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日本電産によるTOB提案

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。

月曜日のアメリカ市場の下げは凄かったですね。
その影響もあり火曜日の日本市場も大幅に下げ、また世界経済をけん引するアメリカの金融不安により、世界的な景気見通しの不透明感は増すばかりです。

前回のエッセイでは、日本電産による東洋電機製造へのTOB提案の話題について書く事にしていましたので、予定通り、この話題について書いていきたい思いますが、ここでも一連の株価下落の影響が少しは出ている様に感じます。

具体的には、前回「東洋電機製造の方(株式の事)は、既に売ってもらえる状況にはない」と書きましたが、マーケット急落の影響がどの程度あるかは別として、現状は「売ってもらえる」状況にあります(笑)。

かといって、不透明感漂うこの状況の中、確実に儲かるなんて言うつもりは、もちろんありません。

それでは、今回のTOB提案について、詳しく見ていきましょう。

【概要】

今回の話を簡単にまとめますと、小型モータの幾つかの分野で世界トップシェアを誇る日本電産(6594)が、鉄道用モータ、パンタグラフなどを製造する東洋電機製造(6505)に対し、TOB (Take Over Bid:公開買い付け)を提案、東洋電機製造の株式を最低50.1%以上、最大で100%を買い付けようとするものです。

(日本電産による発表資料)

リリース: 東洋電機製造株式会社に対する資本・業務提携に関する提案書提出のお知らせ
説明資料: 東洋電機製造株式会社に対する資本・業務提携のご提案説明資料

(TOB提案を受けての東洋電機製造による発表資料)
本日の日本電産株式会社からの「東洋電機製造株式会社に対する 資本・業務提携に関する提案書提出のお知らせ」について

今回の買収提案は、幾つかの特徴があるので、まずその点を整理してみます。

● これまで27社をM&Aし、ことごとく成功させてきた日本電産による「初めてのTOBによる」買収提案である点。
● 日本電産は最大100%の株式を取得したいとしており、ハゲタカと疑われる人たちや、ホリエモンなどのインチキ経営者によるM&Aとは異なり、これまでの実績から、本気で経営をしようという提案である点。
● また、日本電産は、50.1%の取得を下限とし、それに満たない場合、一株たりとも買付ないとしている。つまり経営権が取れないなら要らないと意思表示をしている点。
● 買収対象となっている東洋電機製造が、「株券等の大規模買付行為に関する対応策(いわゆる買収防衛策)」を導入済みである点。
(詳細:当社株券等の大規模買付行為に関する対応策(買収防衛策)の導入について
● TOB提案前の東洋電機製造の株価時価300円余に対し、100%以上のプレミアを付加した635円という、異例の上乗せ価格を提示している点。

日本電産の提案内容と、東洋電機製造の買収防衛策内容の両方を読み、最初に感じた印象は、「日本電産側は、綿密に提案内容を練り込んだ上で、常識的には拒否できないであろう提案をしたな」というものでした。

そう感じた理由は幾つかありますが、まずは買収提示額の高さです。PBRが一倍程度で低迷していた東洋電機製造の株価から考え、まともな感覚を持った株主ならば、ほとんどがTOBに応じたいと考えるのではないでしょうか。

【日本電産による提案骨子】

詳しく書き出すとキリがありませんが、いくつかのポイントを紹介すると共に、自分なりの見解も加えて明記していきます。

1. 東洋電機製造の全てのステークホルダーにとってのメリットを強調

株主、経営陣、従業員、顧客・取引先等、全てのステークホルダーにとり、メリットのある買収提案である点を強調しています。

まず、株主に対しては、100%以上の異例ともいえるプレミア価格の上乗せをはじめ、100%の株式を全て現金にて取得する用意がある事により、全株主に平等の売却機会を提供しています。

