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パナソニックが三洋電機買収を視野に協議(その2)

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。

前回11月13日に書いた話題に引き続き、今回もパナソニックによる三洋電機買収協議について、その続きを書いてみたいと思います。

前回のエッセイ(この話のアウトライン)
法的観点からの考慮点(by Mori弁護士)

では早速、まずは前回の最後に書いた、パナソニックの投資意思決定指標である「CCM(Cost Capital Management)」についてです。


【パナソニックの投資意思決定指標】
パナソニックでは前任の中村邦夫社長の時代、松下版EVAである、
「CCM(Cost Capital Management)という指標を設定し、その指標に則った事業投資に対する判断を推進してきたようです。

また、その指標から見て「外れる」と判断された場合は、投資しないばかりでなく、事業からの撤退も検討するなどして、全社的な投資効率を上げていくよう努力してきたようです。

その結果、パナソニックのROIC(投下資本利益率)は、2003年度の2%台から着実に上昇し続け、2007年度には7%近くになっています。
※1:当事務所定義によるROIC:みなし税引き後営業利益÷投下資本で計算。


そのパナソニックのCCMの具体的定義(計算方法)は以下です。

 (投下資本利益率 - WACC )× 投下資本

上記数値が0以上の場合のみ、投資対象として適格とする。

これ、一般的なEVAの計算と全く同じです。要するにEVAが0以上(つまりROIC-WACCスプレッドが0以上)でないと投資しないというごく当たり前の(だが多くの企業経営者が理解していない)事を示しています。

EVAと基本概念は同じなのですが、企業によってその細かい数値の取り方の定義は違います。

細かい定義について、パナソニックの場合、、

 投下資本:売上債権 + 棚卸資産 + 固定資産 + 投資等
 ROIC:(営業利益 + 営業外損益)÷ 投下資本
 WACC:8.4%程度(推定)

といった格好となります。

これらのソースに関しては、IR担当者に電話で開示頂ける部分については、直接聞きました。WACCについては、非開示という事でした。そこで、ある大学教授(松下電器出身でファイナンスを教えている)の論文に、過去の数値として8.4%が使用されていたと書かれていたため、IRにこの数値が正しいのかと具体的に質問しました。

すると、明確な回答はできないが、現状でも大きくは違わないとの回答を得たため、この数値を推測値としました。

ROICの分子から、みなし税が引かれていないのは、我々が普段使っているものとは違っています。

推定値ではありますが、ここで得られた8.4%というWACC値を、この後で活用していきたいと思います。

これはつまり、パナソニックとしてはROICが8.4%を超える事業でないと投資すべきでないという事であり、パナソニックに投資している投資家の期待収益率がこのぐらいだと考えられるという事です。

ちなみに補足ですが、現状大坪社長の体制になってからは、対外的にCCMの具体的数値目標などは公表しておらず、専ら社内の指標として使用しているそうです。

中期経営計画などにおける対外的な指標に関しては、ROE 10%を目標としているそうですが、それには「適正なDE比率を維持した上で」という前提がつく、とIR担当者は話されていました。


【この先のバリュエーション前提】
バリュエーションに入る前に、まず大前提を置かせてもらいます。
買収する側のパナソニックは、三洋電機の「経営権を握る」ことを前提としています。

そして、最低でも議決権の50%を持つ事による子会社化、最大ではTOBも含む100%株式の取得、またその中間で、全ての優先株を取得して、議決権の実質70%を握るなど、様々なパターンが考えられ、各方面から色々な推測がなされています。

しかし、これらのケース各々について議論しだすと、今回のエッセイの主旨からずれるため、ここは100%の株式を取得して「完全子会社化する」または「吸収合併する」という前提を置かせてもらいます。

現時点で可能性のある最も有力な形とされているのは、優先株全てを買い取り、実質70%の議決権を得るというもののようです。

しかしそうなると、残りの株式についても全てTOBで買い取る義務が生じてくるという報道や意見もあります。種類株を取得する場合に、TOBが必要かどうかという点については、当事務所パートナーのMori弁護士も「精査して突き詰めた訳ではないが、ザックリ調査したところ、多分そうなる可能性が高そうだ」と同様の見解を示しており、この点も上記の大前提を置いた理由の一つです。

ここらへんの会社法に基づく詳しい根拠や議論・分析については、別途Mori弁護士のエッセイで取り上げて頂ける予定なので、是非そちらを参考にしていただければと思います。

