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サムライ会計 第25回「事業再生ADRとCDS」

(毎週木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

先日、久しぶりに大学の同窓会がありました。
文系のクラスでしたので、私のように独立・起業している人間もいますが、外資系をはじめ大手プロフェッショナルファームやプライベートエクイティファンドなどで活躍している人間も多くいます。

弁護士の友人達との話の中で、最近流行りの「事業再生ADR」と「CDS」との関係について、業界内でちょっとしたトピックになっているとの話題がありました。
これらの単語で検索しても、まだ十分な情報は少ないようです。
事業再生は私の専門分野ではないのですが、本日はこれから大きく話題になるであろう本テーマについて、簡単にご紹介させて頂きます。

今年前半でのコスモイニシアや日本アジア投資、最近ではアイフルやウィルコムの事業再生手法として注目を集めている「事業再生ADR」とは、一体どのようなものなのでしょうか。

ADRとは裁判外紛争解決手続き(Alternative Dispute Resolution )の略称であり、一般的には、裁判手続を利用せずに当事者間の話し合い等により、迅速に紛争等の解決を行う手続です。

私的整理と同様に、柔軟に事業を維持しながら金融機関等との調整が図られるというメリットがあります。
一方、認定を受けた事業者(事業再生実務家協会など) の監督の元、専門的な弁護士や会計士も参加し、債権者会議を経ながら計画案の決議と実行がなされるため、私的整理のデメリットであった、債権者の債権放棄 による無税償却(税務上のメリットがとれないこと)を回避でき、各利害関係者の理解が得られやすいというところも特徴です。

事業再生ADRを検討した結果、場合によっては、会社法や民事再生手続きなどの法的整理へ進むことがあります。わかりやすく言うと「お墨付きのある私的整理」といったところでしょうか。
※参考
法務省における「事業再生ADR手続きの流れ図」はこちら
事業再生実務家協会による事業再生ADR活用ガイドブックはこちら

一方で、CDSとは、このサイトの読者の皆さんであればご存じのとおり、クレジット・デフォルト・スワップの略であり、主としては企業(取引先・融資先な ど)の債権者が、倒産リスク(企業の破産や倒産などにより債権が回収できなくなってしまう可能性)に備えるための保険である金融商品のひとつです。
※参考
CDSについては、昨年の森さんのエッセイにわかりやすく紹介されていますので、詳しくはそちらをご参照ください。

CDS は、取引先・融資先など企業(参照組織)に対する倒産リスクの保険である訳ですが、問題は、今回の事業再生ADRが「倒産リスク」への保険であるCDSの 保険の対象になるのか(クレジットイベントとしてトリガーするか)、という点です。弁護士の友人達の話によると、事業再生ADRは企業再建の新しい手法で あるため、CDSとの関係性についての整理が不十分のようです。

今後の事業再生ADRとCDSをめぐる関係性についての長期的なシナリオとしては、大きく以下のふたつの方向性が考えられます。

「シナリオ1」:今後、ある企業の事業再生ADRが、当該企業を参照組織とするCDSのクレジットイベントとしてトリガーする方向性へ進む
シナリオ1によると、CDSで保険をかけていた債権者にとっては、保険が有効に機能するため望ましい形といえますが、CDS発行主体からの反発も予想される ため、CDSのトリガーとして「客観的に」認識できるイベントが事業再生ADRの中に織り込まれている必要があります。

「シナリオ2」:今後、ある企業の事業再生ADRが、当該企業を参照組織とするCDSのクレジットイベントとしてトリガーしない方向性へ進む
シ ナリオ2によると、CDSで保険をかけていた債権者から、事業再生ADRを活用した事業再生に対しての強い反発が予想されます。結果として、企業価値の棄 損を限定しながらの同再建手法の浸透が進まず、株主にとっても不利(機会損失)となるリスクがあります。
余談ですが、CDSを投機目的で取引している投資 家にとっては、参照組織の業績悪化とともにCDS価格が高騰するが、参照組織の再生手法が事業再生ADRに決定すると価格が下落することになり、CDS市 場の更なる不安定要素のひとつにもなりえます

参照組織(ここでは事業再生ADRの対象となる企業)の会計・キャッシュフロー上は、直接的 な影響はありませんが、各利害関係者(特に債権者)の同意を得られるかどうかは、事業再生ADRの成立にあたっての大きなポイントになるため、長期的に は、シナリオ1となるように進むのではないかというのが私見です。一方で、CDSのクレジットイベントを前提に事業再生ADRを進めなければならない、と なると、客観的な要件を整えることが必須となり本来の柔軟性が失われてしまう本末転倒リスクもあるため、慎重な対応が必要といえます。

一概にどちらのシナ リオに進むか、ではなく、ケースバイケースでの対応となる方向性もあります。また、銀行団との債権繰延計画が合意された時点で、従前の任意整理と同じよう にヒットされる可能性も考えられるかもしれません。

ちなみに、クレジットイベントにヒットするかどうかは、誰がどのように決定するのでしょうか。
ひとつにはISDA(国際スワップ・デリバティブ協会)などの判断も基準になりますが、クレジットイベントの認証機関ではないことから、最終的にはあくまで当事者間の契約によって決定します。

ちなみに、あおぞら銀行より平成21年10月6日に下記のプレスリリースが発表されています。
アイフル株式会社を参照組織とするCDSのクレジットイベントの発生について
この内容をみると、
「・・・ 当行は平成21年9月18日時点で当該CDSのクレジットイベント発生に該当するか否かについて、平成21年10月2日付にて ISDA(International Swaps & Derivatives Association)のDeterminations committee(以下、DC)に審議を依頼しました・・・平成21年9月18日時点ではbankruptcy credit eventには該当せず、restructuring credit eventについてはペンディングとする旨発表がありました。・・・」とあります。

一 般的にbankruptcy credit eventに該当するためには、支払不能や管財人等の選任などの条項があるため、今回のアイフルの場合には該当しないということでしょう。一方で、返済ス ケジュールの延長の合意などもrestructuring credit eventに該当する可能性があるため、保留としたというところでしょうか。

参考までに、アイフルの平成21年9月24日付ニュースリリース「事業再生計画(案)の概要についてのお知らせ
によると、下記の記述となっています。
「・・・ 現時点における事業再生計画案で金融機関各位に要請させていただく金融支援の内容は、事業再生ADR手続の正式申込をした後、一定期間、金融債権者様に対 し、借入金債務の元本の残高維持をお願いし、その後については、同債権者様に対する借入金債務の弁済スケジュールの変更をお願いする予定といたしておりま す(借入金債務の免除や、株式化(デット・エクイティ・スワップ)を要請することは、現時点では想定しておりません)。・・・」

いずれにせよ、今回のアイフルの一件は、同社を参照組織とするCDS残高も多額であることから、今後の事業再生ADRとCDSの関係についてのひとつの試金石となりそうです。

追伸;
今月末には、当事務所主催の一日セミナー
が あります。このセミナーのテーマである企業価値評価は、単なる個別企業のバリュエーションのみならず、企業をとりまく各利害関係者についても取り上げま す。そのため、本日のエッセイのように少し専門的な内容であっても、ルックスルーして理解できる「感覚」を身につけることができるようになります。
皆様のご参加をお待ちしています!

2009年10月22日 T.Kimura
ご意見ご感想、お待ちしています!





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