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サムライ会計 第17回「変化に次ぐ変化」

(毎週木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

今年から、僕のエッセイでは大きなテーマとして日本企業における変化への対応を取り上げてきました。本日は、最近毎日のようにニュースを賑わしている小売業界の雄セブン&アイ・ホールディングスを取り上げ、その大胆な変化をみていきたいと思います。

同社の動向については、過去にも何度かエッセイで取り上げさせて頂いたことがあります。

【参考エッセイ】
 ⇒サムライ会計 第9回「値下げと景気後退」
 ⇒サムライ会計 第12回「ディフェンシブ銘柄の行く末」

小売業界全体を見てみると、昨年は、景気の悪化を受け、値下げが相次ぐ年となりました。将来が不透明だからできる限りお金は使いたくない、という消費者の節約志向への対応といえますが、ただ単に現状の品目を値下げするだけはジリ貧ですので、ニーズに応えながら価値を提供し続けるための仕組みが必要になります。

セブン&アイ・ホールディングスのセグメントの営業収益、営業利益、営業利益率について触れながら、事業ごとの変化への対応をみていきましょう。

(クリックすると大きな画像が表示されます)T.K_017_E0.gif

以前のエッセイでも書きましたが、売上の構成比ではざっくりコンビニエンスストア事業:スーパーストア事業:百貨店事業が2:2:1で、残りがその他事業等なのに対し、営業利益ベースの7割以上がコンビニエンスストア事業で獲得されているという構図は、2009年2月期の予測数値を見ても大きく変化はありません。

売上構成比でメインの3事業のうち、営業収益及び営業利益が右肩上がりで利益体質のコンビニエンスストア事業に対し、百貨店事業は増収減益であり、利益率も悪化の一途を辿っています。一方、スーパーストア事業は、横ばいの数値を保ってはいるものの、利益率でみると、この3事業の中では芳しくありません。

セブン&アイ・ホールディングスでは、『小売業が生き残るには「変化対応」が命だ』という持論を持つ鈴木敏文会長の陣頭指揮のもと、昨年より様々な方策が行われてきました。

コンビニエンスストア事業でいうと、今月4日のニュースにもありました通り、来期も積極的な出店を行い、この御時勢の中、過去最高の1,000店舗を新規に出店するとのこと。この事業における設備投資額でみると2009年2月期には1,120億円を投じる予定であり、2009年2月期における同事業の減価償却費624億円を大きく上回っています。(2008年10月9日付中間決算補足資料より)

つまり、固定資産の帳簿残高は大きく増加し資産効率は悪化することになりますが、コンビニエンス事業は成長段階にあり投資を続ける構えです。
逆に百貨店事業の方は、市場自体も衰退しており、そごう心斎橋本店の売却を検討するなど、不振店の撤退、整理を進めるようです。

今月10日のニュースに、同社が西武百貨店とそごうにプライベートブランドである「セブンプレミアム」を本格導入し食品を中心に低価格の商品展開を行うとありました。2008年10月9日付中間決算補足資料によると、百貨店事業の2009年2月期の設備投資額は170億円(対して減価償却費210億円)であり、お金をかけずにグループ資産の効率的な活用や各店舗の存続自体の検討を進め、利益率及び資産効率の改善を狙う動きとなっています。

最後に、スーパーストア事業に目を向けると、イトーヨーカドーの不振店舗の業態転換があります。昨年8月より展開している「ザ・プライス」というディスカウントストアへの転換や、ホームセンター併設の試みなどです。これらは、変化する市場のニーズに合わせて業態やサービスを仕組みごと変化させていくケースと言えます。「ザ・プライス」川口店では、青果売場や鮮魚売場において「規格外」の野菜や魚介類を契約産地や市場より直接買い付けし流通コストを削減したり、加工食品において回転の速い調味料・飲料・即席めん等を取り扱うことにより価格帯を1~3割下げて提供したりしています。

また、生鮮食品については、きめ細かい発注を行い、在庫のロスや商品値下げを減らすことにより、安く売っても利益の出る仕組みにしました。その結果、客数も以前の業態の店舗に比べ2倍になり、同店の売上目標である初年度30億円を達成する見込みとのこと。消費者の支持を得られたという感触を得た同社は、来期も「ザ・プライス」を10店以上出店する予定であり、引き続きこの業態には力を入れていく姿勢がうかがえます。また、昨年11月に第1号店がオープンした「セブンホームセンター」金町店では、店舗の売上が旧店舗に比べ約2割増加しており、ホームセンター業態についても来期から多店舗展開する構えとのことです。

スーパーストア事業の2009年2月期の設備投資額は595億円(対して減価償却費264億円)と業態転換のための投資を積極的に行い、こちらも当面の資産効率は悪化しますが、中長期的なニーズへの対応と利益の確保を狙っています。

全社における2009年2月期の連結業績予測によると、営業収益5兆7,600億円(前期5兆7,523億円)、営業利益2,940億円(前期2,810億円)と、増収増益の予測となっています。この予想数値は昨年の中間決算発表時から変更していませんが、第3四半期の各セグメントの状況をみると、スーパーストア事業及び百貨店事業における営業利益の目標達成は厳しそうですが、コンビニエンスストア事業の牽引により、全社でみると十分に達成可能な水準と言えそうです。

同社はそのような短期的な足元の状況も固めつつ、成長分野や市場ニーズへの変化への投資は積極的に行い、不採算事業からは撤退を急ぐなど、メリハリのある事業展開を行っています。「今、何が欲しいか聞かれてもみんなとっさには答えられない(鈴木会長)」というような時代の中、消費者の潜在的なニーズの変化を意識し、スピード感のある展開を行うセブン&アイ・ホールディングスの動向に、引き続き注目したいと思います。

今日の一言;
「変化するリスク、変化しないリスク」

2009年2月12日 T.Kimura
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