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企業と法律 第5回「ブルドック事件高裁決定」


みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

東京高裁において、ブルドックソース買収防衛策の差止めを求めた仮処分申請について、スティールの抗告が棄却されました。

いつものパートナーエッセイのスケジュールを変更して、現時点で私から感じるところを述べさせていただきます。

まず、地裁決定と高裁決定について、誤解を恐れず、極めてシンプルに書くと次のようになるかと思います。

【地裁決定】
株主総会特別決議による賛成を経ており、経済的にほとんど平等なので、よほど不合理でない限り相当と判断できる。

【高裁決定】
濫用的買収者であれば、必要且つ相当な場合は、(少々の損害を与えても)差別的な取扱いをして、追い出してよい。相当かどうかは、株主総会特別決議による賛成があったこと、買収者の不当性の程度との相関関係からして過度の損害を与えていないこと、買収者以外の株主に違法とするような不利益を与えていないこと等を考慮した。

最大の違いは、高裁決定が最初にスティールを濫用的買収者として認定した上で、濫用的買収者に対する判断基準(必要性・相当性基準)を示して、今回のケースに当てはめたというところにあると思います。

地裁決定では、濫用的買収者であるかどうかは大きな問題とされず、株主総会特別決議を経たことが重要視されていましたが、今回の高裁決定は、濫用的買収者であることを重要視したものといえるでしょう。

この決定に対する評価のうち、必要性・相当性基準を採用した点については、これからの学者や実務家の先生方の議論にお任せするとして、私が興味を持ち、かつこれから最も議論されると予想されるのは、どうすれば「濫用的買収者」と認定されるのか(認定されずに済むのか)という点です。

私が持っている資料によると、今回の高裁決定では、次のような論理を採用しているようです。

【スティールの属性等についての高裁決定の検討】
(1) スティールは、様々な策を弄して、専ら短中期的に対象会社の株式を対象会社自身や第三者に転売することで売却益を獲得しようとし、最終的には対象会社の資産処分まで視野に入れてひたすら自らの利益を追求しようとする存在
(2) スティールは、本来協同し合うべき企業の経営面を顧慮せず、いたずらに相手方に不安を与えている
(3) 上の(1)や(2)からすると、今回のTOBは、企業価値ひいては株主共同の利益を毀損するものとして信義誠実の原則に抵触する不当なもの
従って、スティールは、「本件については濫用的買収者」である。
以上

この高裁決定の検討では、スティールの今回のTOBでの振舞い(質問回答報告書の内容等)のみならず、過去のスティールの所業(過去の買収事例等)もトータルで判断しているようです。

高裁決定は、上の(1)から(3)までを経て、スティールは、「本件については濫用的買収者」といっているのですが、今後のことを考えると、いくつかの疑問が浮かびます。
まず、スティールを「本件については濫用的買収者」と認定していますが、(1)のファンドとしての役目は、もう変えようがありませんし、過去のスティールの所業(過去の買収事例等)も最早変えようがありません。今後、スティールがどこかの会社を買収しようとすると、買収過程でどのような手続きを経れば、「本件については濫用的買収者」ではないと判断されるのか、不明です。スティールが、別件で、濫用的買収者ではないと判断される可能性がどの程度あるのでしょうか。

次に、(1)については、およそほぼ全ての株主は配当益(インカムゲイン)以外に転売益(キャピタルゲイン)を考えていますし、利益を追求しない人もいません。短中期的な売買や対象会社の資産処分はいけないのでしょうか。どのような行為をすれば、「ひたすら自分の利益を追求する」として糾弾されるべき行為となるのか不明です。
(2)については、さらに不明です。株主が会社の経営に協同し合うべきとありますが、会社の理念から言って、経営陣が利益を出さないのであれば、首にされても、会社を清算されても不合理ではないはずです。株主の期待に添えない経営陣は更迭されても問題ないはずです。経営陣は、株主とは適度な緊張があってしかるべき関係であり、通常の株主と経営陣との緊張関係と「いたずらに不安を与える」関係の違いが不明です。

(3)今回のTOBが株主共同の利益を毀損するとありますが、なぜTOBが株主共同の利益を毀損するのか不明です。確かに、TOBの結果として、スティールによるブルドック支配が完成した場合は、スティールの行動によっては、既存株主(TOB価格が安いと考えていた既存株主)が毀損される可能性はないとは言えません。しかし、本来は、スティールが毀損するような行動に出た場合にそのような行為につき争われるべきであって、TOBの時点で判断すべきことなのでしょうか。いうまでもなく、TOBは、単なる株式の譲受けです。株式の譲受けが株主共同の利益を毀損して、信義則に反するというのは無理がないのでしょうか。

以上が、今回の高裁決定についての私の感想です。今回の決定は、投資ファンドはみんな濫用的買収者になることを意味するものではないですが、実務的には、不明確な点があれば、今後の投資活動に影響が出てくるのではないかという点を危惧してしまいます。

