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企業と法律 第30回「企業のファイナンス手法の選択 その3」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの Mori です。

今回も、前々回前回の続きです。今回は、これまでの応用編です。

3.具体的なファイナンス手法

(4)応用

いままで、Debtによる方法、Equityによる方法、何かを売る方法を見てきましたが、これらの応用として、会社全体ではなく、一部の事業に特化して、これらと同じような機能を果たさせる手法もあります。

例えば、「合弁企業を設立する方法」や「ファンド等を設立する方法」は、会社にとっては一部の事業を他人と共同で行い、他人の資本を入れることで、全額出資せず、事業を行うことができます。また、社内事業の「スピンアウト」も、一部の事業の売却という意味では、何かを売る方法に分類されるかもしれません。社内発ベンチャーを別会社として扱う場合に利用されます。

「匿名組合」という方法もあります。これは、一部の事業について、匿名組合契約という格好で出資をつのる方法です。当該事業により利益が出た場合、匿名組合員に利益が還元されます。

(5)発展

ファイナンスは、最適なD/E比率を考えたうえで、実施しなければならないものであることは既に何度もお伝えしてきました。そして、DebtとEquityを比較した場合、Equityの方がコスト(※1)が高いこともお伝えしてきました。

このことからも、会社は、デフォルトリスク(債務不履行の危険性)が大きくならない限り、コストの高いEquityを利用しない方がよい(※2)、バランスシートの左側と右側を比べてバランスのとれたD/E比率にするべきである、(Equityを使う場合は、高い資本コストに見合った価値のあるところ(資産)に投入するべきである。固定資産等はDebtの方が適切であることが多い)ということがマネジメントの考えるべき命題ということになります。

そこで、資金調達時には、最適なD/E比率を考え、資金調達したものの、その後の事業の展開により、そのバランスが崩れていった場合に調整する必要が生じてきます。

その手法として、次のようなものがあります。

DebtをEquityに変える方法:デット・イクイティー・スワップ
EquityをDebtに変える方法:借り入れし、借り入れたお金で配当又は自社株を買う

「デット・イクイティー・スワップ」というのは、法律的には、債権の現物出資による新株発行です。一定の例外要件に該当しない場合は、対象となる債権の評価が適切かどうかを判断するために、裁判所が選任した検査役による調査等が必要となりますので、注意が必要です。

借り入れをして、借り入れたお金で配当又は自社株買いを行うことについては、BTB第11回「最適D/E比率実現のケース」の日本触媒のケースがそのまま該当しますね。

他にも「デット・デット・スワップ」というものもあります。より金利の安い方に借り替えるということですね。市場環境により、企業の借入金利をより低くすることが出来る場合は、どんどん借入金利を低くした方が、企業に有利なのは言うまでもありません。

ちなみに、完全な余談ですが、サラ金や闇金で苦しくなった人のところに、安い金利での借り換えの話が来る場合がありますが、この手の話には、慎重に対応した方がよいです。

1つには、間に紹介者等がいて、紹介手数料等の名目でお金を取られ、結局有利な借り換えにはならないこと(最初の貸し手も紹介者も借り換え先もグルであることが多いです)、もう1つには、元の金銭消費貸借契約を前提に計算すると利息制限法上支払わなくてよくなっている場合や過払い金返還請求ができるようなケースであることに気付かず、借り換えを行い、これらの保護を受けられなくなるということがあります。借り換え話にのる前に、弁護士に相談していただくことをお薦めします。

(6)最先端

資本コストを下げるために、会社が負っているリスク(会社の事業を行うにあたってのリスク)そのものをヘッジする方法も高度なファイナンス手法だといえます。

資本コストを下げることが利益率を高めること以上に重要であるかについては、今更いうまでもありません。

(毎回、合宿セミナーでは、エクセルを使い、“利益率を1%高める場合”と“資本コストを1%下げる場合”の企業価値への影響を実践していただくのですが、私も実際に自分でエクセルを使用し、シミュレーションしましたが、あまりの違いにちょっとした驚きを覚えます。驚くということは、普段の常識が数字に裏付けられていなかったということでしょう。)

前回、「本業以外に由来するリスクをヘッジすること」がファイナンスの目的になり得ることをお伝えしました。その手法として、売掛金をファクタリングすることやビルを売却して賃貸にすること等をお伝えしました。

例えば、ファクタリングでは、ファクタリングが成立した後は、売掛金が回収できなくなるリスクをヘッジすることができます。

ただ、売却する手法と用いたとしても、事業全体でみると、ファクタリングが成立する前に、取引先が倒産して、取引先がなくなるリスクまではヘッジすることはできません。そこで、このような倒産リスクをヘッジするための金融商品(クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)。要するに、取引先の倒産の保険です。(※3)

【持ち家のリスク】

いきなりCDSと会社の話では、理解しづらいかもしれませんので、前回も使った持ち家のリスクで考えてみたいと思います。

家を所有すると、所有者は、その家を地震等で失ってしまうリスクを負担します。賃貸の場合は、そのようなリスクを負担しません。家の持ち主は、そのリスクをヘッジする方法として、その家を誰かに売り、自分は賃貸の部屋に移動することが考えられます。ただ、一戸建て等、賃貸に向かない場合やどうしても、その家に住みたい場合も考えられます。その場合は、どうすればよいでしょうか。

