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セミナー卒業生のその後 第5回「パンツ会社の将来」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの渋谷です。

以前このエッセイで、卒業生有志による「各地の勉強会」について紹介させていただき、そこで取り上げた「関西板倉会(関西人の卒業生が集まっての勉強会 + 飲み会)」が、またまた先週の土曜日に開催されました。

今回も、非常に興味深い勉強会でしたので、この場で内容を紹介させていただきたいと思います。

今回のお題は、、
有名なパンツ会社の「ワコールホールディングス(3591)」です。
※以下「ワコール」と略します。

最近ちょくちょくこのウェブサイトや、我々のコミュニティで話題になる、あの「日本電産」と同じく京都発祥の会社です。

(日本電産の話題については、下記のリンクをご参照ください)
経営経験者からみた投資 第16回「会社説明会レポート(日本電産)」
IR物語 第34回「休みたければ辞めればよい?」

立候補者であるUさんに、事前にワコールの経営状況、財務内容などを調査・分析していただき、その内容をパワーポイントでプレゼンテーションしていただいた上で、調査した内容をもとに作成したバリュエーションシートによって、理論株価を算出するに至った詳細根拠をご説明いただきました。

Uさん素晴らしいプレゼンテーションをありがとうございました。

その後、いつものように、質疑応答&ディスカッション・タイムに入る訳ですが、回を重ねるごとに、その内容や深さにおいて、高度で奥深くなってきていると感じます。

また、当初は一部の人の発言ばかりが目立ちましたが、段々と全員が積極的に議論に参加するようになっていると感じます。

そう感じるのは僕だけではなく、この会の開催に深くご協力いただいているある方の、今回の感想を引用させていただくと、

『質問も色々な人から出るようになり、しかも内容も鋭く、豊富で本当によい会合になってきたと思います。出席者の仕事も多彩なので、それぞれの見方があり、大変勉強になります』との事でした。


そして、肝心のワコールの経営と将来性についてですが、細かい点も含めると、相当に多くの論点が議論されましたが、以下に内容の一部を紹介します。

全体としては、人口減少、高齢化による国内市場の伸び悩みを背景に、ワコールの売上げはここ10年間1,600~1,700億円で推移し完全に頭打ちの状況となっています。

そんな中、国内トップブランド、高級ブランドとしてトップシェアを維持し続けているようですが、その反面、顧客年齢層も上昇し、若い世代に対するアピール、販売が大きな課題となっています。

規模や業種は全く異なりますが、トヨタ自動車が国内では同じような問題を抱え、相当に危機感を持っていましたよね。

但し、トヨタ自動車の場合、現在では北米を中心に世界中に市場を開拓して販売しているため、売上げ全体に占める国内の割合は、それほど多くはありません。

それに対して、ワコールも欧州や米国、そしてアジアなどに販路を求めて進出してはいますが、決して上手くいっているようには見えませんし、売上げのほとんどは国内販売によるものです。

当然ながら特に欧米諸国では、元々地場の市場に「強いブランド」などがあるでしょうし、いくらこの会社が「機能重視の下着」に強いとしても、ハイテク製品とは異なり、パンツやブラジャーという製品自体で、大きな差別化を図るのは、そう容易ではないと思われます。

こういう閉塞(へいそく)感漂う状況の中、もし皆さんがこの会社の経営者だとすれば、将来に向けてどういう経営戦略、経営施策を立てるでしょうか。










す。

この会社の経営陣が最近実行した手段の一つとして「M&A」があり、それに注目して議論がなされました。

具体的には、「株式会社ピーチ・ジョン」という、比較的若い世代向けの、デザイン、ファッション性重視のアンダーウェアを取り扱う通販会社を買収したのです。

この買収の是非について、かなりフォーカスして議論されたのですが、詳しい買収の経緯と内容については下記会社IR発表資料をご参照ください。

2006年05月10日[PDF]
株式会社ピーチ・ジョンとの資本業務提携に関するお知らせ(12kb) 
2006年05月30日[PDF]
株式会社ピーチ・ジョンとの資本業務提携に伴う株式取得に関するお知らせ(12kb) 
2007年11月09日[PDF]
株式交換による株式会社ピーチ・ジョンの完全子会社化に関するお知らせ(185kb) 

