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信じられないまでの「情熱」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

こんにちは。パートナーの渋谷です。

さて、本日のタイトルはちょっと変化球です(笑)。
いい意味に取れるかもしれませんが、「保身に走るクズ経営者」というタイトルと、どちらにしようかと迷った結果、上記となりました。

その「情熱」というのは、日本電産から資本・業務提携の(TOB)提案を受けている、東洋電機製造の経営者の「保身」のための信じられないほどの情熱です。

TOB提案の経緯に関しては、下記エッセイに詳しく書いています。
(過去エッセイ:日本電産によるTOB提案

その後時間も経過し、状況がかなり進展した(というより方向性が明確になりつつある)ため、本日はそれについての続きを書こうと思います。

最初に告白しますが、僕自身このTOBが成立するであろうポジションを取り、そしてある時点でそうはならないと判断して、損切りをしました。ですから、ポジション・トークという前提で読んでいただいても結構です。

この後どういう経緯で、何故そのように判断したかも含めて、説明していきます。

 【当初の見解】
10月2日に書いたエッセイでは、「今後の展開予想」として、様々な想定外の事態や、相当の時間がかかる可能性についても触れていましたが、基本線としては、

「日本電産による提案内容と、これまでの買収先に対して行ってきた数々の株主価値創造の実績、また東洋電機製造の「株主利益を最優先として尊重する」という、大規模買い付けルールの中身を考えますと、東洋電機製造の経営陣にとって、常識的には「拒否」という選択肢はありえないと考えられます。」

と書きました。

これは、東洋電機製造の経営者がマトモであれば、また、買収防衛策に書かれている事が本当であり、忠実に履行するのであれば、実際そのはずです。その考えは今でも変わっていませんが、結局書かれている事は「大ウソ」で、経営者がマトモではないと判明したという事です。

【どこでTOB不成立が決定的と判断したか】
9月16日のTOB提案以来、東洋電機製造から「質問状」が出され、それに対して日本電産が「回答書」を返すという事が何度か行われました。この時点では、双方とも表面上「真摯に」対応しているように発表されていており、またその中身についても詳細を知る事はできませんでした。

しかし、そう何度も「質問状」を提出して、日本電産側が「面談での話し合い」を要請しているにもかかわらず、東洋電機製造側がそれを拒否していた点より、東洋電機製造側はかなり「後ろ向き」である点はある程度想像できました。

そして、質問状のやり取りが3度ほどあった後、11月25日に発表された両者のリリースを見て、「ダメだこりゃ!」と判断し、その翌日の26日に、保有していた全ての東洋電機製造の株式を、ほぼ成り行きに近い形で処分しました。

日本電産リリース:
http://www.nidec.co.jp/news/newsdata/2008/1125.pdf
東洋電機リリース:
http://www.toyodenki.co.jp/html/images/teiansho7.pdf

ここでのポイントは、

1. 東洋電機製造側が「拒否モード」である事は、ある程度わかっていたが、その度合いが「何が何でも逃れたい」という、強いものだと明確に判明した点。これは日本電産のリリースの以下記述を見ればわかります。

<リリース抜粋>
当社は、本プランに定める手続及び趣旨に則って、これらの質問と回答を開示することを前提に東洋電機製造の株主及び投資家の皆様にご判断頂けるよう、誠実かつ最大限に回答を行って参りました。このような中、東洋電機製造から今回第3 回質問事項として受領致しましたご質問が、全て第2 回質問事項に含まれる質問と同一内容をそのまま繰り返すものであったことから、これに対する対応には苦慮せざるを得ませんでした。

2. 日本電産側も、仕切り直した方が得策だと考えられる点。
9月16日のTOB提案の後、米国発金融危機を発端として、10月8日の大暴落に始まる株式市場暴落の連鎖と、世界経済の悪化懸念が顕在化しました。これは10月2日に書いた、それこそ「不測の事態」の一つだと言えます(もちろん予測できたという人もいると思いますが)。

