板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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サムライ会計 第10回「業界再編を生き残るために」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

株価がついに8,000円を割り込みました。

特に電機関連企業は、市場自体の低迷に加え円高やアメリカ景気の後退も重なり、業績不振の波にさらされています。ソニーやNECなどが相次いで業績下方修正の発表し、エルピーダメモリがMSCBによる大型の資金調達を発表するなど、市場全体として厳しい状況になっていることが窺(うかが)えます。
(MSCBについては、当事務所において過去複数のエッセイがありますので、そちらも参考にしてください)

そうした中、今月20日に東芝によるサンディスクからの生産設備の一部買収が発表されました。(ニュースリリースはこちら>>

買収するのは、共同出資・共同運営する三重県四日市の工場の設備の一部です。もともとは、この工場の設備を東芝とサンディスクで折半して所有していましたが、そのうち、サンディスク所有分の設備を1千億円超かけて追加取得し、東芝所有の設備割合を50:50から65:35の比率に引き上げる形になります。

この工場は東芝にとってもNAND型フラッシュメモリ生産の主力工場であることから、生産設備を確保し、今後の増産体制に備えるとのこと。

今回の設備買収のポイントは、サムスンによるサンディスク買収の話があったため、東芝側があわてて対応したという側面があることです。

東芝とサムスンは、以前からNAND型フラッシュメモリのシェア争いを繰り広げていました。このフラッシュメモリは、パソコンや携帯電話にも多く搭載され、ハードディスクドライブ(HDD)からの代替も進展することから、今後の需要拡大が期待できます。

ただし、価格下落も著しい分野であり、同スペックの製品が1年間で半額以下になってしまうほどの下落の激しさです。NAND型フラッシュメモリの世界シェアでは、1990年代は東芝がトップであったのが2000年にサムスン電子に追い抜かれ、現在はサムスン電子が約4割、東芝+サンディスクで3割弱、といった構図になっています。今年6月にサムスン電子がアメリカに4,300億円を投資してフラッシュメモリ生産のための新工場を建設すると発表すれば、東芝も7月にフラッシュメモリ生産のため三重県の工場に2,600億円の投入を発表するなど、まさに「投資合戦」ともいえる状況を呈していました。

サムスン電子が東芝の提携先であるサンディスクを買収すれば、市場シェアの構図が塗り替えられる上に、共同運営している工場の一部がライバル会社の手に渡ってしまうことになります。東芝としてもそのような緊急事態に備え、最悪でも生産設備は確保したいという、ある意味で受け身の対応でもあったといえます。

結局、サムスン電子のサンディスク買収は、ウォン相場の下落やサムスン電子自体の業績が振るわなかったことにより見送られましたが、今回の話に限らず、提携先の企業がライバル企業に買収される、というケースは他の業界にもありえる話ではないでしょうか。他の業界においても、今後進展するであろう業界再編をふまえ、生産能力低下や技術流出などのリスクも考慮した上で、生産面・技術面での事業提携を考えていくべきでしょう。

日本企業と海外企業の生産面での提携という意味では、トヨタとGMにおけるNUMMI工場のケースが有名です。

1970年代から1980年代にかけて、トヨタをはじめ日本の自動車メーカーが台頭し、日本車の輸出増加による貿易摩擦は国際問題にまで発展しました。そんな中、(アメリカからの圧力で)トヨタは1984年にGMとの合弁会社をアメリカに設立(せざるをえない)状況になり、当時アメリカで最も生産性が悪く設備も古い工場を譲り受けて合弁事業を展開(せざるをえない)状況に追い込まれました。

GMにとっては、トヨタによる現場の改善による「ものづくりの真髄」を間近で見ることができる絶好の機会だったはずです。一方トヨタにとっても、このように厳しい状況の中、NUMMI工場で学んだこともたくさんあります。例えば、アメリカ特有の労働組合への対処の方法や、たくさんの人種や民族をどのようにマネジメントしていくかといった生産現場のローカライズの方法などです。事実、これを足がかりに、トヨタはアメリカの他の地域にも新工場の展開を進めていきました。

この当時であれば、NUMMI工場をお金をかけて手に入れたい、といった他の自動車メーカーはまず存在しなかったでしょうし(笑)、もちろんフラッシュメモリの場合とは異なる部分もあります。ただし、意図せざる提携を生かしてその次の事業展開につなげられたのは、トヨタの「改善によるものづくり」という誰にも負けない得意技があったからであり、その軸をぶらさずに磨き続けられたのが、成功のポイントだと思います。

今回の東芝による設備買収は、誰にも負けない得意技を軸にした、今後の事業展開の布石のための提携または買収なのでしょうか。

「固定費割合が高い」「誰が作ってもROICは大きくは変わらない」という市場での競争になった場合は、シェア拡大による量産効果や規模の経済性を追求せざるを得なくなり、最終的にはWACC(加重平均資本コスト)が低い方が勝ち、という勝負になってしまいます。これは、日本企業の得意とするスタイルではない、というのは、以前のエッセイにおける花王の情報関連事業(フロッピーディスク)を通しても書いたとおりです。

東芝は半導体技術やストレージ技術などのコア技術で強みを持っており、前期決算の説明資料によると、引き続きこの分野での研究開発も注力していくとのことです。今回の設備買収の件も合わせて、コア技術をベースとした研究開発と設備投資の組み合わせによる、得意技を生かした今後の事業展開に期待したいと思います。

今日の一言;
「意図せざる状況でこそ、得意技が光る」

2008年10月28日 T.Kimura
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