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Deep KISS 第11号「期待と期待収益率」

たとえば、電力会社の業績が、今後3年間で売上高3倍、利益6倍になると予測する人は、おそらくほとんどいないでしょう。
同時に、電力会社の業績が、今後3年間で売上高3割減、利益ゼロになると予測する人も、おそらくほとんどいないでしょう。
つまり、業績が大幅に変動する「リスク」は小さいので、「リスクが少ない分、大きなリターンを期待する必要が無い」ということです。

一方、ITやバイオなどの新興企業の場合、今後3年間で売上高3倍、利益6倍になると予測する人は、少なくとも上記の電力会社の場合より多いでしょう。
しかし同時に、このようなベンチャーの場合、その業績が、予測をはずれ、今後3年間で売上高3割減、利益マイナスになる「可能性」を考慮するはずです。
(つまり、リスクとリターンは表裏一体ということです)

電力会社とベンチャーが将来生み出すであろう「投資家に帰属するキャッシュフロー」の絶対値が、仮に同じだと予測されても、現時点での株主価値(≒時価総額)は、(市場が効率的であれば)ベンチャーの方が小さくなります。
なぜなら、市場が、電力会社よりベンチャーに対するリスクを大きく捉え、投資活動における「リスクマージン」を大きく取ろうとするからです。

わかりやすく、簡素な比喩を使って解説します。

「経済的信用の高いAさんから、1年後に110万円を受け取る権利」(以下「Aさん権利」)と、
「経済的信用がAさんより低いBさんから、1年後に同じく110万円を受け取る権利」(以下「Bさん権利」)が売られているとします。

もしあなたが、「Aさん権利」を今日現在100万円で取得するのが妥当だと考えれば、「Bさん権利」をいくらで買うのが妥当だと考えますか?
答えは、「100万円より低い価格」ですよね。
なぜなら、「Aさん権利」が1年後に実施される可能性より、「Bさん権利」が1年後に実施される可能性のほうが「小さい」ので、その分のリスクを考慮し、権利取得のための価格が低くなるわけです。

「Aさん権利」を、現時点で100万円と評価するということは、それが実施されれば「年率10%の利回り」が得られるわけです。(今日100万円で権利を買い、1年後に110万円になるということです・・・110/100-1=10%)
これを、一般的に、「Aさん権利」に対する「期待収益率」と表現し、この場合の「期待収益率」は、年率10%ということです。
一方、Aさんより経済的信用の低い「Bさん権利」を、仮に90万円で取得するのが妥当だと考えた場合、「年率(およそ)22%の利回り」が得られるということです。(今日90万円で権利を買えば、1年後に110万円になると言うことです・・・110/90-1≒22%)
つまり、「Aさん権利」に対する「期待収益率」が10%。
「Bさん権利」に対する「期待収益率」が22%。
また、以上の計算方法を「割引現在価値を算出する」と表現し、「Aさん権利」の「割引率=期待収益率」は10%、「Bさん権利」の「割引率=期待収益率」は、22%です。
割引率(=期待収益率)が上昇すれば、現在価値は下落します。

あれっ???おかしいなぁ????
「同じ1年後の110万円を受け取る権利なのに、期待が高まると現在価値が小さくなっちゃうぞ!」
なぁ?んて思いましたか?
そうですよねぇ?、実は「言葉の定義」が曖昧なのが、この誤解の原因なのです。
「期待収益率」という言葉は厄介です。
基は、「Expectation of Return」という英語を「直訳」してしまったのが誤解の原因です。
そもそも、英語で言う「Risk」とか、「Return」とか、「Expectation」という言葉には、それらを直訳した「危険性」とか、「収益」とか、「期待」という日本語に含まれる意味とは、完全にイコールではないのです。
その上、そもそも我々日本人が日本語を正確に理解しているのかという問題もあります。

ファイナンスで言うところの「期待収益率」とは、単に「期待」を意味するものではありません。
「そのぐらいの収益の可能性が無ければ、投資してられない」とか、
「実施されない可能性を上回る収益の可能性が無ければ、投資できない」とか、
そんな意味で、「期待収益率」は使われています。
よって、当事務所のセミナーでは、このような誤解が発生しないように、「期待収益率」という言葉ではなく、「リスク認識」という言葉を使うことにしているというわけです。

