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企業と法律 第23回「J-Power経営陣 vs TCI」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

最近の企業法務関連のトピックには、野村證券社員のインサイダー取引事件もありますが、今日は、熱を帯びつつある電源開発(J-Power)の経営陣とTCIの争いについて、フォーカスしてみたいと思います。

ただ、先にインサイダー取引について、一言お伝えしておきたいと思います。

インサイダー取引のポイントは、
① 怪しい場合は取引しない。
② 周りをインサイダーに巻き込まない。
③ 証券取引等監視委員会を中心に非常に監視の目が行き届いている状況にあり、全ての自分の取引が監視されているという自覚を持つ。
という3点につきると思います。

インサイダー取引かどうかよくわからない場合は、東証が発行している「こんぷらくんのインサイダー取引規制 Q&A」等で調べる等した上で、それでも確信を持てない場合は、弁護士に相談してください。「それがインサイダーに該当するとは知りませんでした」という言い訳は全く通りません。

それでは、電源開発(J-POWER)の経営陣とTCIの争いについて、検討したいと思います。

この案件は、2005年のニッポン放送、2006年の北越製紙、2007年のブルドックソースに続く、今年一番の買収関係の事件になる可能性が高いです。

この事件の特徴は、戦場が3つ程あり、それぞれで戦いが展開されているところにあります。

1つ目の戦場は前回も取り上げた『外為法』、2つ目の戦場は『株主総会(委任状争奪戦)』、3つ目の戦場は取締役の『責任追及』です。しかも、TCIは、英国政府に訴えかけたり、メディアに訴えかけたりと場外戦も盛んです。

1.外為法

前回、所管の財務省と経済産業省から投資の中止を勧告されたという話をしましたが、その後、TCIは中止勧告に応じなかったため、中止命令が出されています。これを無視すると、TCIは、外為法違反という犯罪になってしまいますので、中止命令について裁判所で争うか、買い進めるのをあきらめるしかありません。

2.株主総会(委任状争奪戦)

そこで、仕掛けてきたのが、株主総会における株主提案権の行使を匂わせた株主提案書の提出です。提案の内容は以下のとおりです。

① 持ち合い株式を含む株式投資を制限するため、
  株式投資の総額は50億円を上限とすることを定款に規定
② 取締役会に3 名以上の社外取締役を追加
③ 増配(120円又は80円/株・年)
④ 総額700億円の自己株式取得枠を設定

J-Power経営陣は、上記提案を全て拒否したため、TCIは反論を行い、今月21日には、株主提案権を行使し、委任状争奪戦を行う旨の発表をしました。この内容は、上記①~④の提案に加えて、
⑤J-Power経営陣が予定している配当(70円/株・円)への反対、
⑥J-Powerの現代表取締役である中垣喜彦氏の取締役選任への反対、となっています。

なお、このような上場企業の委任状争奪戦は、金融商品取引法上、一定のルールに則って行うことが決まっています。

来月に開催される株主総会で株主は、どのような判断をするのでしょうか。
直近のデータでは、外国:39.9%、浮動株:6.6%、特定株:38.2% とのことであり、日本生命、みずほコーポレート銀行等の日本の株主は、経営陣に賛成する方向になりそうですので、外国資本の投資家に左右されるでしょう。

3.取締役の責任追及

TCIは、今月13日、J-Power経営陣が(a)経費削減以外の理由で料金の値下げを行ったこと、(b)株式の持ち合いを行っていること、(c)電力規制緩和による新たなビジネスチャンスを見逃したことを理由として、監査役に対して、調査依頼をしました。

この調査依頼の背景については、少し説明が必要かもしれません。

会社法上、取締役の業務執行について調査権限があり、取締役の行為を差し止める請求ができ、会社を代表して取締役に対して責任追及のための訴訟を起こすことができます。

ただ、皆さんもご存知かと思いますが、日本の監査役は取締役に近い関係にあることが多く、現実に監査役が会社を代表して取締役に対して訴訟を起こすことは期待できません。そこで、会社法は、①株主が、監査役に対して、取締役への責任追及等の訴えをしてくれと請求し、その監査役が責任追及等の訴えをしてくれない場合は、②株主自らが会社を代表して、取締役の責任を追及することができるとしたのです。これを「株主代表訴訟」といいます。

今の段階では、TCIは、①の請求を行ったわけではなく、単に、監査役に「ちゃんと調査してよ」とお願いしたに過ぎませんが、これは今後、①の監査役に責任追及等の訴えを起こすことを請求し、②株主代表訴訟を行うかもしれませんよというポーズでもあるのです。


4.この後の展開

予想しても外れると嫌ですので、あまり予想はしたくないですが、一応、TCIが採るであろう今後の方針を考えてみたいと思います。

上記3つのうち、TCIが主戦場と考えているのは、2の委任状争奪戦でしょう。1の外為法に基づく中止命令を裁判所で争っても勝てない可能性が高く、争いが長期化する可能性もあるため、訴訟のための費用と期間を考えると、現実的ではなさそうです(とりあえず、拳を振り上げるかもしれませんが・・・)。

3の取締役の責任追及にしても、最終的には株主代表訴訟でどうしても決着をつけたいと思っているわけではなさそうです。取締役には、経営判断の原則(ビジネスジャッジメントルール(※)とも呼ばれる。取締役の経営判断にはよほどの不注意がない限り、広い裁量が認められるとする原則)が認められており、上記(a)から(c)のうち、特に(a)と(c)には取締役の広い裁量が認められそうだからです。(b)については、利益相反関係が問題とされる可能性もないわけではありませんが、取締役の責任を認める程かは、ちょっと疑問です。また、外為法と同じく、訴訟のための費用と期間もかかりそうです。

一方、2の委任状争奪戦については、外国人投資家と浮動株で45%以上あるところを見ると、期待できそうです。(ちなみに、今からJ-Power株を購入しても、この株主総会には出席できません。)

他の展開としては、今、買収防衛策を準備していないJ-Powerが緊急導入型の買収防衛策を導入して、TCIを追い出しにかかる方法が考えられないわけではありません。

ただ、ブルドック型の防衛策では、株主総会の同意が必要となりますから、委任状争奪戦対策にはなりません。従って、仮に、そのような方法を採るとしても、取締役会のみで決議できるような防衛策を導入することになるでしょう・・・

今回のケースは、株主と取締役と監査役の関係を考える上で、非常に勉強になるケースでもあります。ここ数年ずっと議論されている、会社と株主の関係について、改めていろいろなことを考えさせられるものです。


※ 日本の経営判断の原則は、米国のビジネスジャッジメントルールと少し異なる判断枠組みが用いられているとする考え方もある。

2008年5月27日  M.Mori
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