次に、経営陣に対しては、会社の設定した中期計画が未達である点を巧みに指摘しながらも、現経営体制の維持を前提に、新たな成長機会の支援ができる点などを訴えています。

同じく、従業員に対しては、これまでのM&Aと同様、全員の雇用安定を保証すると共に、グローバルに活躍する機会拡大を提示しています。

また、顧客・取引先には、高付加価値・低価格製品の安定供給、取引規模拡大などを訴えかけています。

ここで推測されるのは、経営陣・従業員の正直な気持ちとして、企業文化の違う日本電産の配下に入れば、どれだけ仕事がきつくなるんだろうか…。と心配で、内心は歓迎したくないと考える人もいるのではないでしょうか。

2. 公開買付価格

提案の前営業日終値305円に対し、108.2%のプレミアを付加し、一株あたり635円を提案。
これは提案前一か月の平均価格316円からも約101%の上乗せとなります。
また、これまでの国内での公開買付事例なども引き合いに、このプレミア価格がいかに高い水準であるのか、その他様々な角度からの分析を提示することで、高水準である点を説明しています。

この価格設定に対する僕の見解は、「かなり頑張った値付けをした」という印象です。
今回もし、100%の株式を買い付けたと仮定した場合、時価総額は295億円程度となります。詳しい計算ロジックは割愛したザックリした数字になりますが、これまでの日本電産による買収のパターンだと、もし赤字基調の会社なら150億程度。
この会社の場合はそうではないので、それでも180億円から200億円ぐらいまでで欲しかったのではないでしょうか。

恐らく、目先のコスト削減による効果に対して出せる金額がそのぐらいで、そこからの上乗せ分については、事業シナジーを見込んだ上での(というより必ずシナジーを生み出すという強い決意のもとで初めて可能となる)値付けのように感じます。

3. 買収によって期待されるシナジーと今後の事業展開

シナジーについては、(1)共同購買、コスト低減ノウハウの導入などによる「経営効率」の改善、(2)海外展開、(3)技術のシナジーなどを挙げています。

(1)については、要するに日本電産の徹底したコスト削減方式を導入するという事に尽きると思います。具体的定量効果として、元々の会社中期計画目標である営業利益率10%の達成について、2012年05月期に達成する見通しとしています(買収がない前提でのアナリスト予想は同時期に6.4%にとどまる)。

しかし、日本電産の永守社長は、おそらくそんな悠長な事は考えておらず、もしTOBがスムーズに進んだ場合、早ければ今期下期(2009年/05月期下半期)、遅くとも来期(2010年/05月期)には、そのぐらいの数値は達成したいと考えているのではないでしょうか。

ただあまり拙速な目標を公表してしまうと、経営陣や従業員がビビってしまう可能性を考えているのかもしれません(笑)。

(2)については、海外比率を高めようとしているにも関わらず、腰が重いせいからか、スピード感の違いからか、それが現状、上手く実現できていない状況に対し、日本電産の海外部隊を使うことで、鉄道、自動車分野ともスピーディーに展開したいというものだと思います。

(3)については、日本電産のモータ事業は小型モータの分野が中心であり、今後大型分野にも進出したい意思があります。そこで、東洋電機製造の持つ大型、高圧モータの技術ノウハウを得たり、日本電産のブラシレスモータの技術を融合する事によるシナジーが目的のようです。

また、個人的には日本電産の永守社長が最も欲しいものは、東洋電機製造が持つ、自動車向けの「インホイールモータ」の技術なのかもしれないという気もしています。

これまで日本電産は、小型モータ(HDD用など)→ 中型モータ(家電用、自動車用) と事業分野を広げてきていますが、今後は大型モータ(自動車用・鉄道用)→ 船舶用・航空機用という風に、さらに事業領域を広げたいという夢を、永守社長が語っています。

地球環境問題への関心が世界的に高まる中、輸送手段の変革が進行する可能性を見据えており、環境負荷が低い鉄道分野は(世界展開を前提に)非常に有望な市場とみているようです。

