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BTB 第13回「為替と営業利益」

為替相場と企業の営業利益の相対的関係について考えて見ましょう。
営業利益は、投資家から見た企業価値の「源泉」ですから、この考察は、為替変動と企業価値の相対的関係、ひいては、為替変動と株主価値(理論株価)の相対的関係を探ることになります。
言うまでもなく、海外との取引を行っている企業の場合、為替変動が営業利益に大きな影響を与えます。
このところ、サブプライムローン問題⇒投資家のレバレッジの収縮⇒投資家の円キャリー取引の解消⇒円高ドル安という流れが発生し、為替相場のボラティリティーが高くなっています。
結果、特に輸出企業の株価が、為替変動を追従するようにボラティリティーが高くなっています。
よって、
「どの程度の為替変動が、どの程度株主価値に影響を与えるのか」を考える良い機会だと思います。
経済は、常に複雑にループし、相互影響を与えていますから、
「為替変動が原因で、企業価値変動はその結果だ」といった、一方通行の因果関係を想定することは現実的ではありません。
現実的には、企業活動が為替に影響を与え、為替が企業活動に影響を与えます。
しかし、表現を簡素にするために、この場では、いくつかのシンプルなケースを想定します。
為替と企業の営業利益の関係について・・・
(1)為替変動が原因で、企業価値変動が結果という因果に固定
(2)輸出先の商品販売価格は輸出先の通貨にて固定
(3)(2)の条件であれば、販売数量に変化がないと限定
(3)輸出先の通貨はドルだけであると限定
(4)為替については、ドル/円だけを想定。
(5)企業の一般管理費など国内調達分に関しては為替相場に影響されないと限定
(6)企業が為替予約を行っていないと限定
という限定的な条件の下、以下のケースについて考えて見ましょう。
ケース1:
「売上高の100%をドルベースで輸出し、
 販売管理費など原材料以外を日本国内で調達し、
 原材料の100%をドルベースで輸入している企業の場合」
前期平均の為替相場が、1ドル=100円だったときに、
この企業の前期の・・・
売上高が円換算で1000億円、
原材料費が500億円
一般管理費など他の経費が400億円、
結果、営業利益が100億円、
だったとしましょう。
今期になり為替相場が1ドル=90円になるとすれば、
売上高は、円換算で900億円、
原材料費は、円換算で450億円、
一般管理費など他の経費は変わらず400億円ですから、
結果、営業利益は50億円になります。
また、今期になり為替相場が1ドル=110円になるとすれば、
売上高は、円換算で1100億円、
原材料費は、円換算で550億円、
一般管理費など他の経費は変わらず400億円ですから、
結果、営業利益は150億円になります。
このケースの場合、
為替が10%円高に振れれば、営業利益は50%減少し、
為替が10%円安に振れれば、営業利益は50%増加します。
ケース2:
「ケース1の条件から、原材料を国内で調達し、
 国内での調達コストは為替の影響を受けないと限定した場合」
今期になり為替相場が1ドル=90円になるとすれば、
売上高は、円換算で900億円、
原材料費は変わらず500億円、
一般管理費など他の経費は変わらず400億円ですから、
結果、営業利益は0億円になります。
また、今期になり為替相場が1ドル=110円になるとすれば、
売上高は、円換算で1100億円、
原材料費は、円換算で500億円、
一般管理費など他の経費は変わらず400億円ですから、
結果、営業利益は200億円になります。
このケースの場合、
為替が10%円高に振れれば、営業利益は100%減少し、
為替が10%円安に振れれば、営業利益は100%増加します。
ケース3:
「ケース1の条件から、売上高営業利益率が20%の企業の場合」
前期平均の為替相場が、1ドル=100円だったときに、
この企業の前期の・・・
売上高が円換算で1000億円、
原材料費が500億円
一般管理費など他の経費が300億円、
結果、営業利益が200億円、
だったとしましょう。
今期になり為替相場が1ドル=90円になるとすれば、
売上高は、円換算で900億円、
原材料費は、円換算で450億円、
一般管理費など他の経費は変わらず300億円ですから、
結果、営業利益は150億円になります。
また、今期になり為替相場が1ドル=110円になるとすれば、
売上高は、円換算で1100億円、
原材料費は、円換算で550億円、
一般管理費など他の経費は変わらず300億円ですから、
結果、営業利益は250億円になります。
このケースの場合、
為替が10%円高に振れれば、営業利益は25%減少し、
為替が10%円安に振れれば、営業利益は25%増加します。
さらにケースは、無限に想定することができますが、話がややこしくなるので、以上のような「極めて限定された条件の下の場合分け」から分かることは・・・
1、調達面と運用面の両方に為替の影響を受ける企業(原材料を輸入、商品を輸出)の方が、運用面だけで為替の影響を受ける企業(原材料を国内調達、商品を輸出)より、営業利益に与える為替の影響が少ない。
2、商品に対する経済的不付加価値の大きな企業(=売上高営業利益率の高い企業)の方が、そうでない企業に比べ、営業利益に与える為替の影響が少ない。
これらは「当たり前」のことですが、こうして分解してみると、より明確になります。
あとは読者の方々がご自身のポートフォリオの企業を分析し、上記のような「限定された条件」ではなく、「現実的な企業」の条件を精査することによって、ご自身のポートフォリオが受ける為替の影響を調べる必要があります。
それによって、
「その企業の場合、為替の影響による株主価値の増減を、
 ミスターマーケットが、
 『過大に見積もっている』か、
 『過小に見積もっている』かが判明する」
と思います。
ただし、現実の経済は、上記のような「限定された条件」によって成り立っているわけではありませんから注意が必要です。
たとえば、
金利と為替は極めて密接に相互影響を与えていますし、
金利は、企業の有利子負債コストおよび株主資本コストに直接影響を与えますし、
企業の資本コストは、企業価値に直接の影響を与えます。
そして、企業価値の変動は、為替にも金利にも影響を与えます。
また、国内での調達に関しても、現実には為替の影響を間接的に受けています。
さらに、為替と企業価値、引いては株主価値の相対的関係を探るためには、当該企業の資本レバレッジ(=投下資本に占める有利子負債の割合)によって、株主価値の変動を増幅させますから、企業の資本構成についても、十分な調査が必要です。
「一つの指標の変化」は、企業価値を評価する他の因数にも直接的、間接的に影響を与えます。
しかし、それらの相互影響をすべて企業価値評価に織り込むことは不可能です。
企業価値評価を行う上で大切なことは、当該企業の「バリュードライバー(=企業価値の変動に大きな影響を与える因数)」を見つけ出し、その部分をしつこく調査することでしょう。
2007年9月5日 板倉雄一郎
PS:
ちなみに、「日本国」全体のビジネスモデルは、原材料調達の大部分を輸入に頼り、売上高の大部分を輸出によって得ている上に、「経済的付加価値」は、他のどの国より高いですから、為替の影響は、現在マーケットが織り込んでいるより「小さい」と少なくとも僕は思います。
PS^2:
それにしても、このところの為替相場のボラティリティーから想像するに、いわゆる「FX」などで、破産した人、予想以上に儲けた人、(おそらく前者の方が多いでしょう)たくさんいたでしょうね。
結局のところ、「経済的付加価値」が高い企業への投資が、リスクに対して大きなリターンを得るための条件だと思います。