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企業と法律 第11回「人の現在価値?!」


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。
今回のテーマは、「人の現在価値?!」です。

突然ですが、皆さんは、ご自分の「現在価値」をご存知でしょうか。
ニュース等では、「交通事故で死亡した○○さんの逸失利益(生きていれば生涯得られた利益)をめぐり、争われていた事件で、裁判所は被告に○万円の損害賠償を命じた」なんて、報道がなされます。裁判所が支払を命じた「逸失利益」というのは、死亡した○○さんの「生きていれば生涯得られた利益」全額なのでしょうか。

実は、そうではありません。

裁判所が支払を命じた「逸失利益」の金額は、死亡した○○さんの「生きていれば生涯得られた利益」の「割引現在価値」なのです。今回は、この「逸失利益」の話です。

そもそも、人に値段をつけるなんて・・・と思われた方もおられると思います。至極当然な感想であると思います。

人に価格をつけることはできません。

しかし、事件や事故で、突如「人」が死んだ場合や全く働くことができなくなった場合、被害者や被害者の家族が加害者へ損害賠償を求める必要が生じます。

法律の世界では、その何物にも代えることのできない「(人の命等の)損害」を賠償してもらうため、その「損害」を「金額」という形に変更することをしなければなりません。人が人に求めることができる(強制することができる)のは、結局「お金」という形にするしか方法がないからです。

今回は、「(人の命等の)損害」を「金額」に変えるプロセスを見ていきたいと思います。

1.人に値段をつけてよいのか?!
日本の民法学者の中には、人にはすべて同じ金額をつけるべきだという学説を提唱されている方もいらっしゃるようです。感覚的には、とても理解できます。

しかし、その金額をどのようにして決めるのかという難しい問題が生じますし、生まれた直後の赤ん坊が死んだ場合と一家の大黒柱が死んだ場合で、「経済的な側面」のみから残された家族のことを考えると、一家の大黒柱が死んだ場合の方が大変であるにもかかわらず、同じ金額というのも不思議な話です。

そもそも、損害賠償というのは、事件や事故によって生じた「損害」を誰がどの程度負担するべきかという観点から設けられたものです。残念ながら、生まれた直後の赤ん坊と一家の大黒柱では、「経済的な側面」のみから考えると、その「損害」が違うことはやむをえないのかもしれません。
(念のために付け加えますが、この話は、「人」を「経済的な側面」しか見ておらず、残された家族の悲しみは、場合によっては赤ん坊の方が大きいことだってあるでしょう。ただ、それは、収入が途絶えるという経済的な話を伴うものではありません。また、遺族の悲しさは、残された家族固有の問題(精神的損害)であり、死亡した人そのものを金銭評価する過程では、考慮することが難しいものです。)
日本の裁判実務では、死亡した人が将来にわたってどのような所得を得るかを予測し、年毎に所得から支出を差し引き、その結果得られるであろう現金収入を現在価値に引きなおす方法で行っています。

まさに、ディスカウントキャッシュフロー方式(DCF法)ですね。
そして、実は、かなり「ざっくりな」DCF方式です。実際に裁判で人(の逸失利益)を金銭評価するプロセスを見ていきたいと思います。

2.人の現在価値の算定方法(交通事故での死亡による逸失利益算出方法)

(1)収入の予測
まず、死亡した人の将来の収入を予測します(将来分析)。通例で利用される方法は2種類です。(1)死亡直前年度の年収が一生涯続くと仮定するか、(2)日本人の労働者の平均年収と仮定するかのどちらかです。後者は、厚生労働省が発行する賃金センサスにおける「全年齢平均賃金」又は「学歴別平均賃金」によるのが通常です。

(2)生活費の控除
次に、支出です。生活費として控除される率は、収入の50%(独身男性)や収入の30%(一家の大黒柱で被扶養者2人以上)等と「ざっくり」としたイメージがあります。ケースによって異なりますが、だいたい25%?50%の5%刻みとなっています。これも、「実際の生活費がいくらか」というよりも、実質的平等(男女の収入の不均衡、残された者の大変さの軽減等)を図るために使われている調整項目のような気がしてなりません(生活費控除率は、独身男性が一般に50%、独身女性が一般に30%とされています。「収入における生活費率」について独身男性が独身女性より1.6倍以上も高いといわれると違和感があるのは私だけでしょうか。ただ、賃金センサス等で将来の所得を算出するときに、男性と女性で差があるので、ここで実質的に揃えているのではないかといわれています。)。

