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Deep KISS 第18号「配当と企業価値・・・再び」

配当と企業価値の関係について、再びです。

この関係に関する質問がやたらと多いです、多くの人が混乱しているのでしょう。

典型的な質問例は・・・

「配当割引モデルによって、企業価値を計ろうとすると、配当が多くなると企業価値も上昇します。しかし、板倉さんのエッセイによると、配当を行った分、株主価値が減少するので、矛盾するのではないでしょうか?」

または、 「配当が企業価値に与える影響について考えています。教えてください」 といったものです。

結論から書きましょう。

「将来受け取るであろう配当と企業の(現在)価値は、無関係」です。(びっくりしましたか(笑))

それでは解説しますね。

エンタープライズ・ディスカウント・キャッシュフロー法(以下DCF法)によって、投資家から観た企業価値を計る場合、以下のような因数が必要になります。

1、 将来の投資家に帰属するキャッシュフロー(=以下:FCF)
2、 1の割引率(=企業の加重平均資本コスト)
(3、として、非事業用資産がありますが、割愛します。)

ここで言う「FCF」とは、すなわち、営業活動で生まれたキャッシュフロー(=営業CF)から、事業継続のための投資キャッシュフロー(=投資CF)を差し引いた残りを指します。

営業CF - 投資CF = FCF

つまり、この「残りかす」が、投資家の分け前と言うことで、将来発生するであろう「分け前」の割引現在価値が、投資家から観た企業価値ということになります。

さて、その「残りかす」=「投資家への分け前」=「FCF」は、どのような手段で投資家に帰属するのかを考えて観ましょう。

 1、 配当
 2、 自社株買い
 3、 内部留保→余剰現金
 4、 有利子負債の返済
 5、 有利子負債の金利支払

となります。 これを、投資家の種類別に分けて、似ているオペレーションに「イメージ」で分類してみると・・・(投資家とは、株主と債権者の2種類があります)

株主にとっての配当≒債権者にとっての金利
株主にとっての自社株買い≒債権者にとっての有利子負債の返済
株主にとっての内部留保≒債権者にとっての回収安全性の上昇

となります。 もうお分かりと思いますが、「将来のFCFを、将来どのように取り扱うか」は、FCFの割引現在価値・・・すなわち投資家から観た企業の「現在」価値に「影響を与えない」ということです。

上記のオペレーションは、FCFの取り扱い手段に過ぎないわけです。

いずれのオペレーションの場合も、投資家にはしっかりFCFが帰属するのです。株主の場合だとわかりづらいかもしれませんので、債権者の立場で考えて見ましょう。

債権者が融資している資金が、将来どのように返済されるかは、(倒産して回収不能にでもならない限り)現在の債権者価値=有利子負債残高には影響を与えませんよね。

たとえば、債権者が300億円を融資していて(=債権者価値が300億円)、その金利が年率10%だとしましょう。

その上で・・・

1、 毎年100億円を三年間にわたって返済(+金利払い)する場合
2、 三年後に300億円をまとめて返済(+金利払い)する場合、
3、 金利は毎年支払うが、しばらく返済しない場合
4、 金利も支払わずに、しばらく返済しない場合(←これは有利子負債の場合はあまり現実的ではありませんが)

以上のいずれの場合も、「今日現在」の債権者が融資している資金は300億円であり、よって債権者価値も300億円です。

上記の例「1」の場合、今日の時点での債権者価値が300億円、時間経過と共に債権者価値が金利分徐々に増加し、一年後に330億円となります。この一年後の時点で、100億円の元本返済と、一年分の金利30億円を支払うことになるので、330億円-100億円-30億円=200億円、つまり債権者価値は、元本との金利分を受け取った時点で、受け取った元本と金利分減少するわけです。

また、極端な例「4」の場合、金利を受け取らない代わりに、債権者価値が時間経過と共に複利で増大しますよね。 一年後の有利子負債は、330億円となり(=債権者価値が330億円)、さらに二年後の債権者価値は、363億円となります。

例「3」のように、今日から一年後に330億円になった債権者価値から30億円の金利分を現金で受け取れば、受け取った金利分、債権者価値が減少し、債権者価値は300億円となるわけです。この「3」の例の場合、いつまで経っても、債権者価値は、300億円と330億円を行ったり来たりするだけとなります。

株主の場合も、これと「基本的には」同じです。

将来、配当という手段でFCFを取り崩すか、自社株買いをするか、内部留保になるか、などに無関係に、株主価値(=企業価値-債権者価値)は、将来のFCFから算出されます。

しかし、実際に配当が行われたとき、これまで何度も書いているように、「配当直前株主価値=配当額+配当直後株主価値」となるわけです。 債権者の場合では、「金利払い直前債権者価値=金利払い額+金利払い直後債権者価値」というわけです。

以上から、「将来受け取るであろう配当は、現時点での企業価値の一部」ということです。 ちなみに、債権者とか株主とか、「全然違う利害関係者」のように思われていますが、実は、「投資における契約が違う」というだけで、どちらも「投資家」なのです。

債権者の場合には、企業の業績がどうなろうが、債権者価値に変動は無く、したがって、ローリスク・ローリターンです。また、株主の場合には、企業の業績の影響をダイレクトに受け、したがって、(債権者に比べれば)ハイリスク・ハイリターンということになります。債権者価値は、業績に無関係に有利子負債という形で、その額がはっきり存在するので、それを企業価値から差し引いた値が株主価値というわけです。

「株主価値=企業価値-債権者価値」つまり、企業の業績見通しの変化を吸収するのは、債権者ではなく、株主というわけです。

最初の典型的な質問の話に戻しましょう・・・

「配当割引モデル」における将来の配当額とFCFが全く一致する場合、エンタープライズDCF法と、配当割引モデルでは、「全く同じ結果」が得られるというわけです。

しかし現実には、「同じ結果」は得られません。なぜなら、会計上の利益と、キャッシュフローには、様々な理由から違いが生じるからです。

ちなみに会計上の利益など、企業価値を計る上でさほどアテになりません。なぜなら、会場上の利益は、経営者がやろうと思えばいくらでも「でっち上げる」ことが出来るからです。 ついでに・・・「配当利回り」が高い企業は、以上の仕組みを理解できない「なんちゃって個人投資家」の人気を集めます。(事実、最近話題になっていますよね)結果、株価は上昇します。

しかし、この株価上昇は、「一次的」なものです。

なぜなら、1、株価上昇の結果、「配当利回り」は、減少するから。2、株主価値の増大を伴わない株価上昇は、バブルであり、したがって、少なくとも長期では株主価値周辺に時価総額が納まるからです。そもそも、配当利回りなんて、せいぜい数パーセントですし、株価の動きは、配当利回りをはるかに超えるわけですからね。何度も書いていることですが・・・その企業が成長期にある場合に配当を行うのは、おばかさん経営者のすることですし、その企業が成熟期以降にある場合に、配当も自社株買いもせず、余剰資金を溜め込んでいるのも、おばかさん経営者のすることです。

参考エッセイ:
Deep KISS 第10号「言葉の定義(企業価値)」
⇒ KISS 第108号「配当と時価総額」
⇒ KISS 第39号「配当と株主価値」
KISS 第11号「御めでたい経営者」

2005年11月8日 板倉雄一郎





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