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企業と法律 第6回「インサイダー取引」


みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

今日は、インサイダー取引についてご説明したいと思います。

先週、ニッポン放送株インサイダー取引事件で、東京地裁が被告人である村上世彰氏(村上ファンド前代表)に対し、懲役2年、追徴金11億4900万円、罰金300万円の判決を言い渡しました。村上世彰氏は、即日控訴したとのことです。

「インサイダー取引」とは何か
そもそもインサイダー取引とは何でしょうか。
実は、巷で言われているインサイダー取引には、2種類あります。

(1) 会社関係者の禁止行為(証券取引法第166条)
(2) 公開買付者等関係者の禁止行為(証券取引法第167条)

よく、「インサイダー」や「内部者取引」と言われますが、「公開買付者等関係者」が行う場合にも適用されることがありますので、必ずしも「会社」の内部者ではないことにご注意下さい。今回のニッポン放送株インサイダー取引事件でも、村上氏はニッポン放送の内部者ではありませんでした。堀江氏という「公開買付者等関係者」が行う買付けについてのインサイダーということですね。

なぜ「インサイダー取引」が罰せられるのか
「投資家の保護」と「証券市場への信頼の確保」が主な理由と言われています。
株価が変動するような重要な事実を知っている人と知らない人では、情報の格差がはなはだしく、その重要な事実を知らずに売った人は、知っていれば売らなかったのに・・・と思うでしょう。ほとんど詐欺にあったに等しいものがあります。

重要な事実を知らずに安い株価で売ったり、逆に知らずに高い株価で買ったりすることは投資にはつきものであり、投資家は、それを防ぐように公表された重要な事実は見逃してはならないのですが、公表されていない重要な事実を知っている人はそれを知らない人との間でこっそり売買しまうと、それを知らない人が一方的に不利であり、このような不利な取引がないようにインサイダー取引が禁止されています。これが「投資家の保護」です。また、このような情報の格差が放置された市場では、重要な事実を知っている人ばかりが有利であり、そんな市場は誰も公正な市場だと思わなくなるでしょう。

したがって、インサイダー取引は放置すべきではないものであり、「証券市場への信頼の確保」のため、取り締まらなければならないのです。

「インサイダー取引」の要件
それでは、自分の取引がインサイダーかどうかは、どのようにすればわかるのでしょうか。

証券取引法第166条を見ていただければわかりますが、インサイダー取引関連の条文は複雑です。そこで、ここでは概要をお伝えしたいと思います。
まず、対象となる取引は、「上場会社等」の「特定有価証券等の売買等」です。したがって、上場会社等ではない会社は対象にはなりません(上場会社等の詳しい定義は証券取引法第163条を参考にしてください)。非公開の会社では、まず問題となることはありません。
次に、チェックポイントを見ていきます。

1.(a)会社関係者又は(b)会社関係者から重要事実の伝達を受けた情報受領者(一次情報受領者)が
2.会社の株価に重大な影響を与える重要事実を知って
3.重要事実の公表前に
4.特定有価証券等の売買等
をすると、インサイダー取引(「会社関係者の禁止行為(証券取引法第166条)」)になります。

ちなみに、ニッポン放送株インサイダー取引事件では、「公開買付者等関係者の禁止行為(証券取引法第167条)」が問題となりました。この「公開買付者等関係者の禁止行為」は、「会社関係者の禁止行為」と少し要件が異なり、
1´.(a)公開買付者等関係者又は(b)公開買付者等関係者から重要事実の伝達を受けた情報受領者が
2´.公開買付け等の実施または中止に関する事実を知って、
3´.その事実の公表前に
4´.株券等の買付け等
を行った場合に罰せられることになります。

読者の皆様が通常検討することになると予想される「会社関係者の禁止行為」において、重要なのは、会社関係者又は一次情報受領者かどうか、重要事実かどうか、公表されたかどうかということになります。

実は、上記のチェックポイントはかなり大雑把です。
1の「会社関係者」というのは、役員、従業員のみならず、帳簿閲覧権を有する株主、法令上の権限を有する者や契約締結者、契約交渉者等も含まれます。

また、2の「重要事実を知って」というのは、役員等については「職務に関して知った場合」となりますし、帳簿閲覧権を有する株主については「権利の行使に関して知った場合」となります。

また、何が「重要事実」に当たるかについても、法令は詳細な規定を置いており、決定事実、発生事実、決算情報、その他、子会社にかかる重要事実に分かれます。また、これらの要件に当てはまっても例外規定に該当し、インサイダー取引に当たらない可能性もあります。上のチェックポイントに当てはめて、あたるかもしれないと思った時は、条文や文献等で詳細に調べて、よくわからなければ、専門家に相談することをお勧めします。


インサイダー取引は捕まりにくいのではないかという質問について
一部では、インサイダー取引は捕まりにくいという誤解があるようですが、いつの時点で売買したかについては、全て記録が残っていますし、何せ人の口には戸は立てられません。証拠が残りやすい犯罪であり、決して捕まりにくいとはいえないと思います。また、正確なデータで検証したわけではありませんが、現に近年、摘発は増えているように思います。インサイダー取引は重大犯罪であり、他の重大犯罪と同様、犯した人間の一生を変えてしまいます。リスクとリターンの見合わないことは避けましょう。

ニッポン放送株インサイダー取引事件について
折角ですので、詳細に検討して、感想でも述べたいところですが、本件は刑事事件であり、事実認定や構成要件の該当性の判断等、厳格に行われているはずですので、判決全文を検討しない限り、詳細な検討は難しく、今回は詳細な分析を控えさせていただきたいと思います。

ただ、新聞記事に、「「重要事実」範囲を拡大」等とありましたが、本当にそのように判決を解釈できるのか慎重に検討した方がよいと思います。少し専門的な評釈になって恐縮ですが、これは客観的構成要件の問題なのか、故意の問題なのか、きっちりと分けて検討するべきであると思います。

事実認定として、ライブドア側の大量取得の決定は明確に行われており、その決定に対する村上氏の認識が問題となっているのであれば、「重要事実」の範囲という客観的構成要件が問題となるのではなく、故意の有無が問題となるはずだからです。とすると、どういう意味で踏み込んだ判断だったのか、再検証する必要があります。

この判決が認められると、M&Aの実務に制約がでるという意見がありますが、今回の判決が「重要事実」の範囲ではなく、故意の問題について述べたものだとすると、それは今までのM&Aの実務において、買収者側も対象会社の担当者も決定事項等のインサイダー情報(重要事実)について多少なりともルーズであったが、今回の判決を機に厳格にルールをまもならければならないという警告があったと考えればよいのではないでしょうか。

※ 具体的な事案がインサイダー取引に該当するかについては、専門家にご相談ください。本エッセイに基づき読者の皆様が行った取引については、責任を負いかねますので、ご了承ください。

P.S. 前回及び前々回に渡って言及したスティールv.s.ブルドックの地裁決定及び高裁決定は、以下のページからダウンロードできます。原文を直接ご検討されたい方はどうぞ!

地裁決定
高裁決定

2007年7月24日  M.Mori
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