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サムライ会計 第21回「日用品から見えるもの その2」

(毎週木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。
新型インフルエンザの東京来襲(?)を控え、都内ではマスク着用の人たちが日に日に増えています。

GWを挟んだ関係で少し空いてしまいましたが、前回の僕のエッセイでは、清潔で美しく健やかな毎日を目指す「花王」をとりあげ、日用品における今後の成長戦略についてみてきました。

その後、折しも新型インフルエンザの日本上陸により、衛生関連の銘柄に注目が集まっています。今月19日付日経新聞朝刊にも「花王がハンドソープを増産」というニュースが掲載されていました。国内の休止ラインを再稼働させて増産させるとのことであり、これにより、この日の花王の株価は上昇したようです。しかし、このウェブサイトをご覧の皆さんであればお気づきの通り、単純に増産により販売数量が増加したということだけではなく、再稼働のための設備投資とキャッシュインフローの増加の両方を考える必要があり、株価にプラスの影響を与えるためには、最終的に、ROICも勘案したキャッシュフローがポイントになります。タミフルを製造しているスイスのロシュ社についても、一定の価格でWTOへ半強制的に大量の備蓄分を提供しなければならず、一人勝ちのメリットを享受できていないという話も聞きます。こう考えると、単純なニュースだけで判断するのではなく、キャッシュフローという視点をもって冷静に判断する必要がありますよね。(関連する板倉代表と吉原パートナーの最近のエッセイはこちらこちら

ちなみに、花王のハンドソープは、清潔(ファブリック&ホームケア事業)・美(ビューティケア事業)・健康(ヒューマンヘルスケア事業)という、3つの事業ドメインのうち、一番目のファブリック&ホームケア事業に該当します。前回のエッセイでも紹介させて頂きましたが、このうち、利益(及び減価償却費などを加味したフリーキャッシュフロー)の半分近くをヒューマンヘルスケア事業で計上しており、この事業での営業利益率は20%以上と、4~8%で推移するその他の事業の営業利益率を差し置いて圧倒的な高収益事業となっています。そのような事業ドメインを考えても、今回のハンドソープ増産が全体に与えるインパクトは小さいと考えておいた方が無難かもしれません。

夏の合宿セミナーで花王を取り上げた時には、下の表のような将来業績予測を立て、理論株価は、CAPMを前提にした場合において、「3,415円」としました。

T.K_021_E1.gif

その際の前提は、下記のとおりです。

<売上原価> 09/3期は、業績予測の営業利益になるよう42.2%とした。
その後は、原材料の高騰が続くことを織り込み、メインのコンシューマプロダクツでは販売価格は横ばい(価格転嫁しない)という業績予測の記述をもとに、44%→45%の高い原価率とした。
<販管費> 変動費の増加率は売上の増加率に連動すると仮定。固定費は基本一定とした。
<設備投資> 09/3期は、業績予測の数値650億円とし、その後の設備投資は09/3期をベースに売上高成長率と連動させた。
<運転資金> 売上の増減に連動する前提とした。
<長期FCF成長率> 長期成長率は、0%とした。

一方で、2009年3月期の決算は、売上高1兆2763億円、営業利益968億円となっています。内訳をみると、事業別セグメントにおいては、各事業ともに売上高及び営業利益に伴うフリーキャッシュフローは横ばいか減少傾向にありますが、所在地別セグメントでは、米国の落ち込みが顕著である一方、アジアでは規模は小さいものの、売上高及び営業利益に伴うフリーキャッシュフローは確実に増加しています。
先日、プレミアクラブ会員を対象に勉強会を実施しましたが、その中で、参加者よりGWの上海訪問をふまえた中国の現状についての潜入レポートを頂きました。写真を見ると、スーパーや売店には日本の商品が並び、母数である人口が多いので、飲料系やセルフ化粧品などの大衆向消費財においては、中国マーケットでの日本ブランドを確立できれば、伸び代はまだあるように感じます。

2009年4月25日付け日経新聞朝刊によると、中国の化粧人口は約6,000万人ということで、仮に中国における女性を6億人と仮定すると、10人のうち1人が化粧をしていることになります。逆に考えると10人に9人が「すっぴん」ということになりますが(笑)、これが2010年には1億人、2015年には2億人、2020年には4億人まで拡大する見込みとのことです。

花王の決算説明資料によると、国内トイレタリー市場がほぼ横ばいで単価も据え置きということなので、中国をはじめとするアジアに注力するという花王の海外戦略は当然の帰結といえます。
また、2009年4月24日に発表された2010年3月期の業績予測(売上高1兆2100億円、営業利益970億円)を反映して、将来業績予測を以下のように変更しました。

T.K_021_E2.gif

前提としては、売上高は2010年3月期を底に緩やかに回復するが、2018年3月期において、昨年夏に予想していた1兆5000億円までは到達しないが、1兆4000億円との仮定です。

その他の前提条件を、昨年の夏と同じ上記のものとして試算すると、理論株価が「2,623円」となりました。2009年5月19日の終値が「2,030円」であることを考えると、同社の株主は、上の将来業績予測を前提にすると、CAPMで算出する株式コスト(4.78%)よりも高い6%を期待割引率としている、ということもできます。いずれにせよ、緩やかに衰退する国内トイレタリー市場からの脱却と成長市場へのシフトが鍵になりそうです。

本日は、『日用品から見えるもの その2』と題して、花王の決算発表を織り込んだ将来業績について考えてみました。新型インフルエンザで現在注目を浴びている同社ですが、冷静にネットでのキャッシュインフローを考えてみると、一時的に需要が高まり増産のための設備投資を行った花王や、はたまたマスク需要により営業時間を延長したマツモトキヨシよりも、もしかしたら、任天堂やカルチュア・コンビニエンス・クラブ(TSUTAYA)のように、外出を控えて家で遊ぶサービスを展開しているような「不況型」ビジネスが、更に底力を発揮するのかもしれませんね。

インフルエンザについては、その感染状況もさることながら、外部環境に対応する企業の変化という視点でも、引き続き注目していきたいと思います。

今日の一言;
「風が吹けば桶屋が儲かる。風邪が流行れば何屋が儲かる?」

2009年5月21日 T.Kimura
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