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経営経験者からみた投資 第11回「経営者・投資家の適性(4)」~経営者の苦労(1)~


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

板倉雄一郎事務所の渋谷です。

前回ちょっと別の話題を書きましたが、今回からまた「経営者・投資家の適性」シリーズに戻りたいと思います。

これまでのエッセイでも度々書いていますが、起業家や経営者というのは非常に苦労が多い仕事です。以前、起業家志望の人から「具体的に何がそんなにつらいんですか?」と質問されたことがあります。

その苦労を実際に経験したことがない人にとっては、あまりそれがイメージできず、どちらかというと華やかで、いい部分にばかり目が行きがちなのだと思います。

実際、僕自身が過去に味わった苦労など、世の中の多くの経営者の方が普段、毎日のように味わっている苦労と比較すると、多分屁みたいなもので、本当の苦労を経験したとは言えないぐらいかもしれません。

それでも、「再度起業家として、ベンチャーをやりたいか。」と質問されれば、何かものすごく燃えるよう動機なり、相当なリターンの見込みがない限り、やりたいとは思わないのが正直な気持ちです。それより自由なペースで仕事ができ、リスクの調整が遥かにやり易い「投資家」を選ぶと思います。

実際僕が経験した苦労は、以下に大別できます。

まず売上不振・資金調達などからくる「資金繰り」の問題。

それから詐欺的社員、共同経営者との不和、社内派閥抗争などからくる「人間関係」に関する問題です。

一般的にはその他にも、もっと色々とあるかもしれません。

今回はその中でまず「資金繰り」について書こうと思います。

資金繰りの問題によって味わう苦労というのが、一般的にも多くの経営者が最もつらいと感じる苦労ではないでしょうか。

まず僕の身近な経営者の話として、以前にもこのエッセイで書きましたが、自分に多額の保険金を掛けて、資金ショートを回避しようとしたA社長の例があります。

それから次に、僕のやっていた会社が当時アライアンスを組んでいた、別のベンチャーの社員だったある知人の話です。その人がそれ以前に経営者だった時に、多額の借金を抱えて苦労していた時代のことを、こっそり教えてくれました。

彼はDMなどの印刷物を扱う会社を経営していたのですが、会社の規模を拡大しすぎたため、固定費がかさんで多額の借金を抱えてしまいました。

そのままの経営状態では、どう考えても借金を返せないと考えた彼は、なんと顧客を騙す犯罪に手を染めて、借金を完済したのです。

具体的には、顧客から注文を受けたDMの部数に対して、実際は大きくその注文を下回った部数しか印刷せずに発送処理を行い、一方で注文数分の金額を売り上げとして顧客に請求するという手法です。売上げはそのまま、原価が大きく下がるのは当然ですよね。

この手法を重ねることにより、大幅に利益率が改善されたその会社は、なんとか借金を返済し、完済できた段階でその人は会社をたたんで、サラリーマンとなりました。
そして二度と経営はしないそうです。

次に、うちでCFOをしてくれていた人が、うちの会社の失敗後、次にCFOとして入ったベンチャーの話です。

その会社は今ではマザーズ上場に成功し、また最近東証一部にも昇格したほどの会社になりました。

しかしスタートアップ当時は、やはり資金繰りで苦しんでおり、社員の給料が払えないため、社長が夜中にファミレスでアルバイトをして、それで給料資金捻出の足しにしていたそうです。

そのほかにも事業失敗によって、先祖代々受け継がれている土地の殆どを手放さざるを得なかった上、それでも足りずに、結局自ら命を絶った例も身近にありました。

上記の例全てに、何か共通点を感じませんか?

僕が感じるのは、いずれの例も「バカげている」という点です。

つまり、自分に多額の保険をかけたり、顧客を騙す犯罪に手を染めたり、社長がファミレスでアルバイトをしたり、自らの命を絶ったり、それらは全て合理的とは考えられない行動だと思うのです。

しかしだからといって、上記の人たちをバカにしている訳ではありません。
つまり「資金繰りの苦労」というのは、相当に経営者を追い詰め、経営者の合理的な判断能力を奪ってしまうほど、それだけ強烈で大きな苦労なのだろうということです。

しかし「資金繰り」というのは、経営を行う上で意図せずとも、必ず経営者に付きまとってくる問題なのです。

これらの例に比べると、僕自身が経験した資金繰りは苦労とは言えない程度のものです。

それでも、殆ど売り上げも上がらすどんどんキャッシュだけが出て行く中、資金調達のためにベンチャーキャピタルなどの投資家を回って、必死で事業計画のプレゼンを行うのは、つらく厳しく、時間に追われる毎日でした。

そして肉体的にも、精神的にも安堵できる瞬間は殆どなく、夜も眠れない毎日が続いたものです。

上記のどの話にしても、文章で読んでいると(僕も含めて)他人事のように思えるかもしれませんが、自分自身の経験は思い出しただけでも腹の底から背筋にかけて「ずっしり」と響いてくるような、生々しく、重苦しい感覚が甦ってきます。

次回は「人間関係の問題」による苦労について書きたいと思います。

2007年11月22日  T.Shibuya
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経営経験者からみた投資 第10回 「大金持ちのふりをして金持ちになる人たち」
PS)
資金繰りの苦労といえば、「社長失格」を読むのをお忘れなく。
でも実際読んでみると、どうしても「苦労を生々しく知る」というより、映画を観たり、ジェットコースターに乗ったりする感覚で、娯楽のように楽しく夢中で読めてしまうのかもしれません。





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