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サムライ会計 第19回「金融立国ニッポン!?(番外編)」

(毎週木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、勝ちましたね!明るいニュースが少ない現在の日本において、アウェイで慣れないルールの中、2度も優勝したことは、世界に胸を張って誇れる事実だと思います。

僕のエッセイでは、「変化への対応」をテーマにしながら、日本企業の経営や会計に関するトピックを取り上げてきました。本日は番外編ということで、少し気分を変えて、今年4月にスタート予定の新しい証券取引市場「TOKYO AIM」の概要を見ながら、金融立国としての日本の今後について考えてみたいと思います。

このTOKYO AIMという証券取引市場は、ロンドンにおいて1995年より開設されている新興企業向け市場「AIM」をならい、東京証券取引所とロンドン証券取引所が協力して立ち上げることになります。

海外取引市場と協力しての立ち上げとしては、ソフトバンクの孫社長などが推し進めていたNASDAQ JAPANが思い出されます。この市場は、結局折り合いがつかず協力関係を解消して大証ヘラクレスとなりましたが、今回はロンドンの実績ある市場と連携することで、アジアにおける新興企業向け市場のイニシアティブを取りたいところです。

一方で、国内では新興企業向け市場が過剰になっている印象があり、地方の新興市場などは、上場している企業が数社という実質的にひん死の状態になっています。最近でいうと、ジャスダック証券取引所が2007年夏に新興企業向け市場「NEO」を開設しましたが、現在においても上場が5社と、世間の関心も高くない状態になっています。東証においては、「今さら感」を払しょくすべく、既存の新興市場との大きな差別化が必要になります。

東証における2008年7月29日のパブリックコメントの概要をみると、新市場の趣旨として、資金調達サイド(企業)と資金供給サイド(投資家)のギャップを埋めるとあります。このギャップは、TOKYO AIMによって本当に解消されるのでしょうか。

まず、資金調達サイド(企業)を考えてみましょう。日本での既存市場への上場を考えると、上場準備のために監査法人や主幹事証券へ支払う費用や、上場後の四半期決算開示や内部統制監査など、上場のためのコストが重くのしかかります。

実際に上場を目指す企業においても、上場準備コストは年々重くなっており、本業の利益や予算を圧迫しかねない勢いです。その一方で、株式市場の低迷により、上場後の資金調達はその金額も限定的であることから、上場準備コストも考慮すると、上場による資金調達のコストは高まる一方です。よって、そのコストが軽減されるということであれば、企業側にとってはメリットがあります。

次に、資金供給サイド(投資家)を考えてみましょう。投資家からすると、成長可能性はあるが上場のハードルやコストが高すぎて上場に踏み切れない企業への投資が可能になり、ハイリスクハイリターンの投資対象が増えることになるというメリットがあります。ただし、一般投資家が広く参加できるとなると、十分に投資リスクを把握できず不慮の損害を被る危険があるということで、この市場は「プロ投資家」向けに限定されています。では、「プロ投資家」とは一体誰を指すのでしょうか?
取引参加者制度をみると、取引参加者として「特定投資家等」とあります。

この範囲としては、金証法に定めのある特定投資家を基準にしながら、2008年7月29日のパブリックコメントにおいては下記のように定義付けられています。

・適格機関投資家
・上場会社
・資本金が5億円以上の株式会社
・上記以外の法人(※)
・純資産額及び金融資産が3億円以上かつ1年以上の取引経験のある個人(※)
(※証券会社への申出、承諾により特定投資家とみなされる)

つまり、3億円の純資産と1年の取引経験があれば、個人でも参加できるというところがポイントです。また、「等」については、外国人投資家などを前提にしているようで、一般投資家がTOKYO AIM上場株を購入するためには、AIMファンドなどを通じて間接的に購入する形になります。

次に、この市場の特徴についてみていきたいと思います。

まず、従来の既存市場と大きく異なるのが、最終的な上場承認を行うのが取引所ではなく、J-Nomadと呼ばれる指定アドバイザー(主に証券会社)であり、上場のための数値などの形式基準が定められていないことがあります。ただし、これをもって直ちに上場基準が緩和されたと解釈することはできないでしょう。

なぜなら、実際の上場審査にあたっては、形式基準よりも、実質基準(中には明文化されていないが暗黙のルールのようなものもある)の比重が大きく、最終的な取引所の審査よりも前段階の主幹事証券の審査の方が厳しい場合があるからです。特にこの市場では、指定アドバイザーが最終の審査を行うことから、各証券会社は威信と責任をかけて、しっかり審査を行うものと考えられます。

次に上場規則はどのように変わるのでしょうか。

上場前の負担を考えると、上場に必要な監査証明が過去二期分ではなく過去一期分でよい、という点があります。そして、会計基準も日本基準・米国基準・国際会計基準から選択できるとあります。これらの他にも「上記3基準と同等であることをJ-Nomad と公認会計士等が合意の上適切に判断した会計基準」も認められるとありますが、実質的には三つのうちどれかを採用することになるものと考えられます。ただし、現在は国際会計基準への収れんが進んでいることから、これは将来的にはあまり意味のないルールになるかもしれません。

上場後の負担の軽減も大きなインパクトがあるように思います。まず、既存市場のように内部統制監査報告書の提出が必要なく、監査法人による内部統制監査の必要もない、というところが大きいです。現在の上場準備企業は上場後すぐに内部統制監査が必要になることから、文書化などの準備をしっかり行ってからでないと上場できないことになってしまい、そのための費用や労力のコスト負担で苦しんでいる企業を多く見かけます。そのコストがなくなるという意味では、大きなインパクトがあります。

また、既存市場において昨年より始まった四半期報告制度(四半期毎の決算開示及び公認会計士または監査法人によるレビュー)の適用がなく、四半期開示は任意であり、中間(第2四半期)及び期末にのみ監査証明が必要というところもポイントです。以上により、情報開示の費用及び監査費用が大きく圧縮できる可能性があります。

この市場によって、日本はアジアの新興企業向け市場の中心となることができるのでしょうか?歴史をみると、イギリスは古くから金融市場の中心であったこともあり、AIMのような仕組みを整えることにより、取引の中心になるという流れは自然なようにも思えます。

一方で日本はというと、インフラコストや敷居を下げてアジア諸国の元気なベンチャー企業を呼び込むことも必要ですが、仕組みや場を整備するだけではなく、日本から海外にも通用するベンチャー企業が育ち、結果としてそういった企業を輩出する日本の新興市場も活発化するという形が望ましいのではないのでしょうか。

そういった意味で、今回のWBCは、世界において日本の持つ可能性について改めて考える良い機会となりました。

今日の一言;
「野球にみる日本の可能性」

2009年3月26日 T.Kimura
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