そしてもう一つは、既に進出している自動車分野について、長期的にはモータの需要が高まるのは間違いありませんが、原油価格の状況などによっては、そのスピードが読めないなどの要素もあり、鉄道分野というオプションというかポートフォリオを広げたかったのだろうという様にも感じられます。

4. 買収防衛策への対応

日本電産側は、買収防衛策に書かれている手続きを尊重、遵守し、きちんと履行した上でのTOBの提案、手続きを進める事を宣言しています。

【東洋電機製造の買収防衛策】

詳しい内容について興味がある方は、同社発表の資料をご一読頂ければと思いますが、ひとことで言えば、グリーンメーラーに代表されるような「企業価値・株主共同の利益を損なうと認められる買収者」を排除する事が目的であり、そのための最もらしい建前と、その買収防衛の手続きについて延々と書かれていました。

しかし「買収防衛策」というのは、永守社長も常々言っているように、どんな奇麗事を並べたところで、その本質は「経営者の立場を守るため」すなわち「保身」が目的であると考えられます。もし本当に「株主利益」が本来の目的であるのならば、そんなややこしいものの導入にわざわざ時間と労力をかけて、大切な会社の(つまり株主の)リソースを浪費するというのは、極めてナンセンスなものだと考えます。

本当に株主の利益を考えるのであれば、それ以前に経営者としてもっとやるべき事、努力すべき事がいくらでもあるはずです。

ですからその内容を読んでいて、かなり不愉快な気分になりました。
例えば、「株主共同の利益の確保・向上」や「株式の大規模買付提案に応じるかどうかは株主の皆様の決定に委ねられるべきと考えている」としながらも、わざわざ防衛策を導入するのは、その時点でそもそも矛盾がある様に感じます。

それから、第三者による「独立委員会」を設置し、そこでの議論による判断を尊重するとしながらも、そもそも独立委員会の委員(※)は、取締役会により選任されています。
そのため、その議論に取締役会の意向が反映される可能性があります。
また、独立委員会が買収防衛策(具体的には既存株主への新株予約権の発行)を発動すべきかどうかを「勧告」した後、取締役会はその勧告を「最大限尊重する」となっており、「勧告に従う」とはなっていないため、その点でも独立委員会は有名無実化してしまう可能性も考えらます。
(※独立委員会の委員を詳しく調べたわけではありませんので、あくまで可能性の範囲での話ですが)

しかし、詳しくは後述しますが、この買収防衛策の導入自体が、皮肉にも経営者の意思に反して、買収提案の呼び水となってしまった可能性があるのです。

【何故TOBなのか?】

これまでの全ての買収提案において日本電産は、一般的に「敵対的」と見られるケースが多いTOBという方法を取った事がありませんでした。
毎回、大株主や場合によっては経営陣と事前に話をつけ、合意した上で買収を行なってきました。その合意のために5年、10年という時間を費やすケースも多くありました。

では、何故今回は、公開買い付け提案(TOB)という異例の方法となったのでしょうか。

それには二つの理由があると考えられます。

一つ目は、東洋電機製造の大株主の構成です。
これまでの買収のケースと異なり、交渉すべき大株主がいません。例えば日本サーボ買収時には、親会社である日立に話を持ちかければ良かったのですが、今回はそういう対象がいない点が、一つ目の理由だと考えられます。

もう一つは上にも書いた「買収防衛策」の導入そのものです。実は、買収提案について発表した記者会見の場で、永守社長は以下のように述べています。

「東洋電機製造は大規模買い付けルールを導入済みだ。独立委員会にも大学教授や弁護士など独立性が高い人が就いており、ルールに沿ってやっていく。ルールがあるからこそ提案を検討してもらえる。こういうやり方ができる時代になったということだ。」

つまり、買収防衛策がなければ、一方的に拒否される可能性があるが、大規模買い付けルールには、買収防衛策をどのような場合は発動し、逆にどのような提案であれば発動しないといった事が、きちんと明記されているという事です。

