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二つのM&A案件の経過から日本の将来を俯瞰(ふかん)する

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。

ここのところ、以下二つのM&A案件についてのエッセイを書いてきました。

・ 日本電産による東洋電機製造に対するTOB提案
・ パナソニックによる三洋電機に対するTOB交渉

これらについて、予測を交えた途中経過などについて書いてきましたが、どちらも一定の決着というか、結論的なものが出ました。

今回はまとめの意味も含めて、その後の経過と結末について、書きたいと思います。

1.日本電産による東洋電機製造に対するTOB提案

前回のエッセイで途中経過を取り上げました。
信じられないまでの「情熱」

12月15日の提案有効期限の後、上記で書いたエッセイでの予想通り、最終的に日本電産は「提案期限を延長しない」事を発表しました。
⇒「東洋電機製造株式会社に対する資本・業務提携に関する提案の有効期限日の満了に伴う失効のお知らせ

ここでは、この結論に至る理由として、以下の様に書かれています。

≪リリース抜粋≫
「当社は資本・業務提携においては、対象企業の経営陣と企業価値向上のために真摯な交渉を積み重ねていくことこそが最も大切との認識を有しておるところ、本提案後、本日の情報提供完了通知受領にいたるまでの東洋電機製造取締役会の対応状況を総合的に判断するに、今後両社が東洋電機製造の企業価値向上に向けた真摯かつ継続的な交渉を積み重ねていくための共通認識に至る可能性は極めて低いものと判断せざるを得ず、今回の決定に至りました。」

またこの件について、永守社長の記者会見の報道では、「残念無念とは思っていません」「この経営者とは一緒にやっていけないと思った」といった永守社長の言葉が引用され、経営者の姿勢に対する強い批判と、それに起因する今後のビジネス、シナジーの困難さが原因として挙げられているようです。

確かにそれは当然の事だと感じますし、正にその通りだと考えます。

そして、前回のエッセイでも書きましたが、それに加えて「金融危機とそれに続く実体経済の悪化により、バリュエーションの前提が変わった」というのも非常に大きな要因です。

実は、日本電産も12月19日、ついに今期業績予想の下方修正を発表しました。
⇒「業績予想の修正に関するお知らせ

また、既に合意がなされていた富士電機モーター株式会社(FDM)の買収についても、それを取りやめると発表されました。
⇒「資本提携に関するお知らせ

この発表の席での永守社長の発言が非常に興味深く、「バリュエーションの前提が変わった」と考えている事を如実に伺わせる発言がいくつもあります。

まずFDMの買収取りやめの件に関して、発表資料では、 

≪リリース抜粋≫
「基本合意書締結時には予想していなかった事業環境の急速な下降局面においては、日本電産及び富士電機ともFDMの企業価値を適切に評価することは極めて困難な状況となりました。その結果互いに納得の出来る価格・条件等、交渉の着地点を見いだすことが困難であるとの結論に至り、今般、本資本提携を見送ることを決定したものであります。」

とあります。

この点について、説明会の席ではより「ぶっちゃけた形」で説明しています。

つまり売却する富士電機側としては、「純資産価値」をベースとして評価して欲しいという事ですが、日本電産側は、「DCF法」をベースとした評価を主張しています。

そして、DCF法で評価した場合、そのバリュエーションはゼロとなるためため、両社の価格の折り合いがつかないという事のようです。

また、関連して同じ席上で永守社長は、「最悪のケースを考えると、殆どの会社が売上半減を覚悟しなければならず、そうなると利益を確保できる会社は皆無なため、DCF法では殆ど全ての会社の価値が0という事になる。」という主旨の発言もしています。

これと同様の話が、東洋電機製造に関しても言及されています。

その永守社長のコメントを要約すると、
・ 足元の景気が不透明な状況だから、買わないという風に取られているが、そうではない(FDMも同様)。
・ 価格が問題なのであって、安ければどちらもすぐにでも買いたい。
・ クライシス前から検討している案件については、その後前提条件が変わったため、このようになってしまった。
・ しかし逆に、現在新規のM&Aを検討するのであれば、株価も下がっていて、安く手に入れられる可能性が高いため、積極的に考えていきたい。

といったものです。

ここで注釈すると、永守社長の現状認識は、経済が不透明だからといって何でも縮小するというのではなく、将来のビジネスに繋がる新技術や次世代技術(例えばハイブリッドカーや電気自動車に関連する技術)を得るための投資は、M&Aを有効活用して、積極的に行なっていくという姿勢に変わりはない、という事です。

また逆に、既存ビジネスにおいては、耐えて守りを固める時期であり、具体的には、売上が50%減少しても赤字にならないような、徹底的な効率改善とコストダウンに努める時期である。

更に、いつになるかは分からないが、次に経済が底を打って上向くタイミングでは、その瞬間を逃さず大きく打って出る準備をしておく。

そして、売上が元に戻った時には、利益率は元の3倍を確保できるようにする、と、何度も強調されていました。

そんな中、東洋電機製造に関して、
「別に東洋電機でなくても、同じ(ような)会社がえらい安い値段で買えるかもしれない。そうなったら彼らには『よくぞ抵抗してくれました!』とお礼状を書かないかん。」と言って、会場にいたアナリストたちの笑いを誘っていました。

