板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  パートナーエッセイ >  By T.Shibuya  > 株価はマーケットが決める?

株価はマーケットが決める?

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。
米リーマン・ブラザーズ破綻のニュースが引き金となった株価の大幅下落が心配で、それどころではないという人もいるかもしれませんが、本日はその「株価」とそれにまつわる「自社株買い」について、また関連して「配当」などについての話題を書きたいと思います。(参考エッセイ:Deep KISS 第91号「自分勝手自社株買い」)

上場企業の経営者やIR担当者が、自社の現状の「株価水準」についてどのように考えるかを質問されて、「株価はマーケットが決めるもの」と返答するケースをよく見かけます。

古い話で恐縮ですが、僕が特に印象に残っているのは、今は跡形も残っていないクレイフィッシュという会社が2000年3月に、米Nasdaqと東証マザーズに同時上場し、史上最年少経営者による快挙と騒がれた時のインタビューでした。
当時その会社の経営者は、記者会見で株価について(過大評価ではないかというニュアンスの)質問をされ、上記のように回答しましたが、心なしか口元がほころんでいるようにも見えました。

そのケースとは逆に、株価が安値に放置されている場合の言い訳コメントとして使われるケースもよく見かけます。

そして「株価はマーケットが決めるもの」という回答の後に、「だから株価についてはコメントしない」とか、「適正かどうか考えていない」とか、「関知しない」というニュアンスの発言がなされる場合もありますし、またその際さらに理由として「株価のために経営を行なっている訳ではない」という主旨のコメントがつく場合もあります。

過去にソフトバンクの孫正義氏が「時価総額経営」を標榜したり、ホリエモンが「時価総額世界一」を目指したりして、後に株価だけを追求するやり方は、インチキであったり、間違っているとして、相当に批判されたりもしたため、一見上記の考え方やコメントは、正しくて真っ当なイメージがあるかもしれませんし、また世間的にもある程度許容されている雰囲気があるような気はします。


しかし本当にそうなのでしょうか。

確かに言うまでもなく「株価対策」だけのために、何か手を打つのは全くの邪道ですし、そんな経営者は真っ当ではないと思います。
(それでも某上場企業のCFOによると、IRに電話してきて「分割して株価上げろ、ゴルァ!」とか、「何か材料出さんかい!」といった類のトンデモナイ要求をする人たちもいたようですが(笑)。)

そこで、いちいち株価を気にするのではなく、本来の事業に専念し、業績を上げる事によって株主価値を向上させ、株主に報いるのだという主張をよく耳にしますし、それは一見真っ当で素晴らしい主張に聞こえます。

しかし、本当に自社の株価に対して、どの程度が適正なのか関知しないし、注意も払わないのだとすれば、その経営姿勢は、株主から見れば問題ではないでしょうか。

投資においても事業経営においても同じく、「調達サイド」と「運用サイド」があり、どちらも非常に重要ではあります。しかし運用サイドばかりに気をとられ、調達サイドに目を向けないのは、経営者として十分ではありません
株主価値向上のためには特に「調達サイド」にも目を向けて経営を行う事が必要であり、それが株主価値向上のために「より効率的に」寄与するというのは、これまで当サイトのエッセイやセミナーでも散々主張している通りです。

それから考えると、「株価には関知せず、本来の事業にしっかり打ち込む」という一見真っ当な方針は、「運用サイドはしっかりやるが、調達サイドは重視しない」という事に他ならないのだと思います。


では、実際の企業のオペレーションにおいてどう影響するのかについて、その具体例を「自社株買い」のケースについて考えてみましょう。

最近、自社株買いを行なう上場企業が増えていますが、会社の価値に基づく適正株価を関知しない企業は、どういうタイミングで自社株買いをするのでしょうか。
そういう質問に対しては、株価を関知しないという会社に限って、「状況に応じて、弾力的かつ機動的に行っていく方針です」などという答えが返ってきたりしませんか(笑)。

これで思い出すのは、政治家や政府首脳などがよく言う「○○の状況等を勘案して、総合的に判断する。」というコメントです。

こういった発言と同じく、単に最もらしい形容詞が並んでいるだけで、何も意味ある内容が伝わって来ませんし、「何でもいいからこちらの判断を盲目的に信用して従いなさい。」と言っている様にも取れます。

自社株買いについては、当事務所で常々主張している下記ファイナンスの原則

株主価値に対して割安な時価総額の時点での自社株買いは、
自社株買いに応じず株式を保有する既存株主が得をし、
その分自社株買いに応じて株式を手放す既存株主が損をする。

からすれば、株主価値の向上を真剣に考え、株主に報いるという姿勢があるなら、自社の株価に「無頓着」という事はあり得ないと思います。


この話と関連して、そういった株主還元については「配当のみ」によって行なう方針のため、株価は関係ないと言っている会社もあります。
しかし配当を受け取った株主には税金がかかるため、自社株買いの方がより効率的な資金の再投資ができますし、上記のように株価状況によっては更に効率的な株主還元が可能である点を考慮すべきだと思います。

さらに自社株買いだけでなく、逆に増資などの資金調達、株式交換を使ったM&Aなどの際にも、適正な株価がどうあるのかというのは、極めて重要になってくるため、「株価に無頓着」というのは、大いに問題があると思います。


そういった点について、素晴らしいオペレーションをしている例として、ウォーレン・バフェット氏の経営するバークシャー・ハザウェイは、本来の価値に対して株価が安くなれば、すかさず自社株買いを入れ、それによっても株主価値を向上させ続けいてる話は有名ですね。

また、以前僕のエッセイで何度か紹介した日本電産もそうです。
日本電産の投資家説明会株主総会に出席した時の話を紹介しましたが、書くべき事が多すぎて、自社株買いのコメントについては具体的に紹介していなかったので、この機会に紹介させていただきます。

自社株買いについて質問された時の永守社長の回答は以下のようなものでした。

「具体的な価格は言えないが、当社の株価がある水準を下回った時、こんなに安い値段なら出ている売りもの全てを私個人で買いたいと思い、財務スタッフに相談した。そうすると、それは色々な制約のために出来ないが『自社株買い』という方法があると教えられた。そこで『よし。それだ!』という事になり、それ以降当社が考える株価水準を下回れば、すかさず自社株買いを行なうようにしている。」

バフェット氏の場合もそうですが、こうする事によって自ら個人で株式を追加購入しなくても、個人としての株式保有比率は上昇します。もちろんどちらのケースも、個人の保有比率を上げる事のみを主目的としている訳ではないと思いますが、大株主として他の株主と同じ目線に立つという意味でも、意義深い事だと思います。

そのような「調達サイド」を重視した財務オペレーションや、ファイナンスの基礎については、当事務所から発売している以下のDVDで詳しく学んでいただく事が出来ます。
ご興味のある方は、是非ご検討下さい。

DVD第5弾「財務オペレーションと企業価値」
DVD第2弾「Discounted Cash Flow 入門」

ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年9月18日  T.Shibuya

PS) 本文でも話題の出てくる、日本電産がTOBの提案を発表しましたね。

東洋電機製造株式会社に対する資本・業務提携に関する提案書提出のお知らせ
東洋電機製造株式会社に対する資本・業務提携のご提案説明資料

ざっと内容を見てみましたが、この提案が日本電産の投資判断にどう影響するのか、非常に興味深いところです(ちなみに東洋電機製造の方は、すでに売ってもらえる状況にはありません)。
次回の僕のエッセイでは、この件について僕なりに調査してみて、その解説を書いてみたいと思います。






エッセイカテゴリ

By T.Shibuyaインデックス