(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
板倉雄一郎事務所パートナーの森です。
パナソニックの三洋電機買収の交渉については、メディアを通じた情報戦や価格の駆け引きもあり、なかなか難航しそうです。
パートナーの渋谷さんのエッセイにもありましたが、一株当たりの価格交渉は、これからが佳境でしょう。環境的には、種類株保有者はいつか株を売却する必要があり、今回は絶好のチャンスですので、どうしても買収する必要のないと思われるパナソニックの方が有利なはずなのですが、種類株保有者の方も非常に交渉上手なような気がします。
3.種類株式の買収とTOB
さて、前回のエッセイに続き、パナソニックの三洋電機買収に立ちはだかる壁の中で、法的な壁についての第二弾です。今回は、種類株を買う場合に、TOBをしなければならないかという問題です。
というのも、三洋電機の普通株主にとっては、今回を機にTOBで保有株式を売却できるかという判断に影響するからです。この問題は、厳密に考えると、
論点①:今回の件で、TOBをする必要があるか
論点②:TOBをするとしても、普通株式を含めて、全部の株式を対象としなければならないか。それとも、種類株式のみをターゲットとして、TOBをすることができるのか
という2つの問題があります。
この問題に入る前に、TOBについて、おさらいをしておきたいと思います。
【TOBとは】
TOBとは、公開買付けと言われる制度を意味し、会社支配権等に影響を及ぼし得るような証券取引について、透明性・公正性を確保するためのものです。
具体的には、取引所市場外で株券等の大量の買付け等をしようとする場合に、(a)買付者が買付期間、買付数量、買付価格等をあらかじめ開示して、(b)株主に公平に売却の機会を付与する必要があります。また、実質上、市場内外を通じて、急速に1/3以上を買い付ける場合も対象となります。具体的には、
○多数の者(60日間で10名超)からの買付け
⇒買付け後の所有割合が5%を超える場合
○著しく少数の者(60日間で10名以内)からの買付け
⇒買付け後の所有割合が1/3を超える場合
というルールになっています。
ただ、法令上、いくつかの例外(適用除外)が規定されており、そのうちのひとつに、「25名未満全員同意」というものがあります。株券等の所有者が25名未満であり、当該株券等の全ての所有者が同意している場合は、TOBをしなくてよいというルールです。
今回のパナソニックによる買収については、このルールの解釈が壁となります。
【検討】
この問題の検討は、条文や判例の解釈等を詳細に行う必要がありますので、まず、私なりの結論をお伝えしたいと思います。なお、この結論は、私の私見以上のものではなく、回答の正確性を保証するものではありません。また、結論にいたる過程については、複雑な上、今後の最高裁判例等で変化する可能性もありますので、ざっくりとしたものにしたいと思いますので、ご了承ください。
まず、結論ですが、
【論点①:今回の件で、TOBをする必要があるか】
現実的に考えると、TOBをする必要がある。
なお、種類株式を全部買わずに、(種類株主全員からの同意を取得して)実質的な所有割合において2/3未満しか取得しないのであれば、TOBをしなくてもよい余地が生まれると思われるものの、あまり推薦できる方法ではない。
【論点②:TOBをするとしても、普通株式を含めて、全部の株式を対象としなければならないか】
TOB後のパナソニックの所有割合が2/3以上となる場合は、普通株式も種類株式も全部対象としたTOBをしなければならない。
TOB後のパナソニックの所有割合が2/3未満となる場合は、種類株式のみをターゲットとするTOBでもよいと思われるが、この見解に反対する解釈の裁判例もあるので注意が必要。
【論点①:今回の件で、TOBをする必要があるか】について少し詳細に説明しますと、
・パナソニックが現在及び将来においても、普通株式を買い付ける予定や意思がある場合は、TOBを行う必要がある。
・このような予定や意思がない場合であっても、平成20年7月9日のカネボウ事件東京高裁判決を前提にすると、TOBを行う必要があると思われる。ただ、この判決は、最高裁によって変わる可能性がある。
・仮に、上記東京高裁判決を前提にしなくても、全部の種類株式を買うのであれば、普通株主のみによる種類株主総会を開催して過半数の同意が必要(その前に、議決権の2/3以上の賛成を得て、定款変更を行う必要があるかもしれない)。ただ、一部の種類株式のみを取得して、全ての種類株主から同意書を取得した上でTOB後の所有割合を2/3未満に抑えるのであれば、TOBをしなくてもよいかもしれない。
となります。
【論点②:TOBをするとしても、普通株式を含めて、全部の株式を対象としなければならないか】について、解説しますと、
TOB後の所有割合が2/3以上となる場合は、対象者の発行する全ての株券等について、TOBの対象としなければならないという「全部勧誘義務」というルールがありますので、70%を対象とするようなTOBはできません。今回は、種類株だけで2/3を超えますので、基本的には普通株式も含めたTOBが必要でしょう。ただ、種類株主との合意が成立し、とりあえず、一部の種類株式のみを買収するのであれば、種類株式のみをターゲットとするTOBも考えられます。ただ、平成20年7月9日のカネボウ事件東京高裁判決を前提にすると、種類株式のみをターゲットとするTOBは不可能と解される可能性もあり、この判決が最高裁によって変わらない限り、現実的には、難しいかもしれません。
【結論】
三洋電機の普通株式を持っている投資家にとっては、90%以上の確率で、TOBがあるでしょうとは言えると思います。
この件で、日経新聞やヴェリタスに記事があります。ただ、いくつか誤解を招く可能性のある部分もありますので、少し補足しておきたいと思います。
11月9日付けの日経ヴェリタス7面の記事で、70%取得を前提にした議論がありますが、これはまずあり得ないと思います。TOBを行わないためには、普通株主のための種類株主総会の決議が必要となりますが、これは現実的ではありません。また、TOBを行うとすると全部勧誘義務にひっかかり、70%をターゲットとするTOBはできません。
また、11月24日付けの日経新聞14面の記事に、仮に、パナソニックが三者の同意を得て優先株だけを相対取引で取得した場合、今回の高裁判決に基づけばTOBをすべきだったとして違法とされる可能性があるという部分があります。しかし、もし優先株を「全部」取得するのであれば、現行法では、上で述べたとおり、普通株主のための種類株主総会の決議が必要となりますので、高裁判決の有無にかかわらず、基本的には違法となります。(カネボウ事件当時の旧法では、違法にならない可能性がありました。)
今回の話は、非常に難しい内容を含んでいます。結論として、相当高い確率で、TOBが行われるであろうと認識いただければ、問題ないと思います。
この件では、カネボウ事件の東京高裁判決を前提にすると、パナソニックは、ターゲットをどう設定するにせよ、TOBを行わざるを得ないと思われます。このあたりは、実務担当者が苦慮するところだと思います。判決の内容次第で、実務家がクリアーすべき壁がより高くなってしまった一例のように思います。
※ 投資は、自己責任です。TOBが行われなくても、責任は負えませんので、あらかじめご了承ください。
2008年12月2日 M.Mori
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