その後、この影響として考えられる要素として、以下の2つがあると思いました。

① 東洋電機製造の経営者が、将来の業績を懸念して、日本電産傘下に入る事を促される。

② 東洋電機製造のバリュエーションの前提が変わるため、日本電産として、当初提示した635円の妥当性に変化が起きる。

そして、①に関しては、クズ経営者は全く眼中になかったようで、「保身」で頭が一杯である点に全く変化はなかったようです(苦笑)。

②に関しては、頭脳明晰な永守社長の事ですから、当然ながら考えられる様々な影響について、瞬時に判断したことでしょう(これは想像ですが)。

その結果として、上記11月25日のリリースで、日本電産側もひょっとしたら、当初の提案有効期限(12月15日)を利用して一旦引き下がり、その後仕切り直しに持ち込もうと考えているのではないかという、微妙なニュアンスが感じられました(これも想像の域を出ませんが)。

日本電産は635円での買収を提案し、それが原因で株価が大幅に上がっている訳ですから、もちろん、正面きっての「取り下げ」はできないし、やらないでしょう。
しかし提案の期限設定が幸いして、色々と尽力したが、その結果時間切れでダメになったという建て前は成り立ちます。

もし僕が永守社長ならそう考えるでしょうし、日本電産の株主という立場なら、仕切り直せばもっと有利な条件(価格、手間など)で買収できる可能性が広がると考え、今回の提案に拘って強引に推し進めるのは得策とは思いません。

(ただ、永守社長のことですから、提案有効期限を延長して、一度提示した635円を貫くという可能性もあるかもしれません)

ここで、もし日本電産がTOB提案の有効期限を延長しないと仮定した場合、今回のTOB提案のみに関していうと、双方の思惑が「違った意味で」一致したと考えたのです。

東洋電機製造側としては、世界金融・経済危機が、彼らにとっての神風のようになり、当面の買収は回避できるかもしれません。ただ、それは単なる先送りに過ぎず、将来において様々な意味でもっと厳しい「イバラの道」が待ち受けている事は明白です。

様々な意味というのは、上記の「買収は先送りに過ぎない」という点に加え、株主を裏切る事によって醜態を晒した(詳しくは後述します)ため、今後株主から非常に厳しい糾弾が待ち受けている可能性、また、この先の不透明な経済状況より、業績を維持する上での苦労が絶えない可能性、などがあるからです。

【なぜクズ経営者なのか】
それは一言でいえば、「株主様のために」と言いながら、株主の立場に一切立つことなく、保身が全てに勝る関心事だからです。大ウソつきであると同時に、上場企業経営者の資格はないでしょう。

株主の立場に立てば、300円程度で低迷していた株式を倍以上の値段で売却できる、またとないチャンスが訪れた訳です。それも、10月の大暴落を経た後でさえも、そうできるチャンスは生きていたのです。

日本電産による提案内容、そしてこれまでのM&A実績をみれば、株主の立場としては、何を差し置いても二つ返事でTOBに応じるべきであると考えます。

仮にそれが、責任ある上場企業の経営者(笑)という立場から、拙速すぎるとしても、少なくともTOB提案に応じる前提で「前向きに」検討し、当事者同士の交渉をどんどん進めるという事は、最低限必要な態度でしょう。

しかし東洋電機製造の経営者がとった行動は、その全く逆でした。
とにかく「何が何でも逃れたい」ありきで、時間切れを含むあらゆる手段を用いて、対抗しようとするものでした。

何故そう断言できるかといえば、その根拠はごく最近(12月8日)になって両者から公表された、「質問状」と、その「回答」の中身からです。合計200ページにも及ぶ、それらのリリース資料を読みましたが、それは想像を絶する酷い内容です。

日本電産リリース:
http://www.nidec.co.jp/news/news.html
東洋電機リリース:
http://www.toyodenki.co.jp/html/ir_kessan.html
※量は膨大ですが、中身は読むに値しない内容なので、間違っても読まないで下さい。皆さんにとっても時間の無駄です。(笑)

要するに東洋電機製造からの質問状の内容は、株主が知りたい本質的な質問をするのではなく、常識的には書面では回答できないであろう質問をする事が目的化しており、イチャモンのような「枝葉末節」「本末転倒」のオンパレードです。そのような下らない質問を81項目にもわたり、延々と繰り広げるという文書でした。

