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企業と法律 第40回「ある会社のMSCB」

(毎週木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

1.MSCBの経緯

最近、一部で、ある上場会社が企図しているMSCBが話題になっています。

MSCBについては、板倉さんのエッセイで既に何度も取り上げられております。MSCBの性質やファイナンス的な意味について興味ある方は、下記エッセイをご参照下さい。

【参照エッセイ】
 ⇒ KISS 第67号「乱発MSCB」
 ⇒ ITAKURASTYLE「経営者なのか錬金術師なのか」
 ⇒ Deep KISS 第60号「GMO MSCB撤回」

最近の傾向として、市場全体では、MSCBの発行自体は減っていますが、完全になくなっているわけではありません。昨年の秋にもエルピーダメモリがMSCBによる大型の資金調達を発表する等の動きがありました。

ところで、MSCBについては、一時期かなり乱発されており、これに業を煮やした証券取引所が、昨年あたりから規制をかけていました。折角ですので、条文を見てみたいと思います。

JASDAQ「上場会社の企業行動に関する規範」(平成20年12月1日)

(MSCB等の発行)
第6条 上場会社は、MSCB等を発行する場合は、流通市場への影響及び株主の権利に配慮するものとする。
2 上場会社は、MSCB等を発行する場合は、MSCB等を買い受けようとする者によるMSCB等の転換又は行使を制限するよう当取引所が必要と認める措置を講じるものとする。
3 前項の規定は、当取引所が適当と認める場合には、適用しない。

第1項は、ファイナンスにおいて、経営者の当然の心構えのような規定ですが、規定しなければならないくらい流通市場への影響や既存株主の権利が無視されていた現実があったということでしょう。

個人的にも、法律事務所で適法意見の意見書を出すところが相当少なくなってきたとの話を耳にしたこともありますので、現実に発行するケースは、少なくなってきたのだと思います。

そこで、今回のMSCBの発行です。


2.ジャルコ社のMSCB発行

ジャルコ社の最近の流れを簡単に説明しますと、

特別損失の発生+業績予想の下方修正(赤字幅拡大)

代表取締役の異動

取締役が辞任、取締役が3名に(補足解説:取締役会を設置している会社の場合、取締役は3名以上(定款の規定があればその員数)でなければならず、仮に取締役の員数が3名の状態で取締役が辞任しても、取締役としての権利及び義務を負い続けることになる。)

監査役全員辞任

取締役会でMSCB発行決議:取締役3名のうち2名賛成、1名反対。辞任した監査役も全員反対。弁護士の適法意見も得られていない。(12日追記:11日付けで「平成21 年2 月27 日付で退任した監査役については、常勤監査役は取締役と同意見であり賛成、他二名の監査役からは特に意見表明はされませんでした。」と修正)

JASDAQによる勧告:会社は、これを無視して発行を強行する模様。

新株予約権行使差止等仮処分命令申立を受ける

一部訂正・修正・追加

となっています。(12日追記:「一部訂正・修正・追加」を追記しました。)

このMSCBは、下方修正条項付ですし、下限価格は1円であり、仮に1円で新株予約権の行使が行われた場合、希薄化の割合が1700%を超えるという凄い内容になっています。(12日追記:下限価格は4円となり、仮に4円で新株予約権の行使が行われた場合、希薄化の割合が515.7%を超えるという内容になった模様。)

会社側の言い分もあると思います。個人的な推測に過ぎませんが、一応、市場で株価はついているものの、実質的には0円であり、会社を延命させるには、MSCBの発行しかない。そうすると、株主価値0円の株がMSCBにより継続するのであれば、既存株主にとっても少しは得ではないかということでしょうか。

ただ、今回の調達される1億2000万円の使い道は、支払期日の迫っている借金の返済ということのようです。下記の2つは、いずれもプレスリリースから引用したものです。これを見ても、結局、調達したお金が、手形の決済、子会社への支払や人件費に行くのか、アテナへの債務をDESするのに使われるのか、すらよくわかりません。

プレスリリース2頁
「今回の差引手取概算額の120,000,000円は、枯渇している運転資金に使用いたします。内訳は3月前半に手形決済の160,000,000 円のうちの66,000,000 円、3月中旬に子会社への支払に82,000,000円支払ううちの34,000,000円、3月下旬に人件費として50,000,000円支払ううちの20,000,000円となる予定です。」  (12日追記:11日付けで「今回の差引手取概算額の120,000,000円は、枯渇している運転資金に使用いたします。内訳は3月中旬に子会社への支払いとして82,000,000円、3月下旬に人件費として50,000,000円支払ううちの38,000,000円となる予定です。」へと修正された。)
プレスリリース6頁
「平成21年2月27日付けで当社はアテナより1.5億円借入を受けており本件MSCBの発行日の平成21年3月19日に返済する予定であります。」

(注:アテナとは、MSCBの割当先のATHENA INVESTMENTと同一であろうと思われる。)

どちらにせよ、ここまで来ると、自転車操業といっても過言ではありません。個人的には、発行費用に3,000万円もかけて、DESをするくらいなら、そのお金で、民事再生をすればよいと思うのですが、もはやそれすらも難しいということでしょうか。

既存株主との関係では、実質価値0円からの若干回復するかもしれないスキームであるとして百歩譲って許されるMSCBだったとしても、流通市場に大迷惑をかけていることは間違いないと思います。


3.個人的邪推及び感想

本件で疑問なのは、なぜアテナは自転車操業状態になっているこの会社の債権を新株予約権に変えようとしているのかという点です。

これは完全な個人的邪推ですが、「債権より株式の方が市場で売れるから」ではないでしょうか。すなわち、この会社は、こんな状態ではありますが、市場では株価がついて取引されています。MSCBを取得後、新株予約権を行使して、株式に変え、市場で売却すれば、少しは現金化できるかもしれないということかもしれません。

最後に、プレスリリース2頁に「当社としてはその指摘を重く受け止めておりますが、法律に違反してはいない為、流通市場の機能及び株主の権利を深く尊重して取り組んでまいります。」とありますが、本当に、法律に違反していないのでしょうか。有利発行にあたる可能性があるので、弁護士は意見書を書かないのではないでしょうか。

本件の成行は気になるところであり、新株予約権の行使差止申立の結果も大変気になるところではあります。特に、証券取引所で売買させてはならないという仮処分が認められるかについては、事件当事者には失礼ながら、一法律家としては興味を持って先行きを見守っております。

なお、以上は、筆者の個人的見解であります。また、本エッセイは、投資の推奨等をするものではありません。投資判断にあたっては、投資者の自己責任でお願いいたします。


2009年3月12日  M.Mori
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