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企業と法律 第8回「減資によって株主の責任を取る?」


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

今回のテーマは、「減資」です。

減資とは、資本金の減少です。皆さんは、「○○株式会社は、減資によって、(経営者のみならず、)株主の責任も問うことにした。」等の表現を新聞等でみたことはないでしょうか。今回は、この表現が正しいのかどうかを考えてみたいと思います。

突然ですが、「資本金」とは、何でしょうか。










す。

資本金は、会社の経営に関わらない人にとっては、知っているようで知らないものだと思います。

実は、会社法においては、「資本金」は、単なる会計上の枠に過ぎず、あまり意味はありません。残念ながら、資本金だけを見て、「買い」や「売り」の判断することはできません。しかし、会社法では、株式会社は必ず資本金を設けなければならないとして、その増減の手続きも定めています。

会社法は、資本金については主に次のように定めています。

「会社を運営する場合、設立や新株発行によって出資した金額については、当該出資以降、 『資産 ― 負債』(純資産) のうち一定の金額を固定して、バッファーにしなさい(配当等をせずに確保しておきなさい)」

具体的にすると、次のようになります。

某有名投資家I氏が資本金100万円で、I商事を設立しました。このとき、(出資した金額を全額資本金に組み入れると、)I商事のバランスシートは、
現金 100万円  資本金100万円

となります(※1)(以後、便宜上、税金等は全て無視します。勿論、現実世界で無視するのは違法です。)。

I商事は、設立後1年間で、出資時の100万円を使ってI氏出演のDVDを1枚5000円で200枚製作し、全てを売りました。そのDVDの1枚当たりの純利益が1万円(売値1万5000円)だった場合、I商事の1年間の利益は、200万円となります。1年後の資産をすべて現金とすると、I商事の設立1年後のバランスシートは、

現金 300万円  資本金100万円
            利益 200万円

となります(実際のバランスシートには、「利益」という項目はありません。会社のバランスシートでは、利益のうち、配当しなかったものを「利益剰余金」として記載するためです。)。

このとき、I商事は、儲けた200万円については、株主に配当しても、再投資のために保有しておいてもよいですが、もとから持っていた100万円については、株主に配当することはできません。

この配当できない金額が「資本金」です(※2)。先ほど、「バッファー」とよんだ部分です。おおざっぱにいうと、会社は、負債の部分(債権者に返すべき部分)とバッファーの部分(資本金)を超えて、資産を有する場合にはじめて株主に配当してよいのです。

資本金は、過去に出資したときから減資するまで変わりませんので、会社が利益を出しても、損を出しても変動しません。資本金は会計上の枠に過ぎませんので、資本金という枠があるのに、資産より負債の方が多くなってしまうことすらあります。先ほどの例だと、DVDが売れずに1枚1000円で売らざるを得なくなり、資産が20万円(1000円×200枚)になってしまったケース等がこれに当てはまりますね。この状態は、「債務超過」と呼ばれます。勿論、配当はできません。

では、「資本金」は、誰のためにあるのでしょうか。

「資本金」の部分については、勝手に現金を社外に流出させないで欲しい(株主に還元しないでほしい)と思っている人達のための仕組みであることからも明らかなように、「資本金」は、会社債権者のためにあります。先ほどの例で、設立後1年間に、I氏のDVD200枚はすべて1枚当たりの利益1万円で売れたものの、銀行から50万円を借金して作成したM氏のDVD200枚は、1枚も売れず、資産価値がゼロになった場合を考えてみましょう。

現金300万円  負債  50万円
           資本金100万円
           利益 150万円

せっかくI氏のDVDで200万円を儲けたのですが、M氏のDVDで失敗したために、銀行への借金が50万円残ったままです。このような場合は、150万円しか配当できません。もし、資本金がなければ、250万円まで配当できますが、債権者である銀行からすると、250万円の全てを株主に配当されてしまった場合、

現金50万円  負債50万円

という状態になりますので、次にこの会社が何らかのビジネスをして少しでも失敗すれば、お金が返ってこなくなります。銀行は、とてもとてもI商事の先行きに不安です。資本金100万円があると、