つまり、「Aさん権利」に比べ、それが実施されない可能性の高い「Bさん権利」には、それなりのマージンが欲しいということを意味するわけです。
結果、投資家から見た「期待収益率」=「リスク認識」=「割引率」が高まれば、現在価値は下落するということになります。

現在価値を決定する要素は、主に2つです。
一つは、将来受け取るであろうキャッシュフロー、そしてもう一つは、そのキャッシュフローに対する「割引率=期待収益率=リスク認識」です。
同じ将来キャッシュフローであれば、「割引率」が大きくなれば、現在価値は小さくなります。
同じ将来キャッシュフローであれば、「割引率」が小さくなれば、現在価値は大きくなります。
また、
同じ割引率であれば、将来キャッシュフローが大きくなれば、現在価値は大きくなります。
同じ割引率であれば、将来キャッシュフローが小さくなれば、現在価値は小さくなります。

ちなみに、資金の「出し手」から観た「期待収益率=リスク認識」は、資金の「受け手」から観た「資本コスト」ということになります。
たとえば、経済的に信用の高い人が銀行から融資を受ける場合の金利より、経済的信用の低い人がサラ金から融資を受ける場合の金利の方が遥かに高いですよね。
資金の出し手(=銀行やサラ金)から観た場合の「期待収益率=リスク認識」は、資金の受け手から観た「資本調達コスト」になるというわけです。

ところで、いわゆる新興IT系ベンチャーの時価総額って、少なくとも現在の業績に対して「相当に」高いですよね。
これは、投資家から観た「期待収益率=リスク認識」が低いからなのか???
それとも、投資家から観た「将来キャッシュフロー」の予測が大きいのか???
その原因は、僕にはわかりません(笑)
しかし、少なくとも僕は、投資家から観た「期待収益率=リスク認識」が低いことが、時価総額が大きい原因ではないと思います。
おそらく、
「将来キャッシュフローを過大に見積もっている」か、
「価値など無関係に、価格変動にしか興味が無い人多い」ことが原因でしょう。
ちなみに、「将来キャッシュフローを過大に見積もる」ということは、それこそ「期待が大きい」ということです。
(あるコンサルティングファームは、この現象を、「Expectation Premium」と表現しているらしいです(笑・・・モノは言いようですよね)

「期待が高まる」
=「将来キャッシュフローの成長を見込む」(←多くの場合、過度な期待です)
=「現在価値が大きくなる」
(=「今の内に過度な期待に見合った実体経済価値を取得せねば」と経営者は思うわけです(爆))
また、
「期待収益率が高まる」
=「リスク認識が高まる」
=「将来キャッシュフローの割引率が高まる」
=「割引現在価値が小さくなる」
ということです。

2005年10月24日 板倉雄一郎

PS:
先週末は、当事務所主催「実践・企業価値評価シリーズ」合宿セミナーでした。
いつもにも増して、楽しく、激しく、感動の2日間でした。
今回の受講生の顔ぶれは・・・
JASDAQ上場企業の財務部門を担当する公認会計士、
某大手金融機関の信託部門に勤務する専門職の方、
某大学にて法律を教授する法務の先生(女性)
経営コンサルタントの方、
日本国内のMBA取得者、
某IT系上場企業のサラリーマンの方
(↑、どの会社とはいいませんが、この会社の方の受講はかなり多いです・・・僕はこの会社の社長と親しいですが、社長が受講されることは無いと思います(笑))
そして例によって海外からは・・・
アメリカはワシントンDCの実業家、
某大手航空会社の香港支店に勤務する方、
そして、圧倒的に多い個人投資家の方々、
これから個人投資を始めようとされる方々、
つまり、ファイナンスを専門に実務をされている方、から、ファイナンスなんてビギナーという方まで、幅広く受講されているということです。
とても、うれしいです。
仮に、初回の受講だけでは完全な理解が得られなかったとしても、当事務所のセミナーには「再受講制度」があります(再受講1回は無料、2回目以降は5000円)ので、再受講によって理解を深めていただけますし、ある程度の実務経験があれば、一回の受講で理解が得られると思います。
(とは言っても、完全な理解を得ているはずの方も、どういうわけか再受講にいらっしゃいますが(笑))

PS^2:
「実践・企業価値評価シリーズ」合宿セミナーの11月開催は、11月19?20日です。
受講受付を行っています。

「セミナーで学べる価値 > セミナー価格」と判断される方は、是非いらしてください。
受講前の基礎知識については、セミナーページでご案内している通りです。
お待ちしています。





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