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企業と法律 第27回「有価証券報告書の虚偽記載に基づく損害賠償請求」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

最近の話題は、ファニーメイやフレディーマックですね。この件について、私が申し上げられることはあまりないのですが、日本への影響度合いについての専門家(とされる人たち)の意見が、限定付きだが日本には影響ないというものから、米国に与える影響は軽微にとどまる一方今後数年にわたって日本にダメージを与える大きな問題とするものまであり、その論拠を聞いても、いずれも完全には理解できませんでした。

みんながわかってないのか、私がわかっておらず今回の問題のある方向からの側面についての意見を見たのか、誰かだけがわかっているのかすら、よくわかりません。おそらくポイントは、これらGSE2社の発行する債券の価格がどの程度下落するか、米政府がどの程度の規模でどのようなスキームで救済するかというところかと思います。


1.ライブドアHDの有価証券報告書虚偽記載についての民事訴訟の判決とその判決への批判

さて、先日、「ライブドアHDに95億円の賠償命令 虚偽記載による株価下落で」というニュースがありました。今回は、この賠償命令について、検討したいと思います。

ライブドアによる有価証券報告書の虚偽記載の発覚で同株価が下落し損害を受けたとして、日本生命保険と信託銀行5行がライブドアホールディングス(旧ライブドア)に計108億円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、ライブドアHDに95億4000万円の支払いを命じたというニュースです。

これだけを聞くと、詐欺にあった被害者が詐欺をした人に損害賠償請求して、被害金額をもらったのだから、「まあ当然」という意見をお持ちになるかもしれません。

しかし、この判決について、ネット上等で次のような批判が散見されましたので、私になりに考えてみたいと思います。批判というのは、

・会社が違法なこと等をして株主が損をした場合、経営陣を相手取って損害賠償を求めるのは妥当な場合があるが、会社を相手取るのは、意味が不明である。
・賠償金が株主の財産から払われるということを裁判官はわかっていない。
・原告団に加わった株主や元株主と、それ以外の株主や元株主とで扱いの差を設けるというのはおかしい。
・日本の裁判所は、実質的に、何も分かっていないマスコミにのせられているだけであり、まともな法治国家とはいえない。

皆様はこの批判についてどのように思われるでしょうか。

私は、この批判は少し無理があると思っています。それは、次のように考えているからです。


2.司法の問題?

まず、今回の判決の結果、ライブドアHDが損害賠償を履行すると、現株主の財産が、一部の(現又は旧)株主に移動することになります。もちろん、自己株式の取得とは異なり、ライブドアHDは株式等の対価を取得しないので、ライブドアHDの現株主が一方的に損をしますので、その意味では、上記の批判の認識は正しいと思います。

私は、まず上記批判について疑問に思うのは、これは司法制度又は裁判官の能力不足の問題なのかという部分です。

旧証券取引法(現金融商品取引法)第21条の2は、虚偽記載等のある有価証券報告書の提出者は、虚偽記載等により生じた損害を賠償する責任を負う旨を明記しています。

要するに、有価証券報告書において虚偽記載した会社は、その虚偽記載で損害を受けた人に賠償しなければならないと「法律」が定めているのです。

「法律」で定めている以上、裁判官としては、それに従って判決を出さなければなりません。三権分立ですので、法律が違憲でもない限り、裁判官は、法律の定めに反して、勝手に判断することはできません。被害者から依頼を受けた弁護士にしても、依頼人の利益の最大化を図ろうとしますので、当然この法律を使って、損害賠償請求するでしょう。

仮に、上場企業が自ら作成した有価証券報告書の虚偽記載で株主に損害賠償することが批判されるべきことであれば、批判されるべきは立法者ということになるでしょう。一義的には国会及び国会議員、実質的には立法作業に携わった立法担当者や学者等の関係者ということになるでしょう。


3.虚偽記載等のある有価証券報告書の提出者は、虚偽記載等により生じた損害を賠償する責任を負う規定は、本当に間違っているのか。

では、前の段落で記載した旧証券取引法の規定は批判されるべきものなのでしょうか。

一般的な詐欺事件であれば、騙された人が騙した人に対して損害賠償請求できるのは不思議ではありません。これは、不法行為に基づく損害賠償請求と呼ばれるものです(詐欺による取引は取り消すことができますので、取り消して不当利得返還請求と考えることもできます)。