(3)就労可能年数
さて、人はいつか死にます。永続することを前提とした価値計算をするわけにはいきません。そこで、人の収入を何年(何歳)まで見るかも問題となります。
通例は、「67歳」、高齢者の場合は平均余命の半分とします。ここでも極めて「ざっくり」とした基準が通例です。なぜ、「67歳」なのか・・・大学の民法の授業では、昭和40年の平均寿命と聞いた記憶があります。今も、この「67歳」を利用することについて、合理性があるようには思えないのですが、通例になっています・・・
ここまでで、年毎に当人に帰属するキャッシュを算定しました。

(4)現在価値に割り引く方法(割引率、単利と複利)
次に、現在価値に割り引くための割引率が問題となります。これも「えいやっ」と固定されています。
ずばり、「5%」です。
なぜ、「5%」なのか・・・なぜ1年後の105万円は今の100万円なのか・・・今の感覚では、なかなか納得しづらいところではあります。裁判所も最近の金利状況に照らせば5%が妥当ではない可能性があると認めてはいるものの、個々の事案ごとに適切な割引率を算出するのは難しいこと(将来のインフレ率などよくわからない:「法的安定及び統一的処理」が重要)、民法では損害賠償金元本に付帯する遅延損害金については民事法定利率が年5分と定めていること、過去の経験から5%は不相当ではないことを理由にして、5%という方針をとっています。最高裁も、平成17年に、「5%」が妥当と判決で述べています。個人的には、長期国債の利回り等でもよいのではないかと思ったりしますが・・・・・・。

ちなみに、割引率のための前提を「単利」でやっている裁判所もあります。なぜ、「単利」なのか、少なくとも経済的にはよく理解できません(※1)。通例では、「複利」を前提としています(「単利」を前提とした割引率算定方式を新ホフマン式、「複利」を前提とした割引率算定方式を「ライプニッツ式」とよばれています。言うまでもないですが、被害者にとっては新ホフマン式(単利)の方が有利です。)。
(なお、上記は、通例であり、個々の裁判官を拘束する基準ではありません。実際の裁判では、これらと異なる計算方法が採用されることがあります。有能な弁護士が被害者側の代理人となれば、より多額の損害賠償請求を行えるかもしれません)

3.まとめ
(いろいろ合理的でない点や考慮されていない点もないわけではありませんが、)裁判実務では、通常、このような過程を経て、人の現在価値を算出します(法律的には、「逸失利益」とよばれます)。
算式にすると、
(将来にわたって収入額を固定した場合)
収入額×(1?生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数(※2)
となります。
今日のエッセイの話だけを見ると、
結論:結婚するなら収入が多い人がよい
と、なりそうですが、この話は、交通事故等で人が死亡した時や後遺症が残った時のみが対象です。この話だけで、結婚を決めて、後から後悔しても私は責任取れません。
繰り返しになりますが、人に値段をつけることはできません。ただ、人の命や人の労働能力が事故や事件で失われた場合、その損害を加害者に賠償してもらう必要があり、やむをえずこのようなプロセスを経て、「損害」を算出しているのです。

※1
民法では、法律上債権の利息を複利計算するのは特別の場合だけというのが主な理由のようです。個人的には、将来の所得を現在価値へ割り引く際に、なぜこの条文を持ち出すのか、さっぱりわかりません。

※2
ライプニッツ係数:
「ライプニッツ式により○年分割引く時に、かけるべき係数」
例えば、1年であれば「0.9523」(=100/105)、10年であれば「7.7217」、20年であれば「12.4622」となります(n年であれば「(100/105)+ (100/105)の2乗+・・・・・+(100/105)のn乗」です。)。

(注) 本エッセイは、具体的な案件についてのアドバイスではありませんので、現実の具体的案件については法律や会計の専門家にご相談下さい。

2007年10月29日  M.Mori
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