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BTB 第7回「事業用不動産価格と事業価値」

全日空が国内のANAホテルを売却するそうです。
全日空に限らず、いわゆる「リゾート系」の不動産、たとえば・・・
ゴルフ場、スキー場、リゾートホテルなどの所有権移転が盛んです。

事業用不動産の売却目的は、
1、本業への選択と集中
2、不動産価値に見合わない事業価値の廃止
など企業価値の増大ですが、ここでは、「事業価値」と、
「(その事業を実現するための)事業用不動産価格」について考えて見ましょう。

あくまで一般論ではありますが・・・
「事業用不動産価格」 > 「事業価値」 の場合、
事業を廃止し、所有する不動産を売却し、
不動産価値を投資キャッシュフローに変換することが合理的です。
この場合、
「持っている不動産を有効に活動できていないなら、
 もっと効率的に活用できる相手に売った方がいい」って事です。
ファイナンス的には、
事業が生み出す営業キャッシュフローの割引現在価値より、
事業用不動産売却による投資キャッシュフロー(のプラス分)の方が、
大きいとなります。

逆に、
「事業用不動産価格」 < 「事業価値」 の場合、
事業を継続し、営業キャッシュフローを稼ぐことの方が合理的です。
この場合、
「持っている不動産を有効に活用できているわけだから、継続すればいい」
って事です。
ファイナンス的には、
事業が生み出す営業キャッシュフローの割引現在価値の方が、
事業用不動産売却による投資キャッシュフロー(のプラス分)より、
大きいとなります。

ただし、
ある価格で不動産を「売却できる」ということは、
言うまでも無く、その価格で「買う人がいる」ということですから、
不動産を取得する側から見れば・・・
「不動産価格+その他新規事業への投資」 < 「新規事業の価値」
が成り立つ必要があります。
まとめると・・・

「売却側の事業価値」 < 「不動産売買価格+その他新規事業への投資」 < 「取得側の新規事業価値」

が成り立つ場合に、合理的な売買が成立します。
この結果、
1、売却側のオフバランス(または選択と集中)の実現
2、取得側のビジネスチャンスの具現化
3、限りある不動産の有効活用
という価値が生まれます。

ここまでは、簡単です。
しかし、
「そもそも不動産価値はどうして生まれるのか?」という点に着目すると、
話は少々ややこしくなります。
つまり、
上記の式のそれぞれが「独立して成り立つ価値ではない」という点です。

たとえば、話題になった「阪神電鉄」の所有不動産について考えて見ましょう。
同社の有価証券報告書によると、同社所有の不動産の「大部分」は、
同社の「事業用不動産」です。
デパートや鉄道、そして駅やホテルなどです。
しかしながら、村上ファンドが「間違った価値算定=ダブルカウント」で、
同社の株式を大量取得したように、同社の場合、
「事業用不動産価値」 > 「事業価値」
ですから、一見、売却するのが合理的に見えます。
しかし、
「その事業用不動産には、どうして価値があるの?」を考えてみれば、
「そこに駅があり、鉄道があり、人が多く集まるから」ということになり、
ファイナンス的には、
「その不動産が生み出すであろうキャッシュフロー」こそが、
その不動産の価値を高めていると言えます。

同社の場合、
「所有する事業用不動産を売却したとしても、事業を継続する場合、
 売却によって得られる投資キャッシュフロー(のプラス分)は、
 将来の「賃貸料(=営業キャッシュフローのマイナス分)」
 として評価しなければならず、
 投資家にとってのフリーキャッシュフローの増大とはなりえません。
 よって、「ざっくり」評価すれば、企業価値に変化は生じません。
 (不動産の取得側にとって観れば、
  阪神からの賃貸料の割引現在価値ほどにしか
  不動産価値を評価できないからです。)
 また、事業を継続しないとすれば、
 鉄道や駅などがなくなってしまうので、
 そもそも不動産価値が減少してしまいますから、
 取得側の新しい事業価値が、
 売却前に想定される不動産価格を上回らなければ、
 その価格での売買は成立しません。」
と言うことになります。

つまり、不動産価格(または価値)は、
その上で実現する事業価値によって影響を受けるということになります。
さらに、くどく表現すれば、
「事業用不動産価格(または価値)は、
 その不動産を利用した事業と全く無縁に存在するわけではない」
ということです。

「土地神話」とは、
「土地は減らない」、
「土地は減価償却しない」などから生まれる発想だと思いますが、
いくら土地があったところで、その土地がキャッシュフローを生まなければ、
土地の「(少なくとも)経済的価値」は、存在しないのです。
(住宅地の場合、「暮らす」という価値がありますが、
 その価値すら、借りた場合の賃貸料や通勤など移動のためのコストなど、
 キャッシュフローの増減に担保され、その上で、
 その場所で暮らす満足感という個人の価値観が上乗せされるわけです。)

株式投資において、
「時価総額+有利子負債」 < 「所有不動産価格」
であったとしても、安易に「割りやすだぁ!」と飛びつくのは危険です。
「その不動産の価値が、どうして生まれているのか」を、
しっかり見極める必要があるわけです。

参考エッセイ:
DeepKISS第1号「ダブルカウント」
DeepKISS第82号「ダブルカウント(2)阪神×阪急」
など多数。

2006年12月8日 板倉雄一郎

PS:
今年、もろもろ、いたしかたない事情があり、さら地を購入しました。
放って置けば、キャッシュを生み出さない土地ですから、
僕にとっては、あまりうれしくない買い物でした。
一般的には、「土地を手に入れる」って事は、うれしいことらしいですが。

とりあえず、「ドッグラン」に使ってます(笑)
土地を所有したところで、結局、「固定資産税」という名の「賃貸料」を、
国に収めなければならないわけですから、
その土地がキャッシュを生み出さなければ、「マイナスの価値」ですよね。