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経営経験者からみた投資 第13回「経営者・投資家の適性(6)」~経営者の苦労(3)~

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

板倉雄一郎事務所の渋谷です。
前回は「人間関係」の苦労のうち、共同経営者に関する経験につい書きましたが、今回は「詐欺的社員」などに関する話です。

前回僕のエッセイで、

『次に副社長の以前からの知り合いで、優秀な営業力と実績を持つという「営業部長」を採用することになるのですが、この人物についての苦労は後半の次回で書こうと思います。』

と書きましたが、今回はその人の話からです。

その人を採用したのは会社をスタートして間もなくの時期で、事業計画と資金調達などは大体の目処が立っていましたが、まだ組織はおろか、事業を遂行していく「人」が全く揃っていない状態でした。
ですから、とにかく急いでやるべき事が山ほどあり、目が回るほど忙しい状況でした。

そこでとにかく優秀で、仕事をどんどん進めてくれる営業担当の幹部を探していたのですが、ある時、副社長の心あたりで「いい人間がいる」という話が出てきました。


そして我々は当然のように、その人物にアプローチをすることになりました。


早速アポイントを取って、副社長とともにその人に会いに行き、うちに来てくれと引き抜きの交渉をしに行ったのです。

彼は僕や副社長より少し年配の人でした。
過去に、同じ業界内では有名だった一部上場会社の比較的初期の頃から、その会社のサービスの立上げの企画や、サービスの拡販に尽力した実績があったそうです。
そしてその後、同じ業界の別の会社に役員として転職し、その会社で経営陣として経営改革を行っていたそうです。

そういう話を聞いていると、とにかく過去にしてきた仕事の実績が素晴らしく、どうしても来て欲しいという気持ちになりました。当時の我々の会社の状況からして、そのステージに相応しい非常に魅力的な人材に見えたからです。

それで常務取締役という役職と、かなりいい条件での報酬や待遇を提示し、ねばり強く交渉をした結果、なんとか今の会社の役員を退任して、うちに来てもらえることになりました。
ある事情により、役職は当初予定していた常務ではなく取締役営業部長となりましたが、彼に入社してもらいました。


しかしこの採用も、後で大きな苦労に繋がるものだったのです。


その営業部長が入ってすぐにおかしいと気付いたのですが、なぜか優秀なハズの彼が、一日中机にすわったまま、仕事どころか「作業すら」全く何もしないのです。
当初は、何かすごく壮大なプランでも練ってくれていて、そのためにじっくり構えて動き出さないだけなのかとも思いました。

社内は全員、息つく暇もなく忙しく仕事をしているので、彼だけ異様に浮いている状態が続いていました。
しかし、待てど暮らせど、彼は一向に動き出す気配を見せず、机にすわって延々とネットサーフィンをし続けているのです。

指示を出さない方が悪いのではないかとの考えもあるかもしれませんが、彼のこれまでの実績が本当であり、役員としてベンチャー企業に入った以上、指示しないと動かないなんていう状況は通常は考えられませんよね。

さすがに痺れを切らした総務部長が、僕に許可を得た上で営業部長を呼び出し、「このまま働かないのなら解雇するぞ」と通告しました。
「俺は本来なら常務だ」と思っている上、自分より遥かに若い総務部長にそう言われた営業部長は、怒り心頭で、全く働かない自分の事は棚に上げて、僕に不満をぶつけて来ました。

その後この人はある営業活動の場面で、数人の部下とともに「おっ」と思うような実績を、瞬間的には上げたことがありはしましたが、結局総合的には高い報酬を遥かに下回る働きしかしてくれませんでした。

彼の書いた華々しい経歴書や、彼が自らの実績や能力について自信に満ちて語るプレゼンテーションに騙された気分だったのですが、結局僕自身に人を見る目がなかったのだと思います。
それとも、ある程度確約された報酬なりの条件を先に与えてしまったので、そのために本気で働かなかったのかもしれませんが、真相は今でもよくわかりません。


そんなこんなで、元々営業部長を連れてきた副社長は、「若造(総務部長)にそんな事を言わせるお前の責任は重い」と僕に詰め寄って来ますし、解雇や報酬ダウンなど、営業部長を冷遇することには強硬に反対しました。

副社長曰く、会社には色々な役目の人間がいて然るべきで、「仕事をする」人間だけが必要なのではなく、組織を保つためにはそれ以外の役回りの人間も必要なのだと言っていました。

副社長自身は、これまで見たこともないぐらいがむしゃらに働く人間で、相当な実績を上げていましたので、その話には妙な説得力があり、納得はできないまでも「そんなものなのか」と思わせられる部分は確かにありました。

