たとえば、神急商店なる企業があったとします。
この企業は、土地建物を所有し、その不動産にて雑貨屋を営んでいるとします。
そして、不動産の時価は1億円だとしましょう。
(簿価=過去の取得価格は、どうでもええ)
一方、雑貨屋としての事業は、
ほぼ毎年、500万円のキャッシュフローが投資家にもたらされ、
そのキャッシュフローは成長もせず衰退もしないとします。
また、投資家のこの事業に対する期待収益率が7%としましょう。
すると事業価値は、
「FCF/[WACC-g]」の式から、およそ7,000万円となります。
(成長しないので g=0% , WACC=7%)
所有する不動産の時価1億円に対し、
「不動産の上で実施する」事業価値は、7,000万円。
さてこの企業を買い取る場合、以下のいずれが正しいでしょうか?
1、不動産価値 1億円+事業価値 7,000万円=1億7,000万円
2、不動産価値 1億円だけ
3、事業価値 7,000万円だけ
4、上記以外
こ
こ
は
、
考
え
る
時
間
で
す
。
答えは、「2」または「3」または「4」であり、間違っても「1」ではありません。
まず、「1」が間違いである理由…。
雑貨屋の事業には、その店舗が必要です。
よって雑貨屋事業は、
店舗を借りるか、持っているかしない限り実現できません。
つまり、(店舗用の不動産を所有している場合、)
「不動産価値が、事業価値に置き換わっている」となるわけです。
よって、
事業価値か、または不動産価値か、
「どちらか一方」だけ、
投資家は価値としてカウントすべきなのです。
(たとえば個人タクシー事業がありますよね。自動車としてのタクシーの価値と、そのタクシーを使って稼ぐ事業価値の両社を足し合わせてしまったら、ダブルカウントですよね)
では、「2」はどうでしょうか…。
これは、「絶対に間違い」とは言い切れません。
事業を買収後、「解散する」なら、
その不動産を1億円で売却すればいいわけですから、
全くありえない、わけではありません。
または、
「その場所より不動産価格の安い地域に移転しても、
それまでと同様の収益を得ることができ、事業価値に変化が無い」
とするならば、この事業の価値は、
「現在の不動産時価」-「新規移転先の不動産取得費用」+「事業価値」
が成り立ちます。
これが「4」の中身となります。
(阪急、阪神は、その場所ではなくても事業が営めるでしょうか?)
で、現実的には「3」が正解となります。
つまり、解散するわけでもなく、移転先で同等の収益を生むわけでもない場合、買収価格としてカウントすべきは、
「事業価値(+事業と全く無縁に保有する非事業用資産)」だけとなります。
村上ファンドは、村上氏自身の言葉…。
「やっぱ阪神が一番含み資産を持っているからええと思ったんや!」
から推測するに、
上記のダブルカウントという「あイタタタタ」な価値算定を行ったと思います。
過去にも書いたように、仮に、彼らが「搾取集団」だとすれば、
(上記の例のように、
「阪神の事業価値」<「保有する不動産時価」ですから、
過半数を超える株主の権限によって、)
1、(阪神の)保有不動産をREITなどに高値で売却し、
2、売却直後には、売却益というキャッシュがあるわけですから、
3、そいつを「配当せい!!!」と脅し、むしりとり、
4、不動産売却益の配当による外部流出により価値を失った株式を、
5、村上ファンドに群がる「なんちゃって投機家」に売りつけ、サイナラ。
というスキームも考えていたかもしれません。
(↑ あくまで過去の彼らの手口を参考にした僕の推測です。)
(不動産リースバック=売却と賃貸のセットの場合、
不動産売却益の配当による外部流出に加え、
将来の賃貸料が事業価値を押し下げますから、
村上ファンドは儲かっても、阪神の企業価値は破壊されます。)
しかし、そんなにうまくは行かないですよね。
世間の風当たりも、こんなことしたら、今以上に、強くなることは容易に想像できるはずです。
で、にっちもさっちも行かないので、
結局のところ、グリーンメーラーとしての本領を発揮し(笑)
「金の力で脅かす」事となり、他の人に買ってもらうことになったわけです。
僕の評価では、(阪急←阪神の)TOB価格は、
阪神×阪急の「シナジー」を考慮しても、「割高」だと思います。
ってことは、「価値 < 価格」で買い取る側(阪急の株主)が損をし、
その分、売る側(=村上ファンド)が儲かるわけです。
もちろん、この損得は、僕の価値算定を基準にしていますから、
「実は、すんげえシナジー効果」があって、
買い取る側も損をしない場合も、まあ、絶対に無いとは言えません。
企業買収の条件とは、
「被買収企業の買収前価値(+買収後シナジー効果)」>「買収価格」
でなければ、買収側企業の株主は得をしません。
事業を解散もしくは移転して継続する場合でなければ、
その事業を営むために必要な不動産価値を、
企業価値に上乗せして評価することは出来ないのです。