2. パナソニックによる三洋電機に対するTOB交渉

これに関しては、前々回のエッセイで、一定の条件の下でのバリュエーションを試み、TOB価格として155円程度ならまあ良いのではと書きました。
パナソニックが三洋電機買収を視野に協議(その2)

結果的には131円(普通株)で、大株主3社との交渉もまとまったようです。そしてその価格でTOBを実施する事になりました。
⇒「パナソニック株式会社および三洋電機株式会社の資本・業務提携契約締結のお知らせ(訂正版)

当初、交渉が難航すると予想していたのですが、決定の目処として予定していた12月末までに、意外にもあっさりと決まった印象です。

前々回のエッセイでは、DCF法で、パナソニックのCCMで設定していると予測する8.4%を、Keに使った場合で103円。よりCCMの定義に近い形で計算して155円との数値を算出しました。

それらから、大きくは外れていない価格で決定して、内心「ホッ」としています(笑)。
(※CCMの説明については過去の当該エッセイを参照下さい。)

131円という価格について、パナソニックの大坪社長は以下のようにコメントしたと報じられています。 

≪パナソニック・大坪社長のコメント一部≫
「三洋単独の企業価値と、本来の目的であるシナジーをどれだけ生めるかの二つの面からみた」と説明した。800億円の統合効果のうち、400億円は、三洋が手掛ける太陽電池や両社が展開する二次電池などエネルギー関連で実現し、残り400億円を他事業と、資材調達や物流の効率化、IT(情報技術)インフラの整備などの体質強化でひねりだす意向だ。電池など成長分野での相乗効果の発揮に向けて両社が1,000億円規模の投資も視野に入れ、検討を加速する。」

また、ソースは失念しましたが、「投資に対するリターンを、約5年で回収できる見込みで設定した」というようなコメントをどこかで見た記憶があります。

いずれにせよ、CCMを厳密に適用したかどうかは定かではありませんが、この131円という価格に関して、もちろん今後のシナジーに対する努力次第だとは思いますが、そう悪い買い物ではないと思います。

また上記コメントと同様、前出の発表資料には想定されるシナジー効果として、以下の3つを挙げています。

 (1) ソーラー事業
 (2) 二次電池事業(モバイルエナジー)
 (3) 経営体質の強化

この中で(1)、(2)は、本来の狙いであったものですし、「将来性がある世界一のピカピカの事業」を手に入れる訳ですから、パナソニックの株主は歓迎すべきでしょう。

あと問題は、いかに(3)でのシナジーを発揮できるかですね。

というより、ここの部分が失敗すると、大きなお荷物を抱える事になり、折角手に入れた(1)、(2)の足を引っ張る事にもなりかねません。

ですから以前にも書きましたが、大坪社長は、この部分で思い切った改革を実施し、いかに重複分野の統合や効率化を上手くできるかが、今後の大きなポイントとなってくるでしょう。

このあたりに関して、以前のエッセイでは、「事業とブランドの継続などの制約条件」が付けられる事により、経営の自由度が制限される可能性について、言及しました。しかし、佐野社長(三洋電機)の以下コメントを見れば、そういった前提はなさそうで、もしこの通りなら、今後の合理化に一定の期待は持てそうです。

≪三洋電機・佐野社長のコメント一部≫
成長分野とは別に両社は白物家電やテレビ、デジタルカメラ、半導体などで事業が重複している。重複事業の整理を検討していく過程で雇用問題が課題となる可能性があるが、三洋の佐野社長は「いま厳しい半導体やその他の事業の構造改革は三洋としてやっていく。

関連する雇用問題についても、最大限配慮して対応するが、事業あっての雇用だと認識しており、大坪社長と『こうしなければならない』という話をしているわけではない」と述べた。

3. 日本電産、パナソニックの姿勢における共通点

まず、以下の大坪社長コメントをご覧下さい。

大坪社長は「電機業界は歴史的な不況と低下価格化の波が同時並行し、産業構造上の変化に対応する必要がある」との認識を示した上で、「大きな変化の時こそ、経営体質の強化と成長への行動が必要。両社の強みを結集して、不況回復期に一気に打って出る基盤づくりが重要だ」などと三洋買収の狙いを語った。

前出の永守社長の認識と共通していると思いませんか。

つまり、
・ この時期、経営体質の徹底的な強化、改善はきちんと行なう。
・ それだけを考えるのではなく、将来に向けて有望かつ必要な投資に関しても、しっかりと取り組んで行くことで、次に来るべきチャンスに対しても万全の体制を備えておく。
という事だと思います。

またホンダの福井社長も、12月17日の「年末社長会見」において、以下のように同様の事を述べておられます。

・このような時代だからこそ、目先の対応だけに追われるのではなく、経営資源を有効に活用し、「先進環境技術の進化」など、長期的視点で、やるべきものは手綱を緩めることなく、確実に進めていく。

・今回の判断が、数年後に、魅力的な新商品や新技術という形で、必ず具現化されると考えている。そしてその先に、HONDAの新たな成長があるという信念に基づき事業を進めていく。

当然、今後しばらくは、先の見えない不透明な状況が続くでしょうが、日本を代表する企業の経営者の方々が、口をそろえて将来に向けての投資をしっかりと行なうと言っている点には、非常に心強いものを感じます。

そのため短期は別として、中長期的には、日本企業もまだまだこれから有望なのではないかと、明るい気分になってきます。

ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年12月25日  T.Shibuya





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