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企業と法律 第20回「DCF法と裁判所」


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

私のオフィスの前では、もう桜が随分と咲いています。春ですね。気分もさらにウキウキしてきます。

今回のテーマは、DCF法と裁判所です。

先日(3月14日)、旧カネボウ株式会社についての株式買取価格決定の事件について、東京地裁で決定がでました。

申立人側:1578円?950円
カネボウ側:162円(TOB価格)
と大きな差がある中で、裁判所は、鑑定人の鑑定意見である「360円」を採用しました。

この決定では、いくつかのロジックがあるので、裁判所がDCF法をどのように考えているのかを見てみたいと思います。

1.公正なる価格

株主総会で決議される営業譲渡に反対する株主については、会社に対して、「公正ナル価格」で持っている株式の買取を請求することができます(旧商法第245条ノ2、会社法第469条)。

ここでいう「公正ナル価格」は、営業譲渡が行われずに会社がそのまま存続することと仮定した場合における株式の価値を算定することになります。すなわち、「継続企業としての価値」を算定することになります。

ここで、今回の東京地裁の決定は、継続企業としての価値を算定する場合は、DCF法が相当であると結論付けています。

しかも、配当還元方式(※1)・取引事例方式(※2)・純資産方式(※3)・類似会社比準方式(※4)は、継続企業の価値算定方式としては妥当ではないとしています。

本件では、裁判所は、公正なる価格を求めるためには、DCF法しかないと断言しているのです。この点は、私も賛成です。継続企業としての価値を求める場合に、上記各方式よりDCF法の方が優位であることがよくわからない方は、セミナー等でしっかりと勉強していただければと思います。

2.DCF法の詳細

DCF法による株主価値評価は、皆様ご存知のように、(i) 将来業績予測及び年度ごとのFCFの算出、(ii) 予測期間後については継続成長と仮定し、継続価値計算を行い、(iii) 各年で予測されたFCFをWACCで現在価値に割引き、(iv) 非事業用資産を足し、負債を差し引くという過程を経ます。

なお、このあたりの過程がわからない人、よりしっかりと理解したい人、自分でできるようになりたい人も、セミナーへお越し下さい。日本で、たった二日でこのあたりの企業価値評価やDCF法の意味が理解できるようになれる「場」は、これで最後かもしれません(私調べ)。

(i) 将来業績予測

今回の東京地裁の決定(=鑑定人意見)では、将来業績予測では、中期経営計画を基本に、継続事業部門については予測期間を8年、撤収事業部門については予測期間を5年として、業績予測をしています。

(ii) 予測期間後の継続成長

本件では、成長率(g)を0%にしています。成長率が企業価値算定に与えるインパクトの大きさは、ご自身でDCF法で企業価値算定された方は、よくご存知だと思います。一般的には、商品総消費量の長期成長率にインフレ率を加えたものが良いとされていますが、0%ということは、裁判所は、カネボウの主要事業では、商品の総消費量が低下していき、インフレ率と足しても0%にしかならないという判断なのでしょう。

(iii) 割引率(WACC)

株式資本コストについては、リスクフリーレート + 株式リスクプレミアム × β 、いわゆるCAPM理論が採用されています。この点については、私はまあやむを得ないと思っています。本来であれば、βを利用するのは適切ではないと思いますが、投資のための企業価値算定ではなく、紛争の当事者が納得する形で何らかの理論を採用する場合は、現時点では広く現実に利用されているCAPM理論に依拠することはやむを得ないだろうと思います。これを裁判所が採用しない場合は、CAPM理論が理論的に正しくないことを裁判所が論理的に説明する必要があり、流石にそれは非現実的なような気がします。

ちなみに、本件で採用された値は、
リスクフリーレート:1.875%
β(食品事業):0.677
β(HP事業):0.598
β(薬品事業):0.521
株式リスクプレミアム:8.5%
です。

株式リスクプレミアムは、1955年から2005年までの間のものを使用しているようですが、8.5%は高いという批判が株主(申立人)側からあるようです。そういいたくなる気持ちもわかりますが、個人的には、βを利用したお蔭で、計算後の資本コストは、それほど高くない値になっているように思いますので、何ともいえないところです。決定によると、上記の計算の結果の資本コストは、食品事業が7.63%、HP事業が6.96%、薬品事業で6.30%とのことです。

(iv) 非事業用資産と負債

本件では、現預金、遊休資産の土地建物等、出資金等、絵画及び美術品等が非事業用資産としてカウントされています。

一方、負債の計算において特徴的なのは、種類株式のうち優先株式を負債として取り扱っていることでしょうか。内容的には劣後債に近い優先株式のようであり、(負債コストと同じとするには抵抗感があるものの)やむを得ないかもしれません。

