板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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ニュースのバイアス

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。
昨日のエッセイでも話題に出ていましたが、最近、セミナー以外の新規事業の計画段階や、セミナーに関連する新規プロジェクトなどで「卒業生の方々とともに」関わる機会が多々あります。

そして、それらに参加されている皆さんの優秀さ、仕事や課題への取り組み、そのアウトプットのスピードとクオリティに対して、驚くべきものを感じています。

それだけでは、何のこっちゃわからないとは思いますが、それらの事業やプロジェクトについて、まだ公にできる段階ではないため、「何のこっちゃ」がわかるように具体的に書いてしまう訳にいかず、上記のような抽象的な表現となってしまいすみません。

そこで話は随分と飛んでしまうのですが、そのプロジェクトに関わるある卒業生の方からご紹介いただいた日経ビジネスの記事から、本日の話を展開したいと思います。

その記事というのは、、
日経ビジネス2008年8月25日号 の「ネット流通の研究 楽天 仮想商店街、世界へ」と題された8ページにわたる記事です。

その記事の最初のページを開くと、まず目に飛び込んでくるのは、目立つ赤文字で「Speed!」と大きく書かれた横断幕(コレ最後まで覚えておいてください)、その横の大スクリーンに写る三木谷会長兼社長(以下三木谷氏と表記します)が、乾杯の音頭を取っている「楽天EXPOの懇親会」の写真です。

そしてその写真と重ね合わせて「成長続ける楽天軍団」と題した急激な右肩上がりのグラフが目を引きます。

グラフによると2001年第一四半期に5,195店舗だった店舗数が、7年後の2008年第一四半期には24,273店舗と4.7倍、また同様に87億円だった流通総額が7年後には1587.6億と、18.2倍に急拡大した事が示されています。

さらにその隣には、高島屋、大丸などの大手百貨店の年間売上と、楽天の年間流通総額を比較した棒グラフがあり、そこではそごう、西武百貨店、阪急百貨店などを押さえて、楽天が上から5番目に並んでいるのが目を引きます。

次にその下の本文にざっくり目を通すと、「大手百貨店の売上成長率は、最も良くて1.2%、そして多くが前年度割れなのに対して、楽天軍団の流通総額の伸びは20%以上もあり、今年度、三越(4位)、伊勢丹(3位)の規模に届く勢いである」という主旨の文が書かれています。

ここまで読んで、皆さんはどう感じられましたか。

正確にその印象が伝わっているかどうかわかりませんが、少なくとも僕自身はこの最初の見開きのページだけで、「楽天っていつの間にか、そんなに凄くなってたんだ」と感じ、少々驚きました。

そして本文を読み進めていくと「これでもか!」というぐらいに、「楽天すごいぞ!」という話や事例が展開されます。

まず、中国の安い製品に押される典型的な斜陽産業であり、存亡の危機にあった地方のタオル屋さんが楽天出店によって息を吹き返し、バブル期のピークの売上を超えた話。

次に、ネイルサロン出身の女性社長が、社長とアルバイトスタッフだけで運営する仮想店舗で、月商1億円を超えた話。
(上記2つの事例は、ECコンサルタント(ECC)と呼ばれる店舗サポート担当者の指導が、功を奏したのが成功の要因とのこと)

そして、トヨタ自動車で欧州の部品流通を確立した物流のプロをトヨタから引き抜き、楽天独自の物流ネットワークを構築することにより、顧客サービスの向上を図るとともに、さらに他の運送業者などと提携して、空便トラックを満載化する夢を実現しようとする話。

また、台湾楽天市場の開設を皮切りに、中国や欧州へ世界展開する話。

更に、国内店舗の海外販売を支援するための、国際物流・決済業務、関税情報の提供、WEBページを24(+7)カ国語へ自動翻訳できるサービスを提供する話など。

どうですか。楽天ってすごくないですか。

そして記事の最後に総帥の三木谷氏が登場し、経営戦略やもろもろについて語っています。

そこで語られている内容はいろいろ(一部後述)なのですが、楽天の「すごい話」を散々読んだ後、その勢いというか、余韻が残っている状態で読んだので、妙に説得力があるというか、納得させられそうな感じなのです。

そしてさらに最後の最後に、お約束の記者からの少しネガティブトーンの入った、辛口コメントで記事が締めくくられます。

読み終えた感想としては、記事の最初のインパクトとすごい話の羅列によって、あるバイアスがかかってしまったため、三木谷氏の話に妙に納得し、最後の辛口記者コメントはあまり頭に入らないという状況であり、楽天がすごくいい会社で将来性があるかのような感覚を覚えました。