そのため、日本電産側としてはそれを逆手に取り、その内容を綿密に精査した上で、拒否されないような提案を練る事ができたのだと思います。
ですから上記で、皮肉にもこれが逆に「呼び水」になった可能性を指摘したのです。

【今後の展開予想】

提案を受けた東洋電機製造は、その提案について現在検討中としていましたが、9月中にも提案内容の説明不足部分に対する質問状を送付すると報道されていました。
そしてほぼ予定どおりその質問状が、昨日(2008年10月1日)付で、提出されたようです。

(東洋電機製造リリース)
「当社株券等の大規模買付行為に関する対応策(買収防衛策)」 に基づく必要情報の提供要請について

(日本電産リリース)
東洋電機製造株式会社からの情報リスト受領のお知らせ

東洋電機製造は、質問状の回答を待つという事も含め、「買付者等による本必要情報の提供が十分になされたと認めた」後に、「情報提供完了通知」を行い、その後今回の場合(現金による買い付け)では最大60日間の「取締役会による評価期間」を経た後、結論を出すとしています。従って、まだだいぶ時間はかかりそうな雰囲気です。

日本電産による提案内容と、これまでの買収先に対して行ってきた数々の株主価値創造の実績、また東洋電機製造の「株主利益を最優先として尊重する」という、大規模買い付けルールの中身を考えますと、東洋電機製造の経営陣にとって、常識的には「拒否」という選択肢はありえないと考えられます。

しかし、例えば「企業文化の違う日本電産の配下に入り、社員が著しくモチベーションを低下させた場合、株主価値を大きく棄損する可能性がある」とか、日本電産の提案には期限があり、2008年12月15日をもって満了、失効する点を利用して質問状の送付を繰り返し、「十分な情報提供がまだなされない」などの主張による時間稼ぎを行って、時間切れを狙うといった可能性がない訳ではありません。

もし経営陣が、そうした非常識な方法で拒否を示せば、社会からの強烈な非難に晒されるでしょうし、株主代表訴訟も免れないでしょう。また、そもそもそんな非常識な手を使ってまで保身をする経営者とは考えたくないですしね。

ですから、繰り返しになりますが、常識的に考えれば、このTOB提案は受け入れられ、成立する可能性が極めて高いと、個人的にはみていますが、世の中は何が起こるかわからないですし、このエッセイでの分析内容で想定できていない、不測の事態が起こる可能性もないとは限りません。

【現状の株価について】

冒頭でも書いた通り、売ってもらえないと思っていた東洋電機製造の株式は、現在「売ってもらえる」状況にあります。提案前に300円程度だった株価は、提案発表後はTOB価格の635円にさや寄せする形で、ストップ高買い気配の連続を続け、575円でやっと寄り付きました。

しかし、その後じわじわと下げていき、現在では500円を切って489円となっています(10月1日終値)。
9月29日(火)には前日比-23円(-4.52%)と大きく下げているので、マーケット急落の影響を少しは受けているのかもしれません。

この状況で「TOBが間違いなく成立すると」もし考えるのならば、アービトラージ(裁定取引)の得意な自分としても、ものすごい収益を得るチャンスです(笑)。しかも出来高も十分あるので、普段のチマチマとしたアービトラージと違い、その気になれば全財産を遥かに超える金額を突っ込んで勝負する事だってできるのです。

しかし、逆に何らかの事情で「TOBが成立しない」となった場合、元々300円程度であった株価を大きく割り込む可能性も十分にある訳です。

マーケットが正しいかどうかは別として、現状の株価は、TOB不成立の可能性も織り込んでいるのだろうと考えられます。皆さんはどのように考えられますか?

ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年10月2日  T.Shibuya

※(注)なお、今回のエッセイで取り上げた企業について、板倉雄一郎事務所及び執筆者個人による売買を推奨するものではありません。





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