それと、もう一つ考慮しなければならないのが、優先株がどの程度普通株に転換されるかについてです。

これについても、色々と推測や議論が出ているようですが、「全て普通株に転換される」との前提を置きたいと思います。

現状、この優先株が全く転換されていないため、時価総額が2,900億程度とありえない数字になっています。この優先株の「普通株への転換権」というオプションは、パナソニックに付与されたものではなく、大和SMBCPI、GSグループ、三井住友銀行の3投資家が持っているものです。

従って、パナソニックが買収する以上は、これらの3投資家にとって有利な形となった上で(その形にならなくとも、そのオプション価値を反映した上で)、売却されるものと考えます。

ここの部分をまとめると、パナソニックは三洋電機の

・潜在株を含む100%の株式を取得する
・優先株は全て普通株に転換される

という二つの大前提を置いて、この後の議論を進めます。


【三洋電機のバリュエーション】
次に、エンタープライズDCF法を用いて、買収云々は関係なく単純に、三洋電機をバリュエーションしてみました。

最近の世界的金融危機と、その後に予想される中期的な実体経済の悪化を考慮して、しばらくは景気が上向かないとの前提で、かなり保守的な業績予測に基づいた「シナリオ①」を、まず作成しました。

グラフには出ていませんが、この保守的シナリオでも6年目以降は、二次電池やソーラーパネルの将来性を理由に、かなり業績が上向くものとしています。

(クリックすると大きな画像が表示されます)

T.S_016_1.gif


加えてもう一つ、今年5月に三洋電機が発表した中期経営計画をベースとして、多分ありえないだろうと考えられるぐらい、相当に強気かつ、バラ色の「シナリオ②」も作成しました。

(クリックすると大きな画像が表示されます)

T.S_016_2.gif


ここで、三洋電機発表の中期経営計画の内容に対する見解を補足します。

一連の金融危機が顕在化する前に発表したためか、今後の業績目標について非常に強気な内容となっているとともに、今後3年で3,600億円という巨額の設備投資を実行するとしている点でも、成長路線を志向した強気の内容となっています。

強い電池事業などへの設備投資を重点的に行ない、圧倒的優位に立とうという点は評価できるのですが、その他の採算の悪い事業に対し、整理・売却・撤退などを考えるのではなく、何とかして生き延びさせようという内容になっており、その点では「総花的」と言わざるを得ないと思います。

これら中身を考慮すると、三洋単独では目標数値の実現は相当難しいのではないかというのが、個人的な感想です。

ちなみに参考までに日興シティのアナリスト・レポートでは、営業利益で今期(2008年度)489億円、来期(2009年度)452億円、再来期(2010年度)672億円を想定しており、シナリオ①により近い両者の中間といったところです。

上記2つのシナリオに対して、設備投資、減価償却費、運転資金の増減などを考慮して、フリーキャッシュフロー予測から企業価値を求める訳ですが、上記中期経営計画と関連して、ここで設備投資について一つ補足をしておきます。

中期経営計画では「今後3年間で3,600億円の積極的な設備投資を実施する」としていますが、一方で「フリーキャッシュフローがマイナスとならないよう投資する」とも言っています。

その点より、シナリオ②では十分な営業キャッシュフローがあるため、会社計画通りの設備投資としていますが、シナリオ①ではそうするとフリーキャッシュフローがマイナスとなってしまうため、そうならないよう営業キャッシュフローの範囲で投資を行なうというシナリオとしています。

そうして出てきた数値が以下です。
(クリックすると大きな画像が表示されます)

T.S_016_3.gif

ここで、WACC計算の元となるKe(株主資本コスト)に、前出の8.4%を「参考までに」使ってみました。
「参考までに」というのは、パナソニックが設定している前提とは少し違うからですが、詳しくは後述します。

ただ、パナソニックが「株主として」投資すると考えた場合、8.4%の利回りを得たいと考えるなら、2つのシナリオに則った価値は、上記のように一株あたりの理論価値が103円または169円だという事です。

個人的にはシナリオ①の方が、より現実に近いものだと考えています。


【営業利益から算出する事業価値】
上では、DCF法でのバリュエーションにおいて、単純にKe(株主資本コスト)に8.4%を使用するという方法で、参考適正価値を算出しました。
次に、パナソニックのCCMに関して、もう少し具体的に考えてみると、投下資本利益率の分子はフリーキャッシュフローではなく、「営業利益 + 営業外損益」となっていて、みなし税は引かれていない上、投資・減価償却・運転資金も考慮されていません。

