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企業と法律 第9回「自己株式」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

今回のテーマは、「自己株式(の取得)」です。

このホームページを愛読していただいている皆様にとって、会社にとって自己株式の取得とは。

「自社株買いに応じて株式を手放す既存株主の株主価値を、自社株買いに応じず株式を保有する既存株主が、企業という器を通じて、時価(自己株式の取得価額)で買い受ける行為」

であることは、もうご存知ですよね。このあたりがよくわからない人は、KISS第126号「学習の方法(自社株買い)」やBTB第2回「自社株買い」をよく読んでください。

今日は、この自己株式が商法、そして会社法においてどのように取り扱われてきたのかをお伝えして、自己株式の性質を考えてみたいと思います。

(1). 自己株式と商法・会社法
1.厳格な禁止
はるか昔、とはいえ平成6年の商法改正前のことですが、自己株式の取得は一部の例外を除き原則として厳しく禁止されていました。その理由は次のようなものです。

1) 【資本の維持】自己株式の取得は、株主への払戻しと同義であるので、会社債権者の利益を害する

2) 【株主間の公平】一部の株主から取得する方法で自己株式の取得を行うと、(特に流通性が低い場合、)株主相互間の投資資本回収の機会の不平等が生じ、残存株主との間に不公平が生じる

3) 【会社支配の公正】一部の株主(特に経営陣に反対的な立場を取る株主)から株式を取得することにより、会社(=他の株主)のお金を利用して、経営陣の会社支配を維持することができる

4) 【証券市場の公正】上場市場においては、自己株式の取得の方法次第では、相場操縦やインサイダー取引に利用される
一方、上場会社のファイナンス戦略や非上場の非公開会社での投下資本の回収手段確保の要請から、徐々に解禁されることとなり、平成6年以降次第に緩和され、ついに平成13年の商法等の改正において、原則として自己株式の取得は自由となりました。いわゆる「金庫株の解禁」です。

2.金庫株の解禁
平成13年の商法等の改正で、株式会社は、
(i) 財源規制(配当可能利益の範囲内)

(ii) 手続上の規制(定時株主総会決議)
という規制のもと、自由に自己株式を取得できるようになりました。

(i)や(ii)のような規制が設けられた理由は、上記の 1)から 4)の弊害を防止するためとされていました。ただ、1)【資本の維持】の弊害を防止する(会社債権者を保護する)という理由から(i)の規制があるというのは何となくわかりますが(※1)、2)【株主間の公平】や 3)【会社支配の公正】や 4)【証券市場の公正】という理由から(ii)の手続規制(定時株主総会)というのは、イマイチ結びつきがよくわかりません。

上場会社はさらに機動的に自己株式を取得できるようにすることを望んだため(上の規制だと、原則として「定時株主総会」で決議しておかないと自己株式を取得できない)、平成15年の商法改正を経て、定款の定めがあれば取締役会決議により自己株式の取得ができるようなりました。

3.会社法施行後
平成17年に会社法が施行され、自己株式の取得についての規定も取得する事由に応じて、手続や決議要件、取得限度額等が定められることになりました。ここで詳細に記載することはしませんが、
(1)財源規制(分配可能額の範囲内)

(2)取得場面に応じた決定権限の規定
という規制が設けられました。

会社法においても、市場取引等による取得は、定款によって取締役会決議事項とすることが可能(会社法165条)となっています。実際の取得は、インサイダー取引にあたらないように、慎重に決議され、取得が行われているものと思います。

(2).自己株式の性質
さて、ここで注目したいのは、取得されてしまった自己株式です。
会社が保有している自己株式、いわゆる「金庫株」は、特殊な株式になります。

まず、「資産性」がありません。自己株式とはいえ、上場企業の株式であれば日々時価がついていますので、資産と考えてもよさそうなものですが、残念ながら会社の資産とは認められません。会計的には、貸借対照表上、純資産の部から控除する形になり、資産の部には記載されません。

自己株式は、価値のない紙切れなのです(いまや株券も電子化されていく時代ですので、「紙切れ」とも呼べないかもしれません。)。

次に、議決権や配当請求権もありません。会社が自分の配当をもらっても意味がありません。
最後に、会社が自己株式を社外に出す場合は、新株発行と同様の手続に従わなければなりません。通常の株式譲渡(市場での売却等)のように簡単に処分することはできないのです。
ここまで来ると、自己株式というのは、消えてなくなったものと考えてもよさそうなのですが(※2)、今の会社法では、「消却しなければならない」とは定めておらず、「消却することができる」と定めて、「金庫株」として保有し続けることを認めています。

ちなみに、このような「自己株式」の性質を踏まえていただくと、企業価値を算定する場合等で、時価総額を算出する際にも、発行済株式総数から自己株式の数を引く必要があることがお分かりいただけると思います。

(3).自己株式の取得と株主価値
では、具体例で自己株式の取得という財務オペレーションを考えて見ましょう。
発行済株式総数が100株の会社(金庫株0株)が自己株式を20株取得した場合、自己株式を除いた株式数は80株となります。この場合、その会社の株主価値はどうなるのでしょうか。

【自己株式取得前】
100株(金庫株0株)で、株主価値1億円と仮定します。1株あたりの株主価値は100万円です。

そこで、自己株式を20株取得すると、
【自己株式取得後】
80株(金庫株20株)で、株主価値は「1億円―自己株式取得の対価」となります。
ここで、自己株式の取得の対価について場合分けをしてみます。

(1) 会社が自己株式を安く買えた場合
自己株式を1株あたり50万円で取得したとすると、20株取得にかかるお金は、1000万円です。従って、【自己株式取得後】の株主価値は、9000万円になります。1株あたりの株主価値は、9000万円÷80株=112.5万円となります。

(2) 会社が自己株式を高く買った場合
自己株式を1株あたり200万円で取得したとすると、20株取得にかかるお金は、4000万円です。従って、【自己株式取得後】の株主価値は、6000万円になります。1株あたりの株主価値は、6000万円÷80株=75万円となります。

ここまでくれば、勘のよい皆さんであればお解かりであると思います。
「会社が自己株式を安く買えた場合」とは、『割安』の場合(時価が1株あたりの株主価値より低い場合)ですね。

この場合の自己株式の取得は、「自己株式の取得」というオペレーション「だけ」で、1株あたりの株主価値が濃密化し、増大することになります。

逆に割高の場合の自己株式の取得は、1株あたりの株主価値を減少させることに他なりません。

(4).まとめ
ある会社が自己株式の取得という財務オペレーションをどのような時価の時に行っているかを見るだけでも、その会社が適正株価をどのように考えているかわかりますし、ご自身で株主価値を算出できると、それと比較して、会社が株主にとって適切な財務オペレーションを行う会社であるかが判明するでしょう。

※1 本当に資本を維持すれば、会社債権者を保護することになるのかは、疑問がないわけではありません。

※2 新株発行と自己株式の処分について、会社法上完全に同一視されているわけではなく、僅かに取扱いが異なる場合がありますが、ここでは無視していただいてかまいません。

(注) 本エッセイは、具体的な案件についてのアドバイスではありませんので、現実の具体的案件については法律や会計の専門家にご相談下さい。

2007年10月2日  M.Mori
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