現金150万円  負債  50万円
           資本金100万円

という状態であり、次にこの会社が何らかのビジネスをして失敗しても、多少の失敗であれば、まだ大丈夫です。銀行もまだ少しはI商事を見守ることができそうです。

このように、資本金があることによって、安心を得られるのは会社債権者なのです。

しかし、このことが世の中に理解されていないと感じる時があります。新聞記事等で、「経営責任の明確化に加え、減資により出資していた株主の責任も問うこととした」等の記事を見たときです。なぜ、減資により、株主の責任が問えるのでしょうか。減資によって株主に何らかの不利益があるのでしょうか。

減資とは、「資本金の減少」です。そして、しつこいようですが、「資本金」は、会社債権者のためのものです。

株主にとっては、「資本金」が減ると、配当や自己株式の取得をしてもらえる範囲(枠)が広がりますので、ある意味、美味しい話なのです。

株式は、会社の持分なのですから、「資本金」が減少しようが、所詮「枠」が変わったに過ぎず、会社の価値に変化がない限り、1株あたりの企業価値が変わるはずがありません(旧商法においては、「実質上の減資」と呼ばれる資金流出を伴う資本金の減少がありましたが、(剰余金配当や自己株式の取得により対応可能なため)会社法ではこの制度は存在せず、また、実質上の減資も、会社資産が株主に帰属するという点で、減資によって株主に損害が生じることはありません。)。

私は、上記のような記事を見ると、首をかしげたくなります(そもそも、この記事は、経営の悪化についての責任を株主に問うている点でも、不思議です・・・)。

なお、企業再編等において、100%減資→増資という手法がとられることがあります。この場合は、株主総入れ替えを意味しますので、株主に被害があるように見えます。ただ、これも「100%減資」の時点で、少なくとも清算価値が0以下であることが通常であるため、もともと価値のない株式を保有していたに過ぎず、それが現実化したに過ぎない上、手続き的にも株主全員の同意や更正計画等が必要ですので、極めて例外的なものです。

因みに、私が、クライアントから減資の相談を受けるケースは、ほとんどが以下のケースです。

1)前回の増資で、資本金が5億円を超えたが、5億円を超えた状態で期末をむかえてしまうと、「大会社」となり、会計監査人を設置しなければならず、いろいろコストがかかってしまう。そこで、減資をして、「大会社」となる時期を遅らせたい。

2)ある株主が当社への投資を引き上げたい(第三者か当社に売りたい)と言っている。当社としては、会社でその株を買いたい(自己株式として取得したい)と思っているが、債務超過であり、「分配可能額」(※3)がない。自己株式の取得が可能なように分配可能額を増やすため、減資したい。

1)のケースは、既存株主にとっても望ましいことですので、普通、反対する株主はいません。2)は、自己株式取得時の株価(買取価格)によっては、反対する株主がいるかもしれません。いずれにせよ、経済的にも、減資によって、株主が責任をとるということはありません。

(※1) 厳密に言えば、設立や新株発行により出資された金額のうち半分までは、「資本金」ではなく、「資本準備金」とすることが可能です。

(※2) 「配当できない金額」には、資本金の他にも資本準備金等がありますが、ここでは分かりやすさを重視して、このように表現しています。

(※3) 実際には、債務超過(総資産<負債)であることと分配可能額がないことはイコールではありません。まず、資本金の額等を確保しなければならないことに加え、分配可能額の計算において、資産として実質のないもの等について調整する必要があるためです。分配可能額の算出(会社法第461条第2項他)は複雑ですので、専門家にご依頼ください。

※ 本エッセイは、具体的な案件についてのアドバイスではありませんので、本エッセイをお読みいただいた方に生じた現実の案件については法律や会計の専門家にご相談下さい。

P.S. 読者の方から、前回のエッセイについて「今度は、弁護士の楽しさを書いて欲しい」とのお便りをいただきました。また、頃合いを見て書かせていただきたいと思います。
2007年9月18日  M.Mori
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