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サムライ会計 第13回「広告ビジネスとコンテンツビジネス」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

早いもので、あと一カ月で2008年も終わりです。

今年の株式市場は散々でしたが、新規上場市場も同様に近年稀にみる冷え込みとなりました。セブン銀行やサニーサイドアップなどの目玉案件もあったものの、件数でみると50社弱と、1992年以来15年ぶりとも言えるような不作(?)の年でした。

また、数年前はブックビルディングの価格レンジの一番上で決まって当たり前だったのが、ここ数カ月はすべて下限での公募価格が決定しています。

そんな中、今月17日に東証マザーズに上場する『グリー』に、そのビジネスモデルと利益率の高さから注目が集まっています。

上場直前の2006年6月末における会員数が470万人、現在は1500万人を超えると言われる圧倒的な会員数でSNSでは一人勝ち状態のように見えるミクシィに対し、グリーの2008年10月末における会員数は716万人となっています。

ミクシィの2008年3月期の売上高は100億5,293万円、営業利益は37億4,932万円(営業利益率37.3%)となっているのに対し、グリーの2008年6月期における金額は、売上高29億3,748万円、営業利益10億4,988万円(営業利益率35.7%)ですが、2008年11月13日に発表された同社の2009年6月期の通期見通しは、売上高99億円、営業利益59億円(営業利益率59.6%)となっています。この売上規模は2008年3月期のミクシィの売上高とほぼ同じですが、利益水準はミクシィの約1.5倍です。

SNSでは黎明期より後塵を拝していたグリーの方が、今や利益体質になっているのです。その理由と、そこに至るグリーの変遷について、主に「新株式発行並びに株式売出届出目論見書」(新規上場の際に公開する情報であり、記載項目は有価証券報告書とほぼ同じ)の情報を基に考えてみたく思います。

まず、この目論見書における冒頭のサマリーで記載のある会員数の月次推移について見てみましょう。

ミクシィが上場した2006年夏頃、グリーの会員数は30万人~40万人の間でくすぶっていました。それが2006年末あたりから総会員数及びモバイルのページビュー(PV)が増加し始めます。

これは、2006年7月にKDDIとの資本提携が行われ、モバイルサービスに力を入れ始めたことと関係があります。また、2006年11月にはそれまでの完全招待制を放棄し、モバイルからの登録を受け入れることを始めたことも寄与しているかもしれません。

ページビューの推移を見ても、パソコンからのPVには現在に至るまでほとんど変化がないのに対し、モバイルからのPVが2006年末あたりから順調に伸び始め、モバイルでの事業展開を軸に同社のサービスが立ち上がっていきました。

ミクシィにおいてはモバイルからのアクセスがパソコンからのアクセスを超えたのが2007年8月であり、招待制を放棄するのが2009年春の予定とのことであることを考えると、グリーはそれに先駆けてモバイル拡大の準備を進め、早い段階からモバイル利用会員の割合を高めていたことが窺えます。

次にグリーのニュースリリースなどを参考にしながら、同社の変遷を追っていきたいと思います。

グリーのSNSサービスは、2004年2月に個人でサービスをスタートさせたのが始まりです(同社ホームページより)。ミクシィのサービス開始もほぼ同時期であったため、当時はSNSの二大巨頭と言われた時代もありました。

ミクシィが口コミで爆発的な拡大を続ける一方、グリーの会員数は前述の通り30万人前後で一時頭打ちとなっていました。そんなグリーに転機が訪れたのが、KDDIとの提携とモバイル分野への本格的参入です。

グリーは2005年6月よりモバイルサービスをリリースしていますが、2006年7月31日にKDDIと資本提携を行い、モバイル分野での更なる展開を進めていきました(この資本提携のニュースリリースはコチラ

当初はau(KDDI)でのみゲームなどが無料で出来るというような形で、auにおけるサービスである「EZ GREE」と、au以外のキャリアでのサービスである「モバイル版GREE」との機能に差をつけた形でモバイルサービスを展開していました(ニュースリリースはコチラ

KDDIとしては、資本提携したグリーのコンテンツをauオリジナル(他のキャリアで使えない機能がある)とすることで、自社キャリアを差別化しようと考えたのでしょう。
ところが、2007年に入り、エヌ・ティ・ティ・ドコモ及びソフトバンクでも公式サービスとして展開を始めます。(他キャリアとの提携のニュースリリースはコチラコチラ