そこで、単純に営業利益に着目して、その実質価値について試算してみたいと思います。(※2:文末に注釈あり)

先のDCF法と同じ方法で、フリーキャッシュフローの代わりに、営業利益の将来予測値を用いて、シナリオ①、シナリオ②について、8.4%で割り引いた割引現在価値を計算します。
(クリックすると大きな画像が表示されます)

T.S_016_4.gif

これの意味するところは、8.4%の投資効率を求める上で、将来上がってくる営業利益を、いくらで買えばよいかという事になります。

ここでさらに、DCF法の時と同様に非事業価値、債権者価値などを加減しているのは、単純な事業投資と違って、大前提で書いた通り、会社全体を買う事になれば、その保有現金や借金などがすべてセットでついて来るためです。

シナリオ①では一株あたり理論価値が155円、シナリオ②では238円となりました。

僕自身はこの155円という線が、パナソニック側からみてまあ妥当な線であり、この価格で買えれば、CCMからみた指標にも合致しているのではないかと考えています。
ただし、その前提条件として、今後の経営に対して「あれはいけない、これはいけない」とか「事業とブランドの継続」などの制約条件がつかず、自由な経営ができるとした場合です。

この価格で買った上で、シナジー、合理化、効率化を追求し、それがある程度実現できれば、その実現分がパナソニックの利益となるのだと考えます。

また、買収後に努力に努力を重ね、すべてが上手くいったと仮定した場合のシナジーなどが実現する度合いの最大値が、シナリオ②の業績程度だと考えています。つまりもし仮に200数十円で買ったとした場合、最大限のシナジー可能性を織り込んだ形となり、シナジーがそれを下回るリスクが多分にある訳ですから、高すぎる買い物という事になると考えます。

この方法で最初にザックリ計算をした時に、2007年度営業利益の761億円を初期値、その成長率を2%として継続価値を計算してみたところ、、、

 761億 ÷(8.4% - 2%)= 1兆1,890億円

となり、シナリオ①の約1.2兆円とかなり近い数字となっていました。
また、一株155円という数値は、昨日(11月26日)の終値150円ともかなり近いですね。(といってもあまり意味はないですが(笑)。)

ちなみに11月25日付けの報道で、「一株120円程度とする方向で協議開始」と報じられているようです。

もしこの数値が現実のものとなるのなら、何らかの経営の自由度を奪う条件がついているか、さもなくば昨今のマーケット状況を反映してか、パナソニックにとって「お得な買い物」になる可能性もあるのではないかと考えます。

さて色々と書きましたが、読者の皆様の見解はいかがでしょうか。
ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年11月27日  T.Shibuya

PS)
120円というのは、読売新聞が報道したらしいですが、ネットで拾ったそのニュースを抜粋すると以下です。
------------ここから--------------
(前略)
TOB価格を120円と報じたのは、三洋電が発行している優先株が普通株に転換すれば、株式総数が約3倍に膨らみ、株価は下落すると見ていることが背景だとしている。
(情報提供:投資レーダー&ストック・データバンク)
------------ここまで--------------

一体何を言おうとしているのか、意味がさっぱりわかりません(笑)。

 PS2)
GSグループは120円での交渉をしない(または交渉打ち切り)とも報道されています。
これは高く売ろうとするための、かけ引きのように思います。
もしくは、この時点では売らずに保有しておき、パナソニック配下で企業価値が向上するのを待って、その後のイグジットをしようと画策しいてるのかもしれません。

その関連のニュースの中でも、テクノバーンが「パナソニックが提示した120円という買い取り価格では、ゴールドマンの簿価を下回るため、仮にゴールドマンがこの価格で売却に踏み切った場合、ゴールドマンは多額の損失を抱えることとなる。」と報じています。
何故簿価を下回るのか、多額の損失になるのか、これについても意味がさっぱりわかりません(笑)。 (ソースはコチラ)
このニュース書いた人は、まさか優先株一株を120円と計算してるのでしょうかね???


(※2注釈:細かく難解な話なので興味のある方、上記部分で疑問を感じた方のみお読み下さい)
営業外損益についてはここでは無視しています。また、分母となる投下資本も厳密にいえば正確には反映していません。なぜならCCMの前提となる投下資本を計算すると、三洋電機では総資産の70%程度、パナソニックでは同61%程度となります。
B/Sが連結された場合、三洋電機の残り30%の部分が、よりB/Sの大きなパナソニックの40%部分で代替できるのか否か、またどの程度なのかを正確に試算、反映するのが困難であるため、そこまで厳密な試算はしていません。





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