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セミナー卒業生のその後 第7回 ある卒業生の成長

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。
先日、DVD第5弾「財務オペレーションと企業価値」が発売されました。(更に詳しいお知らせエッセイはこちら)
上記リンク先のお知らせエッセイにも書かれている通り、ファイナンスオペレーションにおける、世間一般の幾つかの「間違った認識」を正す内容を含んでいます。

その「間違った認識を正すトピック」について、同様の内容の講義を以前のセミナーで行った直後のことです。その内容について、Mさんというある卒業生の復習にお付き合いさせていただき、メールでやりとりさせていただく機会がありました。

Mさんは、当初セミナーで学んだ内容について、あまり理解できている様子ではなく、セミナーでの最終的なアウトプットの形である「個別企業の価値評価」を独力で行うには、とても「まだまだ」という状況でした。

それどころか、メールで送ってくる質問内容がすごくピント外れであったり、「ホンマに話聞いてたんかい?」と思わせるようなものであったりしました。
また本来、基礎的な質問をするための「基礎メーリングリスト」を設けているのですが、彼はそこでは質問せず、なぜか僕に直接質問のメールを送ってきます。

なぜメーリングリストで質問しないのか聞くと、「僕のアホな質問が皆に流れるのが恥ずかしいから」との返答でしたが、確かにそんな内容の質問も多かったです(笑)。


以前、そのMさんと「自社株買い」について、メールでやり取りをしたのですが、一般的に、自社株買いには2つの誤った認識がされています。
1つは自社株買いにより買い入れた「金庫株」を消却した場合と、消却をしない場合についての誤った認識。
もう一つは、自社株買いイコール無条件に1株あたりの価値が増加するとの誤った認識。

また後者の逆パターンとして、公募増資などの新株発行イコール「希薄化により、1株あたりの株主価値が減少する」という誤った認識により、ほぼ「無条件に」売られるというケースは、頻繁に見かけますよね。
(いずれのケースについても、なぜ誤りなのかはDVDおよびセミナーで詳しく解説しています)

上記のうち「自社株買いイコール無条件に1株あたりの価値が増加するとの誤った認識」について、ある時Mさんがどこまで理解しているのか、僕からある質問をして試させていただいたのです。

実はこの誤った認識に関する正解は、BTB 第2回「自社株買い」にも詳しく書かれているので、是非ご参照下さい。

以下にそちらの結論部分を引用します。

株主価値に対して割安な時価総額の時点での自社株買いは、
自社株買いに応じず株式を保有する既存株主が得をし、
その分自社株買いに応じて株式を手放す既存株主が損をする。
また、株主価値に対して割高な時価総額の時点での自社株買いは、
自社株買いに応じて株式を手放す既存株主が得をし、
その分自社株買いに応じず株式を保有する既存株主が損をする。

また上記に加え、フェアバリューの場合は以下となります。

株主価値に対して妥当な時価総額の時点(フェアバリュー)での自社株買いは、
自社株買いに応じず株式を保有する既存株主も、
自社株買いに応じて株式を手放す既存株主も、
そのオペレーション自体での損得はない。

これは言い換えれば、フェアバリューでの自社株買いの前後では、「1株あたりの株主価値は変化しない」という事になります。
さらにその逆の新株発行のケースについて言うと、フェアバリューでの新株発行の前後でも、「1株あたりの株主価値は変化しない」という事になります。

※ ここでは、全ての株主から見て一致した妥当な価格(フェアバリュー)があるという前提に立った、理論的な話をしています。


上記の話について、セミナーを受講された方などは「ああ、知ってるよ」という方も多いと思いますが、Mさんも上記については「表面上は」理解されていました。

そこで僕はMさんに対して、こんな質問をさせていただいたのです。

株主価値を担保するものの一つは、将来得られるフリーキャッシュフローです。
自社株買いによって、将来のフリーキャッシュフローが変化しない(前提)として、自社株買いの前後で、その将来からの分け前を受け取る株式数は、確実に減少しています。
それなのに、なぜ「1株あたりの株主価値は変化しない」のでしょうか。

将来得られるフリーキャッシュフローが同じで、それを分ける株式数が減少するため、一見1株あたりの株主価値は増加するように見えますよね。
だからこそ「無条件に買い」だと誤解される訳ですが、何故だと思いますか。
皆さんも一緒に考えてみて下さい。










す。

「買った金庫株をまだ消却していないから」というのは、典型的な「ブッブ~ッ」です(笑)。
これは最初にも書いた、「自社株買いにまつわるもう一つの誤った認識」に基づくものです。

