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Deep KISS 第25号「所有と賃貸(収益不動産)」

収益不動産を例に、所有と賃貸の経済的側面を考えてみましょう。

まずは市場が完全に効率的な場合・・・

所有者には、物件の修繕費、またはそれに代わる保険料が発生します。
さらに、固定資産税、そして賃貸料にかかる所得税などが発生します。
だから、「所有は(賃貸に比べて)損だ」というわけではありません。
なぜなら、所有者は、以上のコストを、賃貸料に上乗せするからです。
以上のコストを賃貸料に加味するだけでは、全然「所有するリスクに対するリターン」が得られませんから、その分をさらに賃貸料に上乗せして、最終的な賃貸料が決定されます。
ここで大切なことは、以上の結果得られる「投下資本利益率」が、物件を購入するための「資本調達コスト」を上回っていなければ経済活動としての意味が無いという点です。

一方、テナントは、以上のコストを毎月賃貸料として負担します。
税務的には、むしろ節税効果があります。
しかし以上から、結局、テナントは所有者の税を含むコストを間接的に負担していることになるので、実は、所有も賃貸も、「それなりのリスクと、それなりの便益」があるというわけで、どちらが賢いかということは一概に言えません。

収益物件の所有者は、賃貸料から様々なコストを差し引いたフリーキャッシュフローと、不動産購入価格(=投下資本)によって、利回りを算出し、その利回りが、資本調達コストを上回るように、賃貸料を設定します。
キャッシュフローが一定であるとすれば、不動産を安く買えば利回りは上昇し、高く買えば利回りは低下します。
また、不動産価格が一定であるとすれば、キャッシュフローが増えれば、利回り上昇し、キャッシュフローが減れば、利回りは低下します。


↑ あたりまえです・・・債券価格と利回りとメカニズムは全く同じですが、一応説明しますね・・・
まずは利回りの正確な計算方法ですが、
1、当該物件が生み出す所有者に帰属するフリーキャッシュフロー(=賃貸料から、もろもろのコストを差し引いた残り=所有者がこのフリーキャッシュフローをキャバクラで使い果たしたとしても、この物件の収益に影響が出ないカネのこと)を、得られる年次ごとに算出します。
2、不動産購入価格と、1の割引現在価値がイコールになる割引率を求めます(=IRR=内部収益率を求めるということです)
3、その結果が、資本調達コストをどれほど上回っているか(=スプレッドがどれほどあるか)が生み出される経済価値の基本です。
4、スプレッドに投下資本(=不動産購入価格)を掛け合わせた結果が、年辺りの経済的付加価値
と言うことになります。

以上から、そもそも不動産価格とは、その不動産によって生み出されるキャッシュフローに担保されていているということです。
(この理屈を無視して、価格だけが一人歩きしたのが、80年代後半のバブルです。)

しかし、以上はあくまで市場が完全効率的である場合の話しです。
現実的には、ブームによって不動産価格は、それが生み出すキャッシュフローに対して割高になる場合も、またその逆もありえます。
もし、その不動産が生み出すキャッシュフローに比べて、相当に高い不動産価格が提示されている場合には、新たに収益物件を取得して賃貸事業を開始する場合、得られるであろう賃貸収入に変化が無ければ、所有者の利回りは減少します。

ここで重要なことは、所有者にかかる「資本調達コスト」です。
現在、「史上最も低金利」の時代ですから、収益物件所有者の有利子負債調達コストは、非常に低いわけです。
また、史上最も低金利ということは、すなわち「将来間違いなく金利は上昇する」ということでもあります。
仮に収益物件の所有者が、現在、年率5%の利回りを得ているとしましょう。
もちろん、この利回り5%の因数は、賃貸料から以上のような維持管理コストを差し引いた結果の所有者に帰属するキャッシュフローと、不動産購入価格によって決まります。
また一方で、資本調達コスト3%としましょう。
この場合、スプレッドは、2%のプラスですよね。

もし、資本調達コストが上昇したら、どうなると思いますか?