しかしここまでの話は、あくまで「定性的」かつ、印象にもとづく話が中心です。


そして次に、この非常に良さそうな会社を、投資対象として見た場合はどうだろうかとざっくりと財務諸表等を見ていき、投資に値する会社なのかを分析してみたいと思います。(ちなみにこの先の分析については、あくまで個人的な判断によるもので、皆様にとっても必ず正しいとする訳ではありません。)

前提として、楽天といえば、やはりベンチャー企業というイメージが強く、上述の記事の内容も「流通革命」が強調されていますし、将来の成長期待がかかる事業に投資するというのが一般的な投資家の感覚だと思います。

まず手軽な所で、日経BP社が配信する8月8日付のニュースを見てみましょう。タイトルは「楽天の08年中間期、営業利益が35.7%増、23.1%増収」とやはり業績好調のようで、すごく良さそうに見えます。

中身を読んでみると、多岐にわたる各事業の業績が紹介されていて、事業によって多少の好調・不調はあるようですが、本業であると思われるEC事業も含めて、全体としておおむね好調のようです。

そして全社の営業利益額が半期で182.7億円ですから、単純に2倍してみても、上場企業の中でもそう小さくはない金額になりますし、営業利益率もそう悪くないようです。

次に例によっていつものツールの出動です。

最初にB/Sを見てみましょう。

T.S_008_E1.jpgいつもこのツールを使っているのですが、何やら見慣れない感じのグラフになっています。しかしここで言えるのは、3期前に極端にB/Sが大きくなり、その時点の総資産が1.6兆円を越えているのと、資本(緑色部分)が、普段よく見る優良企業と違って極端に小さく、つまりは借り入れによるレバレッジを大きく利かせている(自己資本比率が低い)ことが分かります。

ですから、先ほど営業利益の額はかなり大きく見えたのですが、収益力が高いからという訳ではなさそうで、それなりに大きな資金を注ぎ込んで、収益を上げているようですね。

では、その収益力を測るROIC(投下資本利益率)を見てみましょう。

T.S_008_E2.jpg 大きなマイナスもしくは限りなく0に近いプラスであるため、高収益にはほど遠く、なんとかソブリンに投資するのと大して変わらないかもしれません。

次に資本内訳のグラフです。
  
T.S_008_E3.jpg一般的な見慣れた優良企業では、薄緑色の当期未処分利益が、棒グラフ中央のうち大部分を占めるケースが多く、その場合はこれまで積み上げてきた利益が、資本の大部分を占めているという意味です。

それに対して楽天の場合は直近の2007年12月期を見ても、グラフ中央は普通株と資本準備金で占められており、当期未処分利益については、グラフ右側の減算項目に入っています。

これはすなわち、会社設立からこれまでに利益を積み上げるに至らず、前期(2007年12月期)までを累積すれば、まだ赤字だという事になります。

次に、重要なキャッシュフローです。

T.S_008_E4.jpgここからも、前期以外のFCFはマイナスで、毎年資金調達によってキャッシュを賄っているのがわかり、安定的にキャッシュを稼いでいるようには見えません。

これらデータを総合すると、何か最初のイメージとは随分異なる気がしませんか。

一点お断りしておきたいのは、これらのグラフは簡易的に自動的作成したものであるため、事細かに財務諸表の数値を全て確認した訳ではなく、完璧な数字に基づいたものではありません。

また、楽天の事業には証券、ノンバンク等の金融事業が含まれているため、特にB/Sやキャッシュフローにおいて、純粋な事業会社との単純比較はできないという要因もあります。

従ってつまりは、楽天という会社は、純粋なベンチャー企業というよりは、ソフトバンクやかつてのライブドアと同様、様々な業種の会社の買収を重ねる事によって、B/Sをどんどん膨らませ、いわば「ごった煮」のように、何の会社がわからなくなっているのです。

ですから、この非常に複雑化した会社の中身をここから更にブレークダウンして、細かく分析すれば、ひょっとしたらすごくいい事業、高収益事業、将来性のある事業があるのかもしれませんが、これ以上手間ひまかけて分析する価値は、あまりないと感じます。

