価算定は、その価値に対して非常に高い場合が多いです。株主価値に対して馬鹿げた価格=時価総額は、このようなケースの場合、いくつも見つけることが出来ます。つまり、価値に対して高値で売り抜けようとする親会社の経営陣の魂胆がミエミエです。これも「価値の把握が出来ない投機家」の存在によって成し遂げることが出来るマネーゲームの一つの形です。損失するのは、その「価値の把握が出来ない投機家」だというのに。)

面白いですよね。
価値ある企業をM&Aによって、丸ごと買収する動きがある一方で、
自ら作り上げた新しい事業の「当たり障りのない一部だけ」を、
他人に売り渡す・・・
どこか矛盾がないでしょうか。
断っておきますが、企業買収行為そのものが悪だなどとは、全く思いません。
ですから、自ら作り上げた事業でも、
それを自らが判定する価値以上の価格で売却できるのであれば、
売却するのも一つの手ではあります。
ただし、半分弱の売却なら、
以上から、その合理性はほとんどないと思うのです。

以上は、かなりザックリの基本論であって、それぞれの子会社上場に関しては、それぞれの条件があり、よってそれぞれの合理性がある「場合もある」とは思います。

いずれにしても企業の売り買いによって間違いなく儲かる「証券会社」という存在が肝ですが(笑)

2006年3月7日 板倉雄一郎





エッセイカテゴリ

DEEP KISSインデックス