また、移転を前提にしない場合、不動産の簿価と時価の違いも、
何の意味も持ちません。
村上ファンドは、投機家として、または、「体(てい)の良い総会屋」としては実績があると思います。
しかし、「投資家」としては、
極めて基本的なところで上記のようなミスを犯してしまうようです。
しつこいようですが、彼らの手法では、
4,000億円という資金に利回りをつけ「続ける」ことは不可能だと思います。
(↑あくまで僕がそう思うだけの話に過ぎませんが。)
結果として、「インチキ」をする羽目になり…御用となるわけです。
ここで基本中の基本、しかし多くの人が理解できていないことを書きます。
「投資とは、ある時点での確かな価値を差し出す代わりに、
将来の不確かな価値を手に入れる行為」
なのです。
たとえば…。
事業用の不動産を(所有または賃貸によって)手元にあるからこそ、
事業のキャッシュフローが得られ、事業価値がそこに存在するのです。
どちか一方しか価値として勘定できないのです。
たとえば…。
今ある現金を、運転資金や設備投資に投資するからこそ、
将来のキャッシュフローが生まれたり、増大したりして、
事業価値が創造されるのです。
どちか一方しか価値として勘定できないのです。
たとえば…。
何かを学習するためのコストと時間を差し出すからこそ、
その知識から生まれる将来の価値を手にすることができるのです。
どちか一方しか価値として勘定できないのです。
たとえば…。
ある異性とのデートを選択すれば、
他の異性とのデートの機会を損失するのです。
どちか一方しか価値として勘定できないのです。
たとえば…。
食べたい衝動を野放しにすれば、
ダイエットの機会は、また一日先送りになるのです。
たとえば…。(もお、ええちゅうねん)
もし…。
手元に持っている価値と、
その価値を使って将来生まれるであろうキャッシュフローを
どちらも価値としてカウントできるなら、
100万円を年率10%で一年間誰かに貸すとき、
手元の(まだ貸していない)100万円と、
それを貸したことによって生まれる、1年後の110万円の、
どちらもカウントできることになるわけですからね。
んなことあるわけ無いのです。
何かを得れば、一方で何かを失うものなのです。
村上ファンドの行いは、
社会から村上ファンドの出資者へ、経済価値移転を起こし、
その分、
対象企業の(村上ファンド以外の)利害関係者が毀損されるのです。
経済価値が毀損されるのは、村上ファンドの対象企業に、
「おっ、村上ファンドが買いに入ったぞ!株価が上がるぞ!」と、
価値について全く理解の無い方々、
そして、巻き添えになる既存株主です。
もちろん、
不動産価値に見合う事業を行っていない経営者を、
既存株主は放置したわけですから、
既存株主の自業自得ではあります。
そして企業のオペレーションと株主価値の関係を理解しないまま、
投機に勤しむ方々もまた自業自得です。
(短期で)誰かが得をすれば、一方で他の誰かが損をするのです。
(↑短期でのゼロサム)
WIN2WINになるためには(=プラスサムになるためには)、
当該企業の利害関係者の努力によって、
「新たな価値」が生み出されなければなりません。
そのためには、「時間経過」が必要なのです。
また、今回のケースは、
買収防衛策には、それなりにコストがかかる、の表れでもあります。
コストをかけないようにするためには、常日頃から、
「価値と価格の乖離」が起こらないように、
企業価値に対する十分な理解の上に成り立った経営が必要なのです。
以上、ちと難しかったかもしれませんが、
もう一度ゆっくり読んでみてください。
違法か適法か、という次元のかなり前の話しです。
参考エッセー:
Deep KISS 第1号「ダブルカウント」 など多数。
※)以上の情報を頼りにした投資活動における損失の責は追いかねますのであしからず。だって、短期の博打なら、それでも儲かるかもしれませんし、中途半端な期間で「たとえば空売りして」儲けられなかったりするかもしれませんからね。「損得に関する責任」は取れませんよ。
2006年6月5日 板倉雄一郎
PS:
村上氏以下、村上ファンド関係者の逮捕ですね。
ライブドアによるニッポン放送買収劇にて、
時間外取引で大量の同社株が、
村上ファンドからライフドアへ動いていたと容易に予測できましたから、
まるで驚きはありませんが。
ちなみに、この点においても、過去のエッセーのどこかで指摘しています。
ある意味、こうなって、社会にとっても、村上氏自身にとっても、
良い結果だと思います。
彼らの手法では、いずれ行き詰まり、
リターンを出すことが出来なくなるでしょうから。
今のうちなら、「仮に有罪になっても」、
村上氏、および村上ファンドの出資者にとって、
少なくとも経済的には、「儲け」がありますからね。
何も生み出さず、奪い取るだけの行為は、
誰かに止めてもらえなければ、止まらなかったかもしれません。
これで村上氏は、(ファンド出資者の)奴隷から解放されたということです。