上記のIR発表資料を読むのが面倒だという方に、ざっくりポイントをまとめると、以下の通りです。

当初(2006年5月発表時)、売上高160億円、当期利益18.7億円、総資産74億円の会社である株式会社ピーチ・ジョンの発行済株式の49%を、約150億円で取得して持分法適用会社とし、その後(2007年11月発表時)株式交換によって、2008年1月に完全子会社化したというものです。

それでこの買収についてどう考えるかの、勉強会で議論が繰り広げられる訳ですが、皆さんならどう考えますか。ここでも是非ワコールの経営者、若しくは株主の立場で考えてみてください。










す。

では、考えていただいたところで、我々の議論した内容について、かなり盛りだくさんですが、ここからご紹介します。

1.最も皆の興味をひいた、ピーチ・ジョン創業者 野口美佳氏について

僕は全く知らなかったのですが、女性起業家として結構有名な人のようで、ブログも書いておられるようです。

そして、ググると情報が沢山でてくるのですが、相当華やか(見方によってはバブリー)な人物として注目されているようで、あのマドンナとパーティーで抱擁するシーンがYoutubeにアップされていたりします。

2.買収の狙いについて

○ワコールがアプローチできていなくて、ピーチ・ジョンが掴んでいる「若い世代」の顧客層を取り込んで補完する。

○ワコールが得意な百貨店、GMS等への卸事業に対して、ピーチ・ジョンの得意な通販事業、直営店事業を取り込んで、流通を補完する。

・・・のだろうという話。

3.株式交換を使った理由

完全子会社化する際、保有する自己株式と、新たに発行する株式を使っての「株式交換」によって、ピーチ・ジョンの株式の残り51%を取得した理由について。
○「借入れなどで買収資金を調達するより、資本コストが高い事は承知しているが、野口さんにワコール株式を持ってもらい、大株主(約4.6%)兼、子会社の経営者として経営に参画してもらうメリットの方が大きい(UさんがIRに質問して調査)」

・・・という会社としての見解。

4.買収価格の妥当性について

最初に49%の株式を取得する際、当期利益18.7億の会社の約半分を150億程で購入しているため、投下資本当期利益率は、約6.1%となります。

その後、残り51%の取得時には株式交換比率と、発表当時のワコールの株価から概算し、残り約半分を約87億円で購入している計算となります。

ここで、約1年半の期間に、ピーチ・ジョン株式の価格は半分近くになっており、この差は一体「何なんだ」という話になりました。

実際、ワコールは完全子会社化を発表した2007年11月9日に、同時にピーチ・ジョン株式の投資損失である約47億円の計上を発表していますし、その時に発表されたピーチ・ジョンの業績は当初のものと比較して大きく落ち込んでいます。

(発表資料には、『本株式交換が当社の連結業績及び単体業績に与える影響は軽微です』とありますが、最初の株式取得に対しては、決して“軽微”ではない損失を出しておきながら・・・「おいおい」っていう感じですよね。)

具体的には、平成17年5月期に18.7億だった当期利益が、平成19年2月期(決算期変更のため9か月間)には約11億と、12か月換算で約22%減少しています。

これだけなら、そう大きな落ち込みではないように見えるかもしれませんが、さらに本業の利益を示す営業利益においては、同時期で約33億 → 約13億と、2年足らずの間に(同12か月換算で)約60%も落ち込んでいることになります。

何やら、当期利益だけを繕(つくろ)う工作をしたんじゃないか。とか、何のために決算期を変更したのか。とか、要らぬ疑いの目で見てしまいますね。

これらに関して、当初、未上場のピーチ・ジョンに対する価値算定が甘かったが、支配下においてきちんと監査した結果、初めて実態が見えて来たのかもしれない。という意見や、最初の株式売却で莫大な創業者利益を得たと思われる創業者のモチベーションが低下したことによって、急激に業績が悪化したのではないか。などの意見が出されました。

(正しくは最初に株式を売却したのは、野口正二氏であり、この人と野口美佳氏が家族なのか親族なのか、財布は同じなのか等の点に関しては、不明であるため、上記意見は想像の域を出ないものです。)