主要キャリアを全て押さえた形で展開できたことが、その後のモバイル分野での好調につながったことは明らかです。KDDIにしてみれば、エクスクルーシブな形でのサービス展開が出来るに越したことはないでしょうが、それ以外のメリット(モバイルサービスの利用増加による通信料売上の増加や、(株式を売却するかどうかは別にして)上場によるキャピタルゲイン)も見込めることを考えると、そこまで目くじらを立てる話ではないのかもしれません。

資本提携におけるKDDIの出資額3億5,600万円に対して、その時の議決権比率が8.0%というところもポイントです。直前のグロービスのファンドの投資から考えると、1年で約5倍のバリュエーションになったということになります。

KDDIの持ち分比率を抑えた形で、当時のグリーとしては大型の資金調達を実施できたことが、モバイル事業の足がかりと必要資金を確保しながらも、資本の理論に引きずられることなく、その後早いタイミングで他のキャリアとの提携をスタートできた要因ではないでしょうか。

他の事例をみても、ベンチャー企業は大企業との提携により更なる成長のステージへ進むことが多いことを考えると、この大型ファイナンスを成功させた意義は大きいといえます。

2008年6月期における販売先の構成をみると、主要販売先の第一位がKDDIで10億7,881万円(売上構成比36.7%)、第二位がエヌ・ティ・ティ・ドコモで8億7,454万円(売上構成比29.8%)であったのが、2009年6月期第1四半期(2008年7月~2008年9月)の構成では、KDDIが6億1,299万円(売上構成比30.9%)、エヌ・ティ・ティ・ドコモで7億4,065万円(売上構成比37.4%)と逆転しています。

目論見書によると、KDDIからはコミュニティ企画運営業務の一部を受託しており売上として計上しているとの記載がありますが、それを除き同社の売上に計上されるものは有料課金の代行回収と考えられます。よって、これはキャリア別の有料課金収入とほぼイコールと考えることができるため、ドコモユーザーの取り込みとそこでの収益化が順調に進んでいることを示しています。

KDDIの資本提携などで立ち上がったモバイルサービスではありますが、今や一番のお客さんはエヌ・ティ・ティ・ドコモ(の先にいるドコモユーザー)という構図になっているという訳です。

最後に、グリーにおける売上の構成比をみてみましょう。
2008年6月期は広告メディア収入が12億7,166万円(売上構成比43.3%)、有料課金収入が16億6,582億円(売上構成比56.7%)であったのが、2009年6月期第1四半期(2008年7月~2008年9月)では広告メディア収入が5億9,639万円(売上構成比30.1%)、有料課金収入が13億8,439億円(売上構成比69.9%)と、有料課金収入が好調に伸びていることが分かります。

2008年11月13日に発表された同社の2009年6月期の通期見通しは、前述の通り売上高99億円、営業利益59億円(営業利益率59.6%)となっています。その内訳は公表されていませんが、第1四半期のようなペースで有料課金収入が伸びていくとすれば、モバイルの有料課金に依存する割合が更に高くなることは必至です。

圧倒的な会員数をベースにした広告収入がメインであるミクシィでは、会員管理にインフラ費用やそのための人件費がかかる一方、デジタルコンテンツの販売などによる有料課金の比重が大きいグリーの場合には、コンテンツ販売を促進することにより、「会員一人当たり売上高」及び「会員一人当たり営業利益」(グリーは固定資産が少なく、その減価償却費がほとんどないため、税金(約40%)を差し引いた分が「会員一人当たりフリーキャッシュフロー」とニアリーイコール)を高くできるため、これがコストを抑えた利益率の向上に寄与しているものと考えられます。

このように見ていくと、グリーのターニングポイントはいくつかあります。
・アメリカで流行っていたSNSに早くから目をつけて事業展開を始めたこと
・モバイルでのSNSの普及を予測してKDDIと提携したこと
・KDDIだけではなく主要キャリアと関係を構築できたこと
・広告ビジネスからコンテンツビジネスへシフトしていったこと

このように、当初はビジネスモデルとしてミクシィのような広告ビジネスを志向していたであろう同社ですが、その後はディー・エヌ・エーのようなモバイル分野及びコンテンツビジネスへ舵を切り、利益率の極めて高いビジネスモデルを構築していきました。
次回のエッセイも、グリーの実際のサービスやマーケティング戦略を見ていきながら、引き続き、同社の利益率の秘密を探っていきます。

今日の一言;
「マーケットニーズに合わせたビジネスモデルの変容」

2008年12月9日 T.Kimura
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