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パナソニックが三洋電機買収を視野に協議

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。

先週金曜日、11月7日にパナソニック株式会社、三洋電機株式会社の両社連名で、既に報道されていたタイトルの件に関して、正式なリリースが発表されました。

パナソニック株式会社発表のプレスリリース
三洋電機株式会社発表のプレスリリース


この件に関して、様々なメディアや証券会社などから、分析記事やレポートが発表されています。当事務所でも「パナソニックがどのくらいの価格で三洋電機を買収するのが適正なのか」についての見解を出すべく、鋭意調査及び分析を進めています。

本来であれば、ある程度ざっくりとでも、本日のこのエッセイで何らかの結論を書きたかったのですが、どうにも調査すべき項目が膨大で、まだそこまでには至っていません。

当事務所としては、会社側から買収条件の正式発表があってから、それに対するコメントを出しても遅いという考えのもと「たとえ外れたとしても」当事者からの正式発表の前に、何らかの見解を出した方がより価値があると考えています。

そうした中、上記に紹介した現状のプレスリリースを見ると、具体的条件の発表予定に関する記述として、
「今後、鋭意協議を重ねまして、2008年12月末を目途に進捗状況をお知らせする予定です。ただし、その前に一定の合意が成立した場合には、決定し次第速やかに開示いたします。」となっています。

上記のニュアンスからして、また様々な複雑な要素が絡んでいる点からしても、早々に結論が出てきそうな状況にはないと思われます。

これ幸いという訳ではありませんが、次回の僕のエッセイ(11月27日予定)までには、何らかの見解をまとめ、紹介したいと考えます。

と、今回ここで終わってしまうと、単なる「お知らせ」になってしまい、折角アクセスしていただいた読者の方に申し訳ないので、せめて皆さんのリマインドを兼ねて、「途中経過」だけでも書きたいと考えています。

これまで調査して、ある程度考えの方向性なりがまとまっている範囲で、定性的情報が中心となりますが、今回のエッセイを書かせていただきます。

1. 三洋電機の特殊な資本構成

三洋電機は、2005年3月期決算から三期連続で最終赤字に陥り、そして「継続企業の前提に関する注記(ゴーイングコンサーン注記)」が出されるなどして、相当に深刻な経営危機に瀕していました。

その危機からの経営立て直しのため、緊急の資本増強を必要としており、2006年3月に金融機関3社から、会社側(当時の既存株主)にとってものすごく不利な条件で、3,000億円の優先株発行による資金調達を実施しました。

これは、MSCBよりひどい屈辱的な資金調達ともいえます。

その優先株発行の直前、約20年間にわたり、社長、会長を歴任した元最高顧問、井植敏氏が別の証券会社一社を引受先とする3,000億円の転換社債の発行を画策、2006年2月の臨時取締役会で提案したそうです。

しかし既に三洋は優先株発行を決定済みで、井植敏氏の私案は幻に終わりました。

この私案というのがまさにMSCBであり、転換価額の下方修正条項などの詳細条件はわかりませんが、時価より10%低い価額で株式に転換できるというものだったそうです。

しかしそのMSCBをはるかに凌ぐ、ひどい条件での優先株発行が、結果的に採用される事となったわけです。

それほど深刻な経営危機であり、背に腹は代えられなかったのでしょうが・・・。

その優先株の発行及び特殊な資本構成について、ポイントをまとめると。。

【優先株発行時期】
 2006年3月14日
【引受先】
 大和証券SMBCプリンシパル・インベストメント
 (以下:大和SMBCPI)、
 ゴールドマン・サックス・グループ
 (以下:GSグループ)、
 三井住友銀行の三社
 【優先株概要】
 A種優先株 発行価額700円、
 2007年3月14日以降普通株10株に転換可能(議決権あり)
 B種優先株 発行価額700円、
 2006年3月15日以降普通株10株に転換可能(議決権なし)
 【発行株式数】
 A種 182,542,200株、
 B種 246,029,300株、
 合計 428,571,500株
【資金調達額合計】
 3,000億円
【引受先内訳】
 大和SMBCPI 1,250億円、
 GSグループ 1,250億円、
 三井住友銀行  500億円
【配当の権利】
 普通株の10倍
【財産分与権】
 発行価額と同じく700円を優先的に分与される

つまり、発行当時300円程度だった株価に対し、この優先株は、実質70円で割り当てられたという事です。

現在、普通株への転換はされていませんが、全て転換された場合の潜在的な株式の状況は、
現状発行済株式数:1,872,338,099株(30.4%)
A種優先株による潜在株式数:1,825,422,000株(29.6%)
B種優先株による潜在株式数:2,460,293,000株(40.0%)
であり、優先株を持つ三社が全体の70%の議決権を、潜在的に握っているという格好になります。

2. パナソニックの狙いとシナジーの可能性

これは書くまでもなく、皆さんよくご存知だとは思いますが、ズバリ狙いは「電池事業」でしょう。

三洋電機のエナジー事業領域と呼ばれる、二次電池(世界シェアトップ)太陽電池(世界シェア7位、変換効率世界トップクラス)の分野は、収益性も高く非常に優秀です。

2007年度の電池事業においては、売上高4,884億円(全社の23.4%)に対し、営業利益は558億円(全社の73.3%)を稼いでいます。

営業利益率も11.4%と、全体的に収益力の低い三洋の事業の中でも突出しているだけでなく、比較的収益力の高いパナソニックのどの事業部門よりも優れているくらいです。

また、最近発表された、今期(2008年度)2Qの同事業の営業利益率は15.5%とさらに跳ね上がっています。

これほど元気でかつ将来性の高い事業を持っているにもかかわらず、買収されなければならない三洋電機の経営陣は、経営危機と優先株発行という経緯があったにしても、相当に悔しい思いなのではないでしょうか。