またその中で、過去のあらゆる日本電産に関するネガティブな記事や、発言などを徹底的に調べあげ、それを質問状の中にちりばめるという熱の入れようです。
これらの点をもって、ものすごい「情熱」だと感心せずにはいられません。(笑)

「保身」に対してそれだけの情熱を注げるなら、経営者の責務が何なのかを「お勉強」し、彼らの言うところの「大切な株主様」に報いるには、どうすればよいかを考える事に少しでもその情熱を振り向けてもらいたいものです。

3回にわたる質問状と回答のやり取りを端的に要約すると、以下のようになります。

・ 東洋電機製造側から、保身のためにTOBを拒否する事を目的として、確信的に意図された、答えられないであろう質問を含めて、延々と羅列する。
・ 日本電産として、可能な範囲でその質問に対して回答しようと、最大限の努力をするとともに、書面では伝えきれないニュアンスがあるため、実際に会って話をしましょうと呼びかける。
・ 回答された項目に対しては、さらに細かい内容を追加質問として繰り返し、回答できない質問に対しては同じ内容の質問を繰り返す。

という、無駄な労力をかける事により(リソースの浪費により)、双方の株主価値を毀損するという事を繰り返した訳です。これ想像ですが、この短期間でのやり取りのボリュームを考えると、徹夜作業も含めた相当な労力がかかっているはずです。

少し余談になりますが、イメージ的にはこんな感じです(あくまで比喩です)。

例えばある男性が、一人の女性に交際を申し込むとします。で、そこでのやり取りとして、

男性:「僕とつきあってください。」
女性:「これから私がする質問に答えて下さい。それで判断します。」
       質問①「あなたの肺活量はいくつですか?」
男性:(手間をかけて肺活量を計測してきた後)「4000mlです、ハァッ、ハァ~。」
女性:「では追加質問です。」
       質問②「右肺だけだとどうなりますか?」
男性:「想像ですが大体半分の2000mlになると思います。」
女性:質問③「想像ではなく事実を聞いているのです。そうなる具体的根拠は?」
男性:「それあまり意味のない質問だと思いますし、実際計測不可能です。」
女性:「私の質問に答えていません。」

少し大袈裟かもしれませんが、僕自身はある程度これに近い印象を受けました。

この12月8日のリリースにより、これまでの両者のやり取りが全て明らかになったのですが、これにより今回のTOB提案の決裂可能性が、さらに明らかになったと言えるでしょう。

そのため、翌日12月9日には東洋電機製造の株価は、13.4%もの大暴落となりました。

(ニュース報道では「東洋電(6505)が大幅続落、日電産買収の労組拒否を嫌気」となっていますが、労組はそのように主張するのは当り前で、それは事前に予測可能だと思われるため、僕はむしろ経営者側の態度が原因と考えています。)

労組の意向リリース:
http://www.toyodenki.co.jp/html/images/teiansho18.pdf

【現時点での今後の展開予想】
日本電産側が、今回の提案有効期限(12月15日)を延長する可能性も、ない訳ではないですが、おそらく延長せず、一旦時間切れ不成立になると予想します。

しかし永守社長のモットーは、「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」です。

これまでのM&Aでも5年越し、10年越し、またそれ以上の時間をかけても、やろうとした事の多くを成就させています。ですから、今回一旦引いたとしても、いずれ何らかの形で必ず東洋電機製造の買収を実現させる可能性は、十分にあると考えます。

一方、東洋電機製造のクズ経営者は、彼らの大切な株主様に報いる「千載一遇」のチャンスを逃し、株主を裏切っただけでなく、ダメ経営者から真っ当な経営者になるチャンスも逃したのです。それどころか、ダメ経営者からさらに下等なクズ経営者に成り下がった訳です。

先にも書いた通り、今回取った行動の代償は計り知れないでしょうし、様々な意味での更なる困難が待ち受けている事でしょう。

ご意見ご感想、お待ちしています!

2008年12月11日 T.Shibuya





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