なお、スティールは、今回の申立てについて、ここまでの結論が出るとは予想していなかったと思います。本件については、負けはないということで、申立てを行っていたと思いますし、別件についてもよい影響はあっても、悪影響はないと考えていたので、申立てに踏み切ったのでしょう。そこに、今回の高裁決定で「濫用的買収者」(正確には「本件については濫用的買収者」ですが)と認定され、今後の活動に多少なりとも制約を生じることになりましたので、想定外だったと思います。

ところで、今回の買収防衛策は特殊な点がかなりあります。そこで、この買収防衛策自体についての私の疑問点も挙げて起きたいと思います。

特に、大きな疑問点は、どこまで効果的な防衛策なのかという点と、既存株主は本当に賛成してよかったのかという点です(裁判所で認められるかという点は除外しています。)。念のためのおさらいですが、今回の買収防衛策の経済的実質は原則として「株式分割+自己株式の取得」という点につきます。株式分割はスティール以外の株主のための、自己株式の取得はスティールのためのスキームです。

【防衛策についての疑問点】
(1) 買収者に現金を渡すという防衛策は、本当に防衛策になるのか。
(2) 既存株主は、買収防衛策に賛成して大丈夫だったのか。
(3) 「何もしない」という選択肢はなかったのか。
(4) 要項に「取締役会が合理的に認める場合には、当社が別途定める日をもって、全ての新株予約権を無償で取得することができる」という項目が設定されており、結局、経営陣の意思次第では株式分割+自己株式の取得も起こらないというような事態もあり得て、上記経済的実質を想定した者を前提すると、株式市場に無用の混乱をもたらすのではないか。

(1) スティールがもらった現金で市場内でブルドック株式を買い、もう一度TOBをすれば、どうなるのでしょう(税負担がどうなるか不明確な状況では、何度も何度もTOBを仕掛けることはリスクがあるかもしれませんが)。今回の防衛策が買収者に金銭的には有利な決着を採っていることを考えると、今回の防衛策は、本当に企業価値を守るための「防衛策」だったのでしょうか・・・・。少なくとも経営陣のイスはしばらく安泰かもしれませんが。

(2) TOB価格や自己株式取得の価格が高いか低いかは、企業価値を算定していただき、1株あたりの価格を算出して、各自で判断していただくしかありませんが、仮に、「TOB価格や自己株式取得の価格」>「1株あたりの株主価値」、だとすると、既存株主にとってはマイナスのスキームであることは間違いないでしょう。そもそも、経営陣がスティールに現金を払って、スティールには損のない形で決着させようとしていることは間違いないですので、この買収防衛策のみをとればゼロサムゲームであることを考えると、損したのは既存株主であるように思います。ちなみに、個人的には、10%?20%程度スティールがいてくれた方がむしろ経営陣に緊張感が生じて、既存株主にとってもよいんじゃないかと思うのですが。

(3) 「何もしない」というのは、経営陣が防衛策等を講じずに、TOBに応じないことのみを呼びかけるということです。そちらの方がはるかに分かりやすいですし、防衛策に賛成した8割の株主は、スティールの買収に反対しているのでしょうから、スティールはTOBをしても、2割以下しか取得できなかったはずです。弁護士費用もさほどかかりませんし、自己株式の取得をする必要もありません。

(4) 防衛策の中身は、非常に複雑で、経営陣にいろいろな裁量が認められています。経営陣には、(i)既存株主に対しては、新株予約権3個付与 or 株式3株交付 or 与えた新株予約権を回収、(ii)スティールに対しては、スティール使用不可の新株予約権3個付与 or 現金(396円/新株予約権1個)交付 or 与えた新株予約権を回収、という選択肢が与えられており、今後どうなるのか、想定しにくい形になっています。現時点でも、まだいろいろな可能性が考えられ、1株あたりの価値については算定が難しい状態にあるように思います。上場株式として、これほど不確定要素が多い状態で取引され続けることが望ましいことなのか、今後の検討課題だと思われます。
将来、今回の一連のやり取りが、法律論として、ビジネス論として、どのように判断されるのか、興味はつきません。ただ、高裁決定にせよ、買収防衛策にせよ、これからの企業経営や日本の株式市場に少なからず影響を与える可能性があり、十分検討する必要があると思います。

なお、現時点では本件についての全ての資料が集めた上で判断したわけではありませんので、後日訂正する可能性があります。この点は、ご了承いただければ幸いです。

P.S. 報道によると、スティールは、最高裁判所に特別抗告と許可抗告を申し立てることを決めたとのことです。また、既に発行された新株予約権について、「仮処分」することはできませんので、差し止め対象を「予約権発行」から「株主への普通株交付」に変更する方針を決めたとのことです。このような方針変更も大変珍しいことですので、どのような判断がなされるか注目されます。

2007年7月11日  M.Mori
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