また逆にパナソニック側としては、恐らく本心は電池事業だけ買収できるのがベターと考えているでしょうが、三洋の大株主や経営陣からすればとんでもない話なので、そうは問屋が卸さないでしょうね。

また他の不採算事業などもまとめて引き受けるのが、社会的責務と考えているかもしれません。

パナソニックにとって三洋の電池事業の統合は、もちろん「戦略的」にも大きな意味を持ちます。経営統合検討の共同会見の場で、パナソニックの大坪社長が「グローバル・エクセレンスを目指すには、長期的な成長を担うエンジンがもう一つ必要」と述べたそうです。

日興シティグループのレポートによると、2009/03月期の三洋電機の二次電池事業売上高予測は3,850億円、営業利益率予測は9%。パナソニックは同1,840億円、7%。単純合算すると、売上高5,690億円、営業利益470億円(8%)となり、2番手のソニーの1,980億円、160億円(8%)を大きく引き離すことになります。

同業のライバルに差をつけるだけでなく、電池事業の規模拡大は、今後、電池の超大口顧客となるであろう「自動車メーカー」との力関係においても、非常に重要になってくると考えられます。

他に考えられる狙いとしては、パナソニックの住宅事業・住宅設備事業とのシナジー、それにパナソニックの既存海外販売網、新規開拓ノウハウを利用しての、電池やソーラーパネルの売上拡大もあります。

その他には、家電製品全般の売上規模が増加する分、最近力が強くなっているヤマダ電機などの小売量販店との交渉力に、多少の影響があるかもしれませんね。

ただし、完全に重複している白物家電、AV機器、半導体、電子部品などの事業は、パナソニックが圧倒的に強く、三洋のそれら事業はお荷物と考えられるため、本来であれば捨ててもいいぐらいに考えているかもしれません。

この部分のリストラや合理化にどれだけ深く踏み込めるかは、統合成功のかなり大きなファクターとなるのではないでしょうか。

その点に関して三洋電機の佐野清一郎社長は、「ブランドと事業の継続」に相当こだわっているようなので、買収条件の交渉においてかなり揉める可能性はありそうです。

3. 各社アナリストのバリュエーションと見解

何故か判で押したように、各社のアナリストのバリュエーションが「100円(一株あたり)」です(笑)。

例を挙げると、
・ EBITDAや将来価値などに基づいて一株あたり約100円と算出(クレディ・スイス)
・ 妥当PBRからみてターゲットプライスは100円(日興シティ)
・ 収益指標から見た株価は100円強あたりが妥当な水準と考えている(TIW)

算出方法はそれぞれ別なのに、何故か100円がコンセンサスのようです。
中でも日興シティの、PBRから算出する根拠がよくわかりません。

詳しい計算ロジックも見たのですが、その意味するところもよく理解できませんし、そもそもこれから買収されて、事業を継続する会社のバリュエーションにPBRを使うのは現実的なのでしょうか。

また、その他についても、○○からと書いているだけなので、計算ロジックは不明です。

次に妥当なTOB価格予測についてですが、これは各社まちまちで幅があります。

具体的には以下のようです。
・ 成長余地の大きい電池事業のポテンシャルをどれだけプレミアムとして織り込むか、交渉当事者の思惑等にも拠るが、買収価格は130円 ~ 150円前後となる可能性が高いだろう(TIW)
・ 優先株を買い取る形での買収となった場合は、その取得原価3,000億円が基準となり、20%プレミアムなら3,600億円、50%なら4,500億円。または年利10%^3年(日興シティ)で計算するとその範囲内に収まる。
→ 84円 ~ 105円という事
・ パナソニックは過去の買収案件で、20%程度のプレミアムを付けたケースが多いので、100円のバリュエーションに対して120円 ~ 140円の間が妥当な線になるが、最近の株価(11/7終値203円)を考慮すれば、140円 ~ 200円が軸になる可能性も(リサーチアナリスト田端航也氏)

いずれにしても、売主が利益をこのぐらい要求するだろうからといった、結構アバウトな数字が並んでいます。

4. 考え方の方向性

かといって、両社のシナジーや合理化を、定量的に計算するのは非常に困難であると思いますので、そこまできっちり出すのはちょっと・・・という感じです。すみません。

ただ、一つの考え方として、三洋電機のDCFに基づくバリュエーションと、パナソニックとしての「投下資本利益率」に着目した算定をしてみたいと考えています。

実はパナソニックは、株主資本コストやWACCに基づく投資基準について、明確な考え方を持っていて、既存事業であれ、新規事業や投資案件であれ、一定の基準に満たない事業は、株主価値破壊を起こす不採算事業として整理の対象となっています。

そのようにして、全社的な収益力、投資効率を上げていくことにより、近年投下資本利益率を着実に上昇させてきました。

具体的な指標としては、EVA的なものとしてCCM(Cost Capital Management)という独自の社内指標を意思決定に用いているのと、対外的にはROE目標を掲げています。

もちろん単にROEだけなら問題があるのですが、次回にそこらへんの指標についての詳しい説明とともに、妥当なTOB価格に対する何らかの見解についても、ざっくりではありますが算出してみたいと思います。

ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年11月13日  T.Shibuya


 





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