そうですね。保険に入ればよいのです。地震保険や火災保険に入ることによって、所有に伴うリスクを出来る限りヘッジすることが考えられます。もちろんこれだけでは想定し得る所有リスクの全てではなく、価格の下落リスク等もあり、これを完全にヘッジするのは現実的には難しいですが、現実には、不動産に連動する金融商品をショートポジションで持つのが最も近い方法かもしれません。

またまた、余談ですが、よく雑誌の特集で、ローンの返済金額と家賃を比較して、「持ち家と賃貸、どっちがお得?!」というような比較が掲載されていますが、あんなもの何の意味もありません。

なぜなら、「持ち家」と「賃貸」では、住んでいる人が負担しているリスクが全く違うからです。家賃と比較するのであれば、リスクを同じにした状態でなければ意味がありません。ずっと同じ家に住む前提(※4)であれば、各種保険料や税のコスト、借り入れに要するコスト(利息)及び価格下落リスクをヘッジするための金融商品維持コスト等を算出し、リスクの前提をできる限り近い状態にした上で、家賃(※5)を比較するのが正しいといえるでしょう。

【会社の場合】

それでは、金融商品(CDS等)を利用した会社の保有資産についてのリスクヘッジを考えたいと思います。

取引先の倒産リスクは、本業のリスクではありません。様々なリスクを負担していると、資本コストも上昇します。そこで、上記のように、

「取引先の倒産リスク」

「CDSに要する固定費用及び取引費用」(+CDS自身のリスク(※6))

を天秤にかけ、CDSが妥当な経営手法か否かを判断します。

本来リスクを負担するのは、いわゆる本業の部分等にできる限り限定した方が資本コストは安くなります。単純に、事業全体でのリスクが少なくなることのほか、ファイナンス上、バランスシートの左側でリスクを負担している部分が減ると、Equityを減らして、Debtに振り返る部分が多することができるという効果もあります。

取引先の倒産リスクという、本業以外のリスクをヘッジするためのファイナンス手法を用いて、企業が負担するリスクを本業のリスクに限定し、Equityで調達してきたお金は、開発等本来Equityに相応しい部門に投入することを実現することが目的です。

分かりやすく言えば、株主は、本業以外の部分のせいで損失を被りたくないよ!僕達のお金は事業用の設備や研究開発に使ってよ!!と思うでしょうし、企業のリスクが限定されていれば、銀行もお金を貸しやすくなるということです。

実際には、上記のリスクの計算は容易ではなく、それを行うとなれば、VaR(Value at Risk)等を用いて計算されるようですが、ここでは、このような発想でファイナンス手法を駆使することがあるということをご理解していただければ良いと思います。

ここまで来ると、資金の調達という本来のファイナンスの定義からは随分とずれてくるのですが、調達した資金の効率的利用という面から資金の調達を同じような効果をもたらしてくれるものであり、ファイナンスの一部として取り扱われるものです。

なお、CDSについては、リーマン・ブラザーズの破綻等、CDSの発行体そのものがぶっ飛びますと、CDS自体が消え去ることがあります。(保険を長年かけていたら、保険会社が倒産したという場合に近いでしょうか。)

リスクから逃れるために、購入していた金融商品に別のリスクが含まれていたなんてことになりかねませんので、このあたりのリスクテイクの方針は慎重に策定した方がよいと思います。

4.まとめ

以上、3回にわたり、ファイナンス手法について、お伝えしてきました。最後の方は、多少難しいものが含まれていましたが、いずれも日経新聞等で、注釈もなしに、出て来るものばかりです。

ファイナンス手法は、日々、新たな用語が生み出されますが、基本的なところは大体今回記載したものに含まれると思います。

※1)資本コスト以外に、税務上の取り扱いの問題や、調達そのものに要するコスト(エージェンシーコストや取引コスト)もありますが、ここでは、詳細な分析は省略いたします。ただ、銀行からお金を借りるのと、証券市場から広くお金を集めるのでは、直感的に銀行からお金を借りる方が、コストが低いことはお分かりいただけるかと思います。

※2)MM理論と比較した場合、タックスシールドや株式発行のコストを考えると、Equityの方が不利になります。

※3)現実には、このような金融商品の対象となる企業は、かなり大きな規模の企業に限定されますので、常に利用できるわけではありません。

※4)移動する可能性がある場合であれば、賃貸物件のスイッチング・コストと持ち家のスイッチング・コストの比較も必要でしょう。普通は、賃貸物件のスイッチング・コストの方が圧倒的に低い(=持ち家は、売ったり貸したりするのは比較的難しく、コストもかかる)と考えられます。

※5)家賃にも価格変動リスク等があります。

※6)CDS自身のリスクとして、CDSの発行体の破綻リスクやスプレッド拡大のリスク等があります。

2008年10月7日  M.Mori
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