しかし今考えると、官公庁や安定した大企業でもあるまいし、ベンチャー企業でそれはないだろうと思いますし、やはり社内に自分の味方を確保しておくための詭弁だったのだとと思います。
当時何もかもが混乱した状況だったので、そういう冷静な判断もできなかったのかもしれません。


一事が万事そういう状況で、社内は特に幹部中心にゴタゴタ続きの険悪な状態となり、人間関係を保つだけにエネルギーを使うのに精一杯で、事業の推進どころではなくなってきていました。
今思えば、そのようなゴタゴタに悩み、目前の最大の重要事項だと思えるそれらの問題を解決しようと空しい努力をすることに、殆どの時間と労力を裂いていたような気がします。

もちろん、指導力を発揮して社内をまとめられない自分自身の力量のなさに、一つの原因があるのですが、経営者にはその力量が求められるのです。


そんな中でさらに、副社長・営業部長 vs 総務部長・経理部長という形でそれぞれが派閥のようになって、激しく対立する状況となり、両陣営が社長である僕を取り込もうとして、「相手側のクビを切れ」と、執拗に説得工作を試みながら迫って来るようになります。

営業部長だけは使い物にならないと判断していたので、すぐにでも切りたいとは思いつつも、なんとか争いを丸く収めて仕事を進めなければいけない状態でした。
ですから自分なりに、その状況を打開する努力を毎日続ける訳ですが、この苦労というのは、僕の場合は資金繰りの苦労より遥かに大きかったかもしれません。

そもそも事業そのものが思わしくなかったので、それが社内の雰囲気や人間関係に悪影響を与え、そこから負のスパイラルに陥っていたのかもしれませんね。

その後の状況は、もう悲惨そのもので、仲の良かった経理部長と総務部長も、最後はお互い僕に対して「あの人は能力がない」といってそれぞれの陰口を言って来ますし、副社長と仲の良かった筈の営業部長も、前回書いた副社長の驚くべき行為に対して、「横っ飛び!」と言って批判していました(笑)。


そんなこんなで、社内の人間関係では相当に苦労をしたのですが、その会社を始める当初はそんなことは夢にも想像しませんでした。
単純に優秀な人ばかりを集めれば組織として機能し、会社は上手く回っていくものだと「おめでたい」解釈をしていました。本当に世間知らずですよね(笑)。

実は一部の例外を除き、役員、社員ともそれぞれの得意分野では相当に優秀な人たちが集まっていましたし、外から見れば「ドリームチーム」なんて言われたこともありました。
しかし優秀な人ほど、一癖があったり一筋縄でいかない場合も多いですし、更に人間は「自分の意思」に基づいて動く訳ですから、常にこちらが望む方向に向いて動いてくれるとは限りません。

彼らのベクトルを上手くコントロールし、進むべき方向に向かって進んだり、そこで機嫌よく本来の実力を発揮してもらうのが、なんと難しいのだろうと思い知らされました。

今から考えてみると、そう突出して優秀でなくても、真面目で普通の能力を持った人を集めて、じっくりと育てていく方が組織として機能するには、良かったのかもしれません。


しかし、ここで一つ注意が必要です。


ただ彼らも闇雲に、「自己の利益」だけを追求していたのではなく(例外も当然ありますが)、それぞれ彼らなりに程度の差はあれ、会社や事業発展を考えて、そのために行動をしていた筈です。

経営者はそのメンバーそれぞれの主張や行動が、
・ 単に自己の利益のためのもの
・ 本人は会社のためにやっているが、その方向が間違っているもの
・ 会社のためにやっていて、かつその方向が正しいもの
のどれであるかを判断し、それぞれに対処する必要があるのです。

「人身掌握」という言葉がありますが、起業を志す人は、そういう強い指導力を発揮し、人々をまとめていく豊富な経験があったり、少なくとも得意でなければ、僕と同じように人間関係で苦労することになると思います。


しかし、もしそういう経験などなくとも、社内の人たちの心を一つにまとめ、同じ方向を向かって事業を推進していけるケースもあると思います。


それはリーダーが、皆が賛同する「確固とした理念」に基づいた、「強力なエネルギー」を「常に揺らぐことなく」、そしてさらに「継続的に」発し続けることだと思います。
そうすれば経験などなくとも、メンバーの心は自然と一つにまとまるのではないかと思います。

つまるところ自分の失敗の根本原因はそこにあり、最初はある程度強力なエネルギーがあったので、色々な経営資源が集まったのですが、いくつかの苦労を経るうちに、そのエネルギーがどんどん弱まってしまったために、これまで書いたような結果を生んでしまっただのだと思います。

ですから、僕の第1回目のエッセイで書いた、
『「壮絶な苦難の連続」を、「強い意志」を持って、へこたれず、諦めずに、乗り切れる能力を持った人なのか。』
というのは、最も重要な経営者の資質なのだと思います。

2007年12月20日  T.Shibuya
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