正解は、「将来のフリーキャッシュフローから得られる分け前(1株あたり事業価値)が増加する分、手元のキャッシュを差し出しているから」です。

フェアバリューでの自社株買いでは、1株あたりで考えると、その事業価値分は増加するが、それと同等の現金を差し出しており、それらがバランスしているという事になります。
別の言い方をすると、(1株あたりで見ると)現金から事業価値分への価値の移転が起こっているとも言えます。

もう少し解説すると、株主価値を構成するものは、将来キャッシュフローに担保されている「事業価値」だけでなく、手元にある余剰現金などの「非事業用資産」もあります。
(有利子負債、少数株主持分などがない場合「株主価値 = 事業価値 + 非事業用資産」となります。)

設問のところに、「株主価値を担保するものの一つは」と書きましたが、その「事業価値」ばかりに注目するため、
自社株買い → 無条件に「濃密化」→ 買い
新株発行 → 無条件に「希薄化」→ 売り
という誤解がされているのですが、それと同時に「1株あたり幾らの現金が出入りしているか」という点にも注目する必要があるのです。

上記を読んで「ああ、大体わかった」という方も多いと思いますが、多分それだけでは不十分だと思います。
書いている本人だからわかるのですが、上記文章だけでは、ある程度限定された一部分しか表現されていません。

ですから、この問題について「真の理解」をするためには、「実際の数値」を使った各ケースを想定し、
・ 自社株買い、新株発行
・ 割高、割安、フェアバリュー
・ 株式数、事業価値、非事業用資産
・ 全社の値、1株あたりの値
それぞれに数値を当てはめて、マトリックス的にどういうケースでどうなるか、といったシミュレーションをしてみることをお奨めします。

※ 上記議論では、「議決権」の価値について触れていませんが、厳密に言うと議決権にも価値が存在し、それは自社株買いで濃密化、新株発行で希薄化します。これらによる価値変動の影響については、今回の議論では省略しています。


Mさんの話に戻ります。

それで、この件についてMさんに質問したところ、最初は「訳のわからない」返信が返ってきたのですが、彼は自ら積極的に課題に食らいつき、何日もかけて必死で考え続け、正解してわかるまで、何度でもメールを送って来られました。

この件に限らず、そういった事はこれまで何度かあり、こちらが強要するわけでもないのですが、毎回毎回進んで勉強しようとする姿勢は立派だと思います。

Mさんによると、こういう問題に取り組んでいる時というのは、数日間から1週間ぐらい、そればかりに没頭していて、周囲から見ても「異様」に見えるそうです。
ある時彼の奥さんが、「何かに取り憑かれて、おかしくなったのではないか?」と心配したぐらい、深く没頭するようです。

Mさんとしては、昔から「自分は人の3倍やらないと身につかない」という信条のもと、何事にも取り組んでいるそうですが、それには頭が下がる思いです。


その甲斐あって、Mさんの進歩は目を見張るものがあります。

近々ある勉強会で、Mさんがある企業の経営についての調査を行い「企業価値評価」の発表をする事になっています。
実はその企業は、最近大きなM&Aを行っていたり、特殊な優先株を発行していたりするため、評価を行うのは基本的な知識だけでは難しく、結構な応用知識や、新たに学ぶべき事柄が必要となるため、僕は内心「大丈夫かな?」と心配していました。

発表の日までには、まただいぶ時間はあるのですが、先日、一応ざっくり作ったので、レビューして欲しいとのことで、彼から資料が送られて来ました。

それを見てかなり驚いたのですが、それは、それほど多くの時間をかけた訳でもないのに、かなり深く綿密に調査されていて、特に大きな問題もない上、将来のシナリオも相当に納得感のある、素晴らしい評価結果でした。

最初に書いた通り、セミナー受講当初は基本的な企業価値評価ですら覚束(おぼつか)なかったのが、ここまで応用が必要な難しい企業価値評価をこなせるようになっていたのです。

Mさんには、真摯に努力する事の大切さと、その絶大な力を改めて教えていただいた気がします。

2008年6月17日  T.Shibuya
ご意見ご感想、お待ちしています!

PS)
現在 実践・企業価値評価シリーズ第31回2日間セミナー の受講者を募集中です。
上記のような「誤った認識による財務オペレーション」などについても、体系的に学習したい方、またMさんのように「最初からすぐに理解できるか不安な方」も含めて、ご参加をお待ちしています。





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