なぜなら、仮に投資したい事業が一部あったとしても、その事業だけに投資するのは、その事業を丸ごとバイアウトなどで譲ってもらうしか方法はなく、現実的には不可能だからです。

ザックリではありますが、以上のような調査を経て、冒頭のすごい記事を再度読み返してみました。そうすると、不思議なことに全く別の文章のように思えてきます。

売上を伸ばしても儲からなければ意味はないとか、何万店も店舗があれば、そりゃ2店舗ぐらい特別に上手くいく店舗があっても全く不思議ではないとか、新規事業や物流システムなどは新たなチャレンジとしてはいいが、上手くいくかもしれないし、上手くいかないかもしれないとか。

そして、もし仮にそれらが全部本当にすごく上手くいったとしても、巨大なB/Sを抱える楽天の「株主価値をどれだけ向上させられるのだろうか」とか・・・。

「何の会社なのかって? 俺が教えて欲しいぐらい(笑)。」

本当に本気でそう言ったかどうかは判りませんが、三木谷氏の語りを紹介する最初の部分は、こう始まります。

それに続く文章についても、最初読んだ時に妙に納得させられたのとは違い、どうも「違うんじゃない?」という感想に変化しました。

例えば「(楽天での)ショッピングはエンターテイメント」が基本フィロソフィーであり、「個人店主とやり取りしながらモノを買うコミュニケーションの場」なんだそうです。

僕自身は楽天の利用者ですが、そんな煩わしい事は一切関係なく、単純に「価格」と「利便性」だけが利用する理由です。

そして三木谷氏は、「会員ビジネスとしてのポテンシャル」を何度も強調します。

要するに楽天で買い物をした利用者にIDを発行して囲い込み、ショッピングだけでなく、トラベル、証券、カード(金融?)なども利用してもらって、シナジーを生み出すような事を言っています。

これはかつてホリエモンが言っていた事とほぼ同じですが、一利用者個人としては、これには全く賛成できません。ですから楽天会員だからといって、全て楽天系のサービスを利用するなんて事は全くなく、実際に使っている会社は、個々の良し悪しによって決めるため、バラバラです。

三木谷氏のこの主張は、ごった煮の会社になってしまったために、後付けで言い訳をしているようにも聞こえます。

ただ上記2点については、あくまで僕個人がそう思うのであって、もっと若い皆さんなど、そうではないという方も居られるかもしれないので、議論が別れる部分かもしれません。

そして次に、懐かしい感さえあるTBSの話になります。

ここで三木谷氏は、「皆さんと僕とではタイムマネジメントの目線が、だいぶ違う」として、ことさら「ゆっくり」取り組んでいる事を、何度も強調します。

しかし最初にも紹介した通り、「スピード!」という標語は、楽天の企業理念の一つでもあるそうです。

そして、TBS騒動勃発当初の会社リリース資料(中身は何が言いたいのか意味不明ですが)にも、「スピードある経営」が明記されています。

これは現状の手詰まり状況や、多額の借金をしてROIC数%程度のTBS株を強引に取得した点について失敗と見る向きが多く、「ゆっくりやる」なんて言い訳している場合ではないのではないでしょうか。

そして、最後の最後に書かれている、記者の辛口コメントに再度目を通します。

今度はここの文章が強烈に頭に入ってくるのですが、
・ 出店者をケアするECCの質が追いついておらず、誰もが担当店舗の売上を伸ばせるわけではない点
・ 約1200億円で取得したTBS株式の時価総額が約680億円と塩漬け状態になっており、収益が悪化の一途をたどる同社の株式を保有し続ける明確な理由は、今のところ見当たらない点
について指摘されています。

なんだ。ここの部分がこの記事の「本質」だったのかよ、という感じです(笑)。

結論として、楽天への投資判断としては・・・
三木谷氏の経営手腕を盲目的に評価するのなら、BUYではないでしょうか。

という事で後半特に、極端にネガティブな視点から見た書き方をしましたが、それが全て正しくて、楽天は全くのダメ会社だと言っているわけではありません。
そうではなく、何事も印象の赴くままに判断するのではなく、多面的な角度から見たり、数値を根拠としたファイナンス的視点から見たりする事の重要性をお伝えしたかった訳です。

今回ご紹介した分析については、非常にざっくりではありますが、当事務所の合宿セミナーでは、様々な業種、様々なステージの企業に対して、ファイナンス的視点からの定量的な財務分析を行なうスキルを身につけていただく事ができると思います。

ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年9月4日 T.Shibuya





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