5.M&A全般について

上記4の議論より、この買収に対しては否定的意見も多く、そもそも「マドンナとダンスできる権利」を何千万も出して買ったり、ホリエモンと親交が深かったり(上記2点は事実かどうか分かりませんが)、野口氏のブログにあるように、「内部統制」「中期経営計画」「企業理念」「経営方針」なんて、これまで縁がなかったような経営者に対して投資するという感覚は一体どうなのだろう、ということで、ワコールの経営者は危機感と焦りのあまり(また爺さんより勢いのある女性起業家の手を借りるべきと判断したのか)、この買収に飛びついてしまったのではないか。との意見がありました。

この件に限らず、世間一般のM&Aに目を向けると、「欲しい」という立場で会社を買収しようとすると、どうしても相当に高値掴みの買物をしてしまうハメになるのだろうという事だと思います。

M&Aの成功実績で有名な日本電産の永守社長が言うように、「1円たりとも利益が出ている会社を、マトモな値段で売ってもらえることはない」というのが、真理に思えてきますね。

やはりM&Aを成功させるには、にわか仕込みでは無理で、ほかにはない独自の買収ノウハウを持っていたり、買収後に手間暇や苦労を惜しまずに汗を流したりという事が必要なのだと思います。

6.ではどうすればよいか

もちろん我々は、ワコールの経営者でも大株主でもありませんから、いちいち口を出す立場にもありません。それに経営に「これが正解だ」という唯一の答えがある訳でもないと思いますので、ここで紹介する議論が正しいと主張するつもりもありません。

只、経営者や株主という立場に立って、何が良いのかをワイワイと議論するのは自由ですから、その前提でお読みいただければ幸いです。

○さらなる高級ブランドの確立
何もわざわざ得意ではない分野に進出・拡大するのではなく、トヨタにおけるレクサスのように、これまで築いたブランドと強みを生かして、日本国内やアジアにおける富裕層向けに、更なる高級ブランドの確立を目指してはどうか。

○M&Aではなく、自前主義での新規市場開拓
若年層の市場、新しい流通経路を開拓したいなら、何も大金を投じてM&Aしなくても、自前で若く優秀なスタッフを雇い、ピーチ・ジョンのような会社について徹底的に研究した上で、潤沢な資金をもとに追随すれば、そこまで多くのコストをかけなくても可能だったのではないか。

○株主還元
経営者のミッションは何も規模拡大を続けるだけではないという考えのもと、もしどうしてもこれ以上の投資先分野も拡大余地もないと判断するのであれば、堅実に現状維持の努力と同時に、機動的な自社株買いや配当を駆使し、無駄遣いをせずに株主にきちんと還元するというのも、立派な経営オペレーションなのではないか。

以上のような調子で、いつも様々な議論が繰り広げられている訳です。

今回のお題がワコールと聞いた当初、僕自身は「な~んだ、つまんなそう」と思ったのですが、フタを開けてみれば全くそんな事はなく、様々な意味で非常に興味深く、勉強になるお題だったと今では選定者やUさん、それにご参加いただいた皆さんにも大変感謝しています。

2008年6月5日  T.Shibuya
ご意見ご感想、お待ちしています!

P.S
勉強会、飲み会(一次会)の終了後、決してコストパフォーマンスが良いとは言えない北新地のクラブに、有志数名で繰り出しました(笑)。

そこで、おねえちゃんたちに勉強会の事を話し、ワコールとピーチ・ジョンについて聞いてみました。
すると皆、口をそろえて「ワコールは買わないけど、ピーチ・ジョンは買う」のだそうです。

理由は「カワイイ」からだそうです。

「ワコール」は知っていても、「ピーチ・ジョン」なんて聞いた事もなかったオッサンにとっては、価値ある社会勉強となりました。
勉強代は高くつきましたが(笑)。

P.S^2
その後、三次会では、「太陽電池・エネルギー関連」の仕事をしている人がいた関係で、日本や世界のエネルギーの将来、戦略の必要性などについて、「熱くまじめに」議論し、帰って寝るころには朝方になっていました。

P.S^3
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