は、






す。

今回は、簡単ですよね。
資本調達コストが上昇すれば、投下資本利益率に変化が無くても、上記のスプレッドが小さくなってしまいます。
これではまずいですよね。
もし、資本調達コストが5%になってしまったら、スプレッド=0になってしまいます。
企業に限らず、不動産でもなんでもかんでも、
「投下資本利益率 > 資本調達コスト」
でなければ、経済活動としての意味はありません。

収益物件の所有者が、資本調達コスト(=金利)が上昇しても、それ以前と同様の利回りを実現するための方法は、主に2つあります。

一つは、資本調達コスト上昇分を、「直ちに」賃貸料に上乗せすることです。
これが可能であれば、一次的には何も問題ありません。
不動産価格も維持され、利回りも変化しません。
しかしながら、副次的に考えれば、賃貸料の相場が上昇するということは、インフレの傾向が強まるわけですから、資本調達コストは、さらに上昇することが考えられます。

もう一つは、金利上昇分を、「直ちに」賃貸料に上乗せすることが出来ない場合、収益物件の所有者が、これまでの利回り(上記設定の場合5%)を維持しながら、次の収益物件を購入するとき、「不動産をこれまでより安く買う」ことが必要になります。
つまり、多くの収益不動産事業者が、資本調達コストの上昇分を賃貸料に転化できないとすれば、不動産価格は下落することになるわけです。

おっともう一つ、「そもそも資本コストを上昇させない」という手段がありますね。
つまり、現在の異常なまでの低金利の恩恵を、将来に渡って受ける方法、すなわち、(今のうちに)長期固定金利で有利子負債を調達することです。

さて、現実にどうなるか・・・は、僕にはわかりません。
しかし明らかなことは、収益物件の所有者は、少なくとも、そのテナントより、遥かに多くのリスクを取っていることだけは確かです。
そのリスク分が、彼らのリターンの根本的な原因ですから。

僕の場合・・・
不動産には、間違いなく価値があると思っています。
しかし、不動産自体が価値を「創造」するはずもありません。
なぜなら、不動産は「モノ」であって、「人」では無いですから。
僕なら、社会に対して何らかの価値を提供した結果得られたインカムから、生活に必要なコストを差っ引いた残りは、「価値創造」を行う対象・・・つまり企業に対する投資に使います。

簡単な話、(こう書いちゃうと、つまらなくなるかもしれませんが)、複利効果が得られる対象に投資するってことです。
収益不動産で、複利効果を得るためには、収益不動産から得られたキャッシュフローを、さらに別の物件の購入に当てる必要があります。
それは、収益不動産の所有者自らが、判断し、実行し続けなければならないわけです。
一方、企業への投資の場合、一旦投資してしまえば、後は当該企業の経営者が、複利効果を得るための仕事をしてくれるわけです。
あくまで、企業を見る目と、価値算定手法を持っていればの話しですが。

ちなみに、収益物件や債券のように、それ自体が価値創造を行わない(=キャッシュフロー成長率が基本的にゼロ、複利効果が得られない)投資対象に、多くのお金が集まると、物件価格が上昇し、結果として利回りは低下します。
REITに投資されている方は、以上の基本的な理屈を十分に理解されているとは思いますが(笑)

以上から、僕の個人的な意見としてまとめれば・・・
1、 資本調達コストを支払ってまで投資するのは、それ自体が経済価値を生み出す対象。
2、 投資をするなら、それ自体が経済価値「創造」を行う対象。
3、 自らが暮らすためであれば、賃貸の方が、引越しの自由度、不動産の物件としてのリスクを回避するなどの点で、有利。
となります。
(あくまで僕の個人的な投資スタイルであって、収益物件事業を行う方を否定する意見ではありません。)

ちなみに、僕が最も理想とする住居の契約形態は、賃貸の究極の形「ホテル住まい」です(笑)
大変なコストがかかりますけどね。
その分、掃除、洗濯&衣服のクリーニング、炊事など、様々な便益が得られます。
その上、その部屋に飽きたら、別の部屋に「直ちに」変更可能です。
そのホテル自体が嫌になっても、他のホテルに「その日に」移動できます。
要は、コストと便益のバランスってことですね。

でも、やっぱホテル住まいがいい。

2005年11月29日 板倉雄一郎





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