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サムライ会計 第6回「日本企業が強みを発揮できるマーケットとは」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

夏休み、いかが過ごされましたか?
今回は久しぶりのエッセイですが、日本企業が強みを発揮できるマーケットについて、考えてみたいと思います。

前回の合宿セミナーでのワークショップでは「花王」を取り上げました。「清潔で美しくすこやかな毎日を目指す」という有名なキャッチフレーズにもあるとおり、清潔・美・健康という事業ドメインで安定的に収益を上げている会社です。

そんな花王ですが、過去に情報関連事業に進出し、その後撤退したという経験を持っています。もしかしたら花王の三日月マークのついたフロッピーディスクが記憶にある方もいらっしゃるかもしれません。

品質には定評のある製品だったようで、1998年の撤退時には「花王製のフロッピーディスクを買い溜めした」コアなユーザーもいたようです。本日のエッセイでは、この撤退について紹介しながら、その理由について考えていきたいと思います。

花王は、1985年に、技術面での関連性から情報関連事業への参入を考えます。具体的には、洗剤や化粧品などで培われた界面活性制御技術を応用することができるフロッピーディスクの製造・販売を開始しました。

日本はもとより北米マーケットでも販売実績を伸ばし、92年には3.5インチフロッピーディスクのシェアで世界一を誇るまでになります。

このように順調に推移するようにみえた同事業もその後は赤字が続き、1998年、10年以上もかけて力を入れてきた新事業である情報関連事業からの撤退を決意します。

大きな原因のひとつとしては、大幅な下落があります。1987年には1枚1000円で販売していた3.5インチフロッピーディスクが、1998年には15円にまで下落してしまったというのです。

この値崩れ→撤退の理由を考えてみたいと思います。
僕は、3つの理由があるのではないか、と考えます。

1つめは、製品の特性上、固定費割合が非常に高いことです。

例えば全ての費用が変動費だった場合には、製品をどれだけ大量に生産しても、製品一個当たりのコストは、量産効果による影響を除けば、変化しません。ただし、固定費の割合が高い場合には、大量に生産することによって、製品一個当たりの固定費負担額を減らすことができます。フロッピーディスクは、変動費となる材料費はわずかなものであり、設備投資(による減価償却費)や研究開発費などの固定費に莫大な資金が必要になります。

このように、変動費と固定費のコスト構造が、花王が従来手がけていた石鹸や化粧品などの製品とは全く異なっていたため、価格下落の変化のスピードを(身をもって)予測できず、うまく対応できなかったことが原因のひとつといえます。

2つめは、デファクトスタンダード(≒業界標準)を握れる事業構造ではなかったことです。

花王の情報関連事業は、フロッピーディスクなどの媒体事業が中心であり、ハードもソフトも持っていませんでした。

例えば、マイクロソフト社のWINDOWSのようにソフトでデファクトスタンダードとなる、もしくは現在のアップル社のiPodやiPhoneのように、ハード(彼等はその後のソフトでの覇権も狙っているようですが)で圧倒的なシェアを握る、という形であれば、その製品を購入する必然性がある(もしくはその製品を買わざるを得ない状況を作り出せる)ため、値下げ競争に巻き込まれることなく、安定した販売価格(と利益)を維持できたのではないか、と思います。

しかし、花王の場合には、技術的なシナジーという観点から出発していますので、フロッピーディスクやCD-ROMなどの媒体が中心でした。よって、価格を維持するようなデファクトスタンダードの構造が作りづらく、高品質による付加価値をつけることができたとしても、最終的には低価格競争の影響を受けてしまうことになります。

また、媒体事業は、VHS対ベータマックスやHD DVD対Blu-rayのような規格戦争になった場合、どちらかの規格の媒体製品製造のための投資をしてその規格が負けてしまうと、設備投資自体が無駄になってしまうリスクが存在する、というのも辛い部分です。

3つめは、少し大きく見ると、日本企業が強いものづくりの構造になっていなかった、ということです。

日本企業が強いのは、「ドーンと投資していかに安く作るか」という構造ではなく、「阿吽の呼吸により、擦り合わせによって付加価値をつけていく」スタイルですよね。例えば、トヨタのように、全社一体となって継続的にカイゼン(各工程や部品の「擦り合わせ」)を行い、品質を高め製造コストを下げてROIC(投下資本利益率)を向上させる場合などが典型的です。

そう考えると、花王の情報関連事業は、製品開発による技術力が競争優位につながる部分はあったにしても、事業構造としては「前者」であったのではないか、というのが、大きく見ると最終的に撤退となってしまった一因といえます。特にフロッピーディスクというのは、世界規格のスペックが決まっており、そうなると価格の勝負にならざるを得ません。

それなら、花王の化粧品やトイレタリー製品は「前者」ではないのか、という意見があるかもしれません。しかし、これらの製品は生活と密接に関係しており、日本もしくは海外各国の現地市場との「擦り合わせ(ローカライズ)」が非常に重要なキーファクターとなるため、ただ単にシャンプーを大量生産して安価で販売すればシェアを伸ばせる、といった性質のものではありません。そういった意味においては「後者」と定義できます。

何事でも始めるよりやめる方が労力と勇気を必要としますが、この情報関連事業からの撤退は株式市場から高く(?)評価され、撤退発表後、株価が急上昇しました。その後、花王は事業ドメインを今の「清潔・美・健康」に絞り、高業績を上げています。今後の合宿セミナーのワークショップでも、前回の「花王」のように、示唆に富んだ企業を価値評価の対象として取り上げていきたいと思います。

今日の一言;
「主戦場は、その組織が得意とする構造のマーケットにすべき」

参考 花王「百年・愚直」のものづくり (日経ビジネス人文庫)

2008年9月2日 T.Kimura
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