板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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BTB 第3回「増資」

一般的に、上場企業が「時価発行増資」を行うことを発表すると、当該企業の株価は、下がる傾向にあります。これも、いつも書いているように、「増資=株価下落」と、無条件な「思い込み」をしている投資家が多数存在することが原因です。

増資とは・・・「当該企業の既存株主から観れば、株主価値の一部を差し出す代わりに、キャッシュを得る事を意味します。既存株主の株主価値と、新規株主の価格の交換です。」

したがって、「増資前一株あたり価値 ≒ 新株発行価格」の状態での増資であれば、既存株主から観て、「受け取るキャッシュ(=株主価値の増大) ≒ 差し出す株式数」ですから、一株あたりの価値に変動は無く、市場が割と効率的であれば、株価は一定のはずです。(←実際には一時的に価値に無縁に動きますが)また、一方で、新規株主から観て、「差し出すキャッシュ ≒ 取得する株式数」ですから、既存株主から観ても、新規株主から観ても、経済価値移転は起こらず、増資後の妥当な株価(=一株あたり価値)は、「増資前一株あたり価値 = 増資後一株当たり価値 = 新規発行価格」となります。これぞフェアバリューにおける「イクイティー」。読んで字のごとくの真っ当な資金調達の条件です。

また、「増資前一株あたり価値 < 新規発行価格」の状態での増資であれば、既存株主から観て、「受け取るキャッシュ > 差し出す株式数」ですから、一株あたりの価値は増資前に比べ増大します。しかし、新規株主から観れば、「差し出すキャッシュ > 取得する株式数」ですから、既存株主が得する分、新規株主は、損をすることになります。増資後の妥当な株価(=一株あたり価値)は、「増資前一株あたり価値 < 増資後の妥当な株価 < 新株発行価格」の範囲になります。インチキ経営者が、株価を(その価値に対して)相当に「吊り上げ」、増資を行ったり、株式交換によるM&Aを行う「動機」の基本的要素です。確かに現経営陣を含む既存株主にとっては、株価を「吊り上げた分」得をすることになりますが、一方で新規の株主を毀損するわけですから、最初の「株価吊り上げ増資」での新規株主を儲けさせるには、 2回目の「株価吊り上げ増資」をしなければならず、さらに3回目が無ければと、永遠に繰り返すことになります。明らかに、継続不能のインチキオペレーションということになります。

さらに、「増資前一株あたり価値 > 新規発行価格」の状態での増資であれば、上記の既存株主と、新規株主の損得が入れ替わることになり、既存株主が毀損されるわけです。増資後の妥当な株価(=一株あたり価値)は、「新株発行価格 < 増資後の妥当な株価 < 増資前一株あたり価値」の範囲になります。この顕著な例が、MSCBです。(↑ 「MSCB」に関する参考エッセイ多数なので、サイト内検索してください。) MSCBが「Death Spiral Convertible」と表現されるのは、「新規発行価格」を、ある一定期間の市場価格の平均値によって、下方(または上方)修正できるためです。下方修正条項付きMSCBの場合、この証券の保有者は、「意図的に」MSCB発行企業の株式を売り浴びせ、株価を下げることができ、この下がった株価を基準に株式に転換できるわけですから、この証券の保有者にとって、ボロ儲けですが、その分、既存株主が、恐ろしく毀損されるわけです。昨年あたりから続く、新興IT(?)系企業のインチキ活動に多用されました。代表的な例は、ライブドアがニッポン放送の買収資金を調達するために行ったMSCBです。(ただし、ライブドアのケースでは、初期の株式転換価格も、 下方修正が繰り返され下落した株価でも、 MSCB発行前の一株当たり価値より、大幅に高い株価でした。 大幅な株式分割と、「株式分割=株価上昇」と思い込んでいる投資家によって、 一株あたり価値に対して相当に割高な株価が形成されていたためです。)

以上の説明は、増資「そのもの」に限定し、一株あたり価値の変動を説明した内容です。実際の投資判断を行うためには、以上の増資に関する基礎的な理解の上で、

「(当該企業が増資によって)集めた資金を、何に投資し、その結果、 株主に帰属する将来のキャッシュフローが、どれほど増大するのか」

という視点が大切です。もし、「集めた資金 =< 新規投資対象の割引現在価値」(つまり、NPV>=0)であれば、一株あたりの価値は、「増資とその資金の投資」によって高まり、後に株価上昇となって現れます。しかし、「集めた資金 > 新規投資対象の割引現在価値」(つまり、NPV<0)であれば、一株あたりの価値は、「増資とその資金の投資」によって破壊され、後に株価下落となって現れます。

以上のように、増資を発表した企業への投資判断は、 1、増資「そのもの」について、増資前一株あたり価値と新規発行価格の比較(↑ 調達方法の合理性の確認) 2、増資によって集めた資金と、投資対象の割引現在価値の比較(↑ 運用方法の合理性の確認) 3、その結果、投資家の「リスク認識」がどう変化するのかなど、複数の条件から投資判断をする必要があります。

「時価発行増資=株価下落」などという無条件の暗記は、ほとんど何の意味もありません。

2006年10月18日 板倉雄一郎

PS: と書いたものの、増資によって株価がとんでもなく上昇する場合もあります。一体、どんな「増資」の場合でしょうか・・・ここは、考える時間です。(そういえば、このフレーズが「文法的におかしい」 という指摘を受けたことがあります(笑) 世の中には、暇な人が居るものですね。)

その答えは、「IPO」です。 IPOの一つの側面は、明らかに「増資」です。なのに、株価は急騰する傾向が、少なくともこの数年みられます。集めた金を何に使うか「検討中」などという、おばかな経営者の経営する企業であっても、急騰してしまうわけです。市場の歪は、本当に面白いです。歪は、すなわち「裁定余地」です。裁定余地とは、価値算定の知識を持っている者と、そうでない者の共存の証でもあります。経済価値は、知識を持っていない者から、持っている者へ移転します。それが、資本市場というものです。わけがわからず博打感覚で、市場に参入する者の多くは、その餌食になってしまいます。だからこそ、知識は大切なのです。