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Deep KISS 第64号「インフレと日銀の政策~アダムスミスの時代」

昨日(2006年3月1日)の日本経済新聞のトップに、
「日銀が金利抑制策検討~量的緩和解除後に枠組み」という記事があります。

要するに金利上昇を抑制するため、
1、無担保コール翌日物金利に0.1%の上限
2、長期国債を月間1兆2千億円ずつ買い切る措置の継続。
ということです。

金利が上昇することを市場が予測すれば、固定利率の長期国債は売られます。
売られれば国債価格が下落し、国債利回りは上昇し、長期金利は上昇します。
金利上昇は、あらゆる企業や個人の「資本調達コスト」を押し上げ、結果として経済にブレーキがかかります。
(↑ 以上教科書どおり)
このとき、(誰かが)長期国債を買い支えれば、国債価格の下落を抑制でき、結果として長期金利の上昇を「短期的」には抑えることができます。
もちろん、市場の売り圧力に対して、月間1兆2千億円が十分に大きければの話しです。

しかし、日銀が国債を購入するということは、どういうことでしょうか?
ざっくり言えば、「日本銀行券」を刷って、国債購入資金に当てるって事です。
(これじゃまずいので、政府発行の国債を「直接」その国の中央銀行が買うことが出来ないようになっているのですが、回りまわって日銀が買うのなら、実質同じなんです・・・また既発の日本銀行券の範囲での国債買取だとしても、それまで眠っていた現金が市場に出るわけですから、同様の効果があります。)
ってことは、日本の経済規模が一定だとすれば(←実際には実質成長していますが)、増刷(または、抱えていた日本銀行券の放出)した分、日本円がダイリューション(=希薄化)します・・・要するにインフレートします。
かくして、上記の対策は、紙面に記載の通り「一時的な対策」ということです。

経済成長に見合ったインフレなら、なんら問題ありません。
経済にブレーキがかからない程度のインフレ(=あらゆる企業や個人が、その資本調達コストの上昇を、売上なり賃金なりに転嫁できる程度のインフレ)なら、政府としては名目上の税収が増え、結果として国債償還(=借金返済)が楽になります。(ただし、固定利率の国債償還以外の支出については、インフレによって名目価格が上昇してしまいますから帳消しです。)
しかし、このオペレーションが行過ぎれば、短期的な金利上昇を抑える代償として、近い将来の経済成長以上のインフレが起こる可能性を否定できません。

たとえば(あくまでたとえばですよ)、日銀の予想以上に長期国債が売られ、それらに対応するために日銀が紙幣を刷りまくって買い支えれば、「一時的に」長期金利を抑えることができても、一方で将来のインフレ圧力が高まり、市場はさらに国債を売りたがり・・・というデススパイラルが起こる可能性があります(あくまで可能性です。)

要は実質経済成長とのバランスということになりますが、問題は「経済は実験によって検証できない」ということです。
現在の日本の財政のようなケースは、僕が知る限り過去にどの国でも起こっていません。
よって、このオペレーションが、どのような結果を招くのかは、神のみぞ知るということです。

国だろうが、企業だろうが、同じ資本主義経済の上で活動しているのです。
どちらも、テクニカルな方法では、根本的な対策は施せないのです。
テクニカルな対策は、その代償を、いずれ払わされることになるのです。

いずれにしても、1980年代後半のバブルの後遺症を解決するための、これまでの低金利政策&量的緩和(=資金ジャブジャブ)によって、潜在的なインフレ圧力は相当に高くなっています。
事実、石油元売など「川上」では、価格転嫁が始まっていますし、株式市場もこれらを織り込みつつあります。
また一方で、地方の零細企業は、実質経済成長の恩恵など、まだまだ受けていない状態です。

パンの値段が一個1万円になっても、給与が月に1億円になれば、何も問題はありません。
1ドル=1万円とかになるだけの話しです。
その移行過程で、人によって、地域によって、企業によって、バラツキがあることが問題なのです。

きっと、企業間においても、個人間においても、地域間においても、
富める者とそうでないものの格差が大きくなるのでしょう。

1980年代後半のバブルの影響は、まだまだ続いていると思います。
社会全体が、価値と価格の乖離を放置すると、後々まで問題を引きずることになるのです。

価値に対して劇的に乖離した価格を作り上げたのは、
80年代後半のバブルのときも、ライブドアのときも、
価値を把握できない一般投資家ではないでしょうか?
そういえば、、日経平均が4万円に迫ったバブルのときも、現在のように「個人投資家」が、その取引の大半を占めていました。
一方で、賢いヘッジファンドは、せっせと「空売り」してましたよね。
(あのときよりは、まだマシですが)

経済や株価が、価値のわからない連中によって乱高下すればするほど、
「経済的知識の低い者の経済価値が経済的知識の高い者に移転する」のです。
このとき、「経済的知識の低い者」とは、すなわち「価値に対して劇的に高い価格を作り出す者」なのです。
何度もしつこいですが、自分の大切な資金で購入するものの価値がわからないモノは、買わないことです。
当たり前ですよね。

価値に対する十分な記述の無い書籍や発言は、絶対に鵜呑みにしてはいけません。
これ、デイトレ指南書などのインチキを見抜く術です。
価格変動だけを解説する「デイトレ指南書」などを書く連中は、イイカゲン、自分の「功罪」について認識すべきです。
デイトレで儲かるのは、
1、一部の運の良いデイトレーダー
2、東証や証券会社のような胴元
3、デイトレ指南書などで印税やインチキセミナー受講料を稼ぐ連中
だけです。

価値と価格の乖離は、経済が真っ当に機能しなくなる根源的理由です。
価格変動だけを追いかければ、価値と価格は益々乖離するのです。

デイトレやチャート分析を教え、「自分は神だ」などと妄想する人間を、嫌と言うほど見てきました。
彼らは、アダムスミスの時代に住んでいるのでしょう。

2006年3月2日 板倉雄一郎





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