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企業と法律 第4回「株主総会~ブルドック買収防衛策に寄せて~」


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

先週、東京地裁においてブルドックソース株式会社が発行しようとした新株予約権(いわゆる「買収防衛策」)に対する新株予約権発行差止め仮処分命令の申立てが却下されました。

今日は、スティールパートナーズ対ブルドックソースの事例を分析しつつ、会社法を見てみたいと思います。なお、本決定については上級審において異なる決定がでる可能性もありますので、暫定的なものとしてご理解いただければ幸いです。

さて、今回のスティールパートナーズ(スティール)とブルドックソース株式会社(ブルドック)の顛末をざっと振り返ってみたいと思います。
まず、時系列で追いかけてみましょう。

5月18日
スティール:ブルドックにTOB(株式公開買付け実施)

6月7日
ブルドック:反対意思表明。定時株主総会において、「特別決議による承認に基づき新株予約権無償割当てを行う」ことを決定。

6月13日
スティール:ブルドックが予定している新株予約権無償割当てにつき、東京地裁に対して発行差止め仮処分申立てを行う。

6月15日
スティール:TOB価格を1,584円から1,700円に変更

6月24日
ブルドック:定時株主総会において、特別決議により、新株予約権無償割当てを決定

6月28日
東京地裁:スティールの仮処分申立てを却下。

同日
スティール:不服申し立て(即時抗告)

第1ラウンドのプロキシーファイト(委任状争奪戦)で、ブルドック経営陣に軍配が上がりました。

第2ラウンドの法廷闘争で、スティールは1回ダウンをとられた状態(即時抗告して東京高裁の決定を待っている状態)です。
ただ、「スティールがこれらのファイトに勝たなければ、『負け』なのか」という議論があります。これは、後ほど説明します。

1.TOB(株式公開買付け)
まず、TOBとは、ある人がある会社の株式を大量に買う場合に原則として「行わなければならない手続き」です。ここでは、「僕は、この株式が欲しい。○円で買うので、売ってくれる人、この指、止ま?れ!」というものだと思っていただければ結構です(実際にどのような場合にTOB規制が適用されるかについては、専門家にご相談ください。)。
スティールは、当初、「1株1,584円で買います」と宣言していました。その後、1,700円/株に変更しました。スティールは、1,584円/株であっても、1,700円/株であっても、ブルドックの1株当たりの価値としては、「あり」だと思っていることが前提です。

2.新株予約権無償割当て
ブルドックは、スティールのTOBへの対抗策として、新株予約権無償割当てを行うことを決定しました。この新株予約権無償割当てが今回の騒動の最大の特徴です。この新株予約権無償割当ては、2006年5月に施行された会社法によって新たに導入された方法で、株主全員に対して、同じ内容の新株予約権を割当てるというものです(※1)。
では、今回、ブルドックが発行決議した新株予約権の内容と発行手続きの概要を見てみましょう。

(1)新株予約権の内容
今回の新株予約権のポイントは、
スティール以外の株主に1株当たり3株与え、スティールには、3株与える代わりに、1,188円(396円/株)を与える。
というところにあります。
「1,188円(396円/株)」は、当初のTOB価格である1,584円/株の3/4に相当する現金を意味し、「基準日前の株」が1,584円の価値を有するとすれば、スティール以外の株主にとっては「基準日前の株」→「基準日後の株」×4、スティールにとっては「基準日前の株」→「基準日後の株」+「396円」×3としても経済的には平等であるという意味が含まれています。
端的にいえば、ブルドックとしては、スティールに対して、「持ち株比率を下げます。その代り、減った分についてはTOB価格相当の現金を差し上げます。」という要求をスティールにつきつけた形です。ここまで来ると、新株予約権の本来の意味はほとんどないことがわかります。主な内容は、半強制的にスティールの株式を買い取り、スティールの持株比率を10.25%から2.82%まで下げるというところにあるのです。まさに、経営陣が自分に不都合がありそうな株主を追い出すための買収防衛策(※2)です。

スティールは、追い出されてはかなわんということで、この発行を差し止めるべく、裁判所に対して、新株予約権発行差止め仮処分命令の申立てを行いました。ブルドックが発行しようとしている新株予約権を中止しろという命令を出してくれと、裁判所にお願いをしたわけです。
先程、「スティールがこれらのファイトに勝たなければ、『負け』なのか」という話をしました。ここからは、推測になりますが、スティールにしてみれば、保有株式について、入手価格(※3)より高い値段で、ブルドックが買ってくれるというのですから、この新株予約権無償割当てが行われてしまっても、「買収」という意味では失敗ですが、「投資」(お金稼ぎ)という意味では問題はないでしょう。ですので、個人的には、スティールは、これらのファイトにどうしても勝たなければならないわけではないと思われます。

余談ですが、TOBへの対抗策として、経営陣がとるべき手段として、少なくとも、(i)単純に「TOBに応じないでください」とアピールする方法と、(ii)今回の新株予約権無償割当てを行う方法が考えられました。実際に経営陣の買収防衛策(新株予約権無償割当て)に賛同した約8割もの株主がTOBに応じないという行動さえとれば、そもそも買収されないはずです。今回(ii)の方法をとることにより、約23億円(ブルドックからスティールに交付される予定の現金の総額)ものキャッシュアウトをする必要が生じたのですが、そもそも(ii)の方法をとらなければ企業価値の棄損を防げなかったのかという疑問もわいてきます。確かに、この両者の違いを考えると、経営陣にとって防衛できる「確実性」は異なりますが・・・。ここから先は、読者のお考えにお任せしたいと思います。

(※1) 今回の新株予約権の内容をみると、株主全員に対して、同じ内容の新株予約権を割当てていないじゃないかという疑問が生じそうですが、実際に付与されている