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サムライ会計 第11回「トヨタの業績悪化は継続するか!?」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

先々週、先週と、3月決算の第2四半期の決算発表が行われました。

この逆風の中で過去最高益を更新する企業がある一方で、全体としては、減益トレンドにあります。特に、トヨタが業績悪化により通期見通しによる営業利益金額を一兆円下方修正ということで、その影響の大きさから先週金曜日の日経平均は大幅な下落を記録しました。

企業のバリュエーションを行う場合には、(キャッシュの伴う損益であることを前提に)利益金額に影響を与える事項が一時的なものなのか継続的なのものなのかによって、その結果が全く異なってきます。

よって、業績予測の見直しなどがあった場合には、そのドライバーとなる要因を詳しく見ていく必要がありますが、その際に、IR情報としての決算説明の動画や音声を情報源にする方法があります。

決算説明の動画や音声を見たり聞いたりするのは、確かに時間と労力を要します。しかし、担当アナリストが要点をおさえて質問しますし、PDF資料からでは分からない微妙なニュアンスが伝わってくることから、将来業績を予想する上で非常に有意義な情報が得られるため、じっくり企業分析する場合には欠かせない作業です。

今回は、大幅下方修正ということで話題になったトヨタ自動車の決算説明会の事例を取り上げながら、今回の下方修正が与えるインパクトを見ていくことにします。
(11月6日の決算説明会の音声データはこちら。一か月間のみ公開とのことです)

この決算説明会の情報は、取締役の決算報告と経理責任者の質疑応答で構成されていますが、そのうち質疑応答については、中身の濃いやりとりが行われています。トヨタほどの大企業になると、担当期間の長いベテランのアナリストが、今までの経緯なども含めて冷静かつ鋭い突っ込みを浴びせます。今回は大幅下方修正を受け、証券会社の担当者も興奮気味の質問でした。

この質疑応答では、例えば、今回の見通しの金額はミニマムラインかというような質問に対して、
「皆さんはいつも分析しているから良くお分かりでしょうが、今回の見通しの金額は保守的な金額です」
というような今までの関係性をベースにした場面があったり、
配当に対する質問を受けて、
「減配?聞いたことがない言葉なので良く分かりませんが(笑)、、、」
(トヨタは今まで一株あたり配当金額を下げたことがないそうです)
などとユーモアを交えながら受け答えする場面があったりと、企業のIRに対するスタンスを感じ取ることができます。
この決算説明会の音声データの最後は、
「(今期の)後半、しっかり頑張りますので、よく見ておいてください」
というセリフで締めくくられます。それまでと違って強い語気で発せられたこの言葉に、トヨタの執念を感じずにはいられませんでした。

具体的な数値についての細かい質疑もあります。

今回の修正で、2009年3月期の営業利益の通期業績見通しを前回発表の1兆6000億円から6000億円へと下方修正をしましたが、2008年3月期と比べると、1兆6703億円の減益となります。

前年同期比の影響のうち大きなものは、①為替変動△6900億円、②販売による影響△6100億円、③諸経費増加△3103億円などです。ポイントは、これらの減益要因が「一時的なもの」なのか「しばらく継続するもの」なのか、です。

これらについて、質疑応答の内容を基にしながら、分析していきます。

まず、①為替変動△6,900億円については、下半期の対ドルレート100円を想定為替レートにしています。

トヨタの場合には、対ドルレートが1円変化することにより営業利益が約400億円変動するとも言われるだけに、為替のボラティリティが高いと潜在的なリスクを内包してしまう構造といえます。

次に、②販売による影響△6,100億円ですが、内訳としては販売台数の減少(前年同期比△67万台(うち北米分△54万台))で△4,500億円、利益率の高い大型車や高級車の割合が減少することによる構成比の影響で△1,000億円、残りは売上債権の貸倒関連のコストなどです。

注目したいのが、北米での貸倒実績率について、前期0.7%が当前半期1%に上昇したということで△500億円強の影響が出ている事実です。

これら全ての項目につき、アメリカ景気の影響を非常に大きく受けていることが分かります(トヨタの見解では、アメリカの経済は来年後半から回復してくる(よって会社業績は当期が底)という意見のようです)

最後に、③諸経費増加△3,103億円については、アメリカ生産再編成にかかる費用△2,300億円をはじめ品質管理コスト増加などによるマイナスの影響とのことです。

アメリカ生産再編成の話でいうと、生産を停止していた北米3工場は、全て予定通り稼働開始となりました(ただしテキサス工場とインディアナ工場は当面は1直による限定的な立ち上がり)。

よって、引き続き生産調整は必要なものの、今後はタクトタイムや残業(稼働)時間などでの微調整により対応できるのではないかと考えられます。実際、今のところ大規模な生産設備の廃棄などは計画していないとのことでした。

これらをまとめると、今回の大幅減益の要因として、

①  為替変動△6,900億円…為替レートの動向によって「しばらく継続する(可能性のある)もの」
②  販売による影響△6,100億円…アメリカ経済の動向によって「しばらく継続する(可能性のある)もの」
③  諸経費増加△3,103億円…アメリカ生産再編成が当期で落ち着く前提で「一時的なもの」

と分けて考えていくことができます。

このように見てみると、「しばらく継続する(可能性のある)もの」の金額インパクトが大きいことが分かります。

これら現状の理解をしっかりと行った上で、将来の業績予測のための全体のストーリーについて考えを進めていくことになります。

いずれにせよ、過去最高益を更新し続けていた日本を代表する企業が、しばらく継続する(可能性のある)業績悪化要因に大きく左右されてしまうということ自体に、日本経済全体の不確実性を感じずにはいられません。

将来業績と株価の関係については、吉原パートナーが最近のエッセイで詳しく書いていますので、そちらを参考にしてください。
IR物語 第43回「今、あえてバリュエーション」
IR物語 第44回「今、あえてバリュエーション②」

このように、じっくりした企業分析のために決算説明の内容を分析していくことは、一見、手間がかかるようであっても、結果的に近道な場合があります。

将来の先行きが見通しづらい今だからこそ、出来る限りの情報を入手した上で各企業の分析を進め、その瞬間の状況に応じた判断をしていく時なのでしょう。

今日の一言;
「数字と行間から得られる両輪の情報」

2008年11月11日 T.Kimura
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