このような不法行為による損害賠償請求というのは、なぜ法律によって認められているのでしょうか。法律は、不法行為をした者は自らの不法行為によって生じた損害を負担しなさいということを決めているのです。

そこには、不法行為という何らかの人間の行為によって生じた損失は、誰が負担すべきかという観点に立てば、やはりそれは被害を受けた者(被害者)ではなく不法行為を犯した者(加害者)が負担すべきであろうという価値判断があります。

では、有価証券の虚偽記載という不法行為によって、株主になった者については、どう考えればよいでしょうか。株主になった者の被害は、いったい誰が負担すべきなのでしょうか。株主になった者(被害者)が追い続けるというのは流石に妥当ではないと思います。だからといって、訴訟を起こさなかった他の株主が負担するのは、おかしいだろうというのが上の批判ではないかと思います。

では、誰が負担すべきなのでしょうか。最終的には、そのような虚偽記載を行った担当者及びそれに責任を負う取締役、特に代表取締役ということになるでしょう。

ただ、有価証券の虚偽記載によって損害を負った被害者は、代表取締役や取締役、担当者が損害負担できない場合には、泣き寝入りすべきなのでしょうか。

ここは価値判断ですが、法律は、まず会社に残っている現金で被害者が被った被害を弁償し、会社は被害者に支払った損害賠償分については取締役に対して請求するのが被害者の保護になると考えたものと思われます。(もちろん、会社が取締役に対して損害賠償請求するのは難しい側面がありますので、株主代表訴訟という形になる可能性があります。)

ここで、上の批判では、会社が被害者に現金を支払うといっても、それは株主全員のお金だし、被害者自身のお金でもあるのだから、変だという意見がありました。要は、会社が訴えた被害者に賠償するのは、訴えた被害者以外の株主の財産が訴えた株主のところへ移動するだけじゃないかという批判です。

この意見に一理あるのですが、法律は、それはやむを得ない、被害者の損失の回復を優先すると考えたのでしょう。このような考え方が許される理由は、「権利の上に眠る者は保護されない」という考え方や、虚偽記載前からの株主で損害賠償請求権を有しない旧来の株主については「そのような取締役を選んだのは旧来の株主であるので責任の一端があり、会社が損害賠償を行うことによって減った現金については株主代表訴訟で回復せよ」という考え方によるのだと思います。

まとめると、法律は、虚偽記載によって生じた損害については、最終的には取締役や担当者が負うべきだが、それができない場合には被害者が泣き寝入りするのではなく、旧来の株主も含めた全株主の現金で被害者の損害分を補填(ほてん)し、その後会社から出て行った現金分について取締役を中心とした責任者に追求するという考え方を採用しているということになります。


4.やっぱり最後は国民?

先ほどのべたような法律の考え方は私の見解に過ぎませんが、割と正しいのではないかと思っています。この考え方が正しいか正しくないかは、「価値判断」ということになると思います。

被害者の損害回復としては、直接責任者に請求できる道だけを開いておけばよいという考え方もあるでしょう。ただ、法律の考え方は、形の上では国民の代表が国会において憲法に定められた手続きを則って採用した価値判断ですので、おかしいというのであれば、国民の間の議論を通じて、議論する必要があるでしょう。

さて、少し話は変わりますが、会社の財産を特定の株主に支払うことがおかしいという感覚はわからないわけではありません。このような議論をするためには、会社の財産は誰のものという議論をはじめとして、「株式とは何?」、「自社株を買うというのは誰の財産が誰に移転すること?」「配当によって株式の価値はどう変わるの?」というような理解が不可欠です。

7月26日~27日開催の合宿セミナーでは、このような理解、すなわちファイナンスリテラシーを高めて体得していただけるような工夫が数多くあります。自らの資産の一部を投資に回そうと検討されているかたは、投資先が株式であっても、不動産であっても、債券であっても、必須のリテラシーですので、ぜひご検討ください。

また、DVD「財務オペレーションと企業価値」では、先ほど述べたような会社の財務オペレーションについての理解を深めるために必要な内容が網羅されています。こちらも会社が実際に行う様々な財務政策についての完全な理解に非常に役立ちます。投資家のみならず、会社経営者、コンサルティング業務関係者、IR担当者等多くの会社の利害関係者にお薦めです。

2008年7月22日  M.Mori
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