また、種類株式のうち配当が劣後する劣後株式は、通常の株式を同じとして扱っているようです。この点も、ある程度やむを得ないといえるでしょう。

これらの事情は、本来もう少しWACCが高いかもしれないが、優先株式を負債と、劣後株式を通常の株式とみなした分、若干WACCを押し下げている可能性があります。まあ、CAPM理論を採用しているので、これも誤差の範囲かもしれません。

3.大きく争われた点

成長率と割引率は、大きな争点です。DCF法の宿命かもしれません。なぜ宿命なのかわからない人も、ぜひセミナーを受講してください。セミナーでは、感応度分析等による解説もしておりますので、ストンと理解していただけることと思います。

裁判所は、「本件鑑定人の判断は、専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり」というフレーズを連発しています。法解釈の専門家である裁判所としては、経済の専門家の鑑定結果こそが法律上正しいプロセスを経て出て来たものであるため、基本的には正しいという建前をとらざるを得ず、やむを得ないのかもしれませんが、本当に合理的かは、もう少し詰めてもよいように思います。

私が気になったのは、「相手方の海外売上高は連結売上高で10パーセント未満と、海外事業の展開は限定的であり、国内事業の伸び悩みをカバーできる程度にまで海外事業の展開が進行するかどうかについては、経営判断に大きく依存するものであることから、鑑定において、今後の海外事業の展開が進行していくことを前提とすることは、鑑定人が経営判断に踏み込むことになり相当ではないと判断し、海外の事業展開を考慮に入れなかった」とある点です。将来業績予測を保守的に見るのであれば、割引率は下がる方向に向かうでしょうし、将来業績予測を積極的に見るのであれば、割引率は上がる方向に向かうでしょう。本来は、中庸の予測を行い、適切な株式資本コストを使用する方向で検討するのが筋だと思います。将来業績予測において、今後の海外事業展開を考慮に入れるか入れないかは、「鑑定人が経営判断に踏み込むこと」とは違うように思います。将来業績予測は、経営判断の集積に対する中庸的予測に他なりませんし、現に鑑定人の意見も「海外事業展開をしない」という経営判断を前提にした鑑定意見といっても差し支えなく、経営判断に踏み込んでないわけではありません。このあたりは、合理的ではなく、あまり説得力がないように思います。

4.その他雑感

本件では、鑑定料が5420万円!とのことであり、このうち4531万2097円が申立人負担とのこと。申立人と相手方の間でどういう負担割合が適切であるかはともかくとしても、さすがに鑑定料の5420万円は高いように思います。

両者とも抗告をしたとのことであり、今後、上級審で争われていくことでしょう(和解するには、差が開きすぎていると思います。)。おそらくDCF法を採用することについては、ひっくり返ることはないと思いますので、個別の価値算定にどこまで上級審が首を突っ込むのかが注目されることになると思います。

裁判所がどこまで企業価値評価に踏み込んで判断していくか、というのは、確かに難しい議論だと思います。特に、将来業績予測は中庸的将来像の予測とその数値化という難しいプロセスを経ます。また、本件を見ていると、裁判官は、おそらくなぜCAPM理論が正しいのか、完全に理解して今回の決定を書いたわけではないと思います。それが、「本件鑑定人の判断は、専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり」というフレーズに現れているように思います。ただ、これらの前提となっているロジックには、ロジックとしては抗いようのない論理的な帰結と、議論の余地の大きい部分があります。DCF法は、確かに、議論の余地が大きいかもしれません。ただ、釈迦に説法かもしれませんが、なんでもかんでも鑑定人の言うことが正しいわけではありませんので、そのあたりの精緻なロジックの積み上げというところへの追求は、当事者や裁判所の双方で必要だと思います。これは自戒の意味をこめてとなりますが、法律の世界は、常に実社会とともにありますので、日々、経済等の社会科学分野や科学技術等の自然科学分野への理解及び幅広い教養を身につけることが必要だと思いました。

※1
配当還元方式:将来、株主が受け取ると予測される配当を現在価値に引きなおす方法。当然のことながら、配当のみが企業の株主価値ではない。今後、何十年にも渡って、予測可能な配当があるのであれば、ある意味で適切となる余地があるかも?!

※2
取引事例方式:過去に於ける実際の売買事例を参考にする方法。効率的市場仮説に基づけば、直近の価格が企業価値を表していることになるのかもしれませんが、少なくとも特殊な市場環境下では、成り立ちにくいでしょう。

※3
純資産方式:資産から負債を差し引いた価格。継続価値を前提にしていない算定方式である。直ちに、清算するような状況では、純資産方式は合理的でしょう。

※4
類似会社比準方式:評価対象企業と類似した企業と比較する方式。類似した企業の選定の困難さがある上、類似した企業と環境が似ていないと使えず、類似した企業の価値算定方法も問題となる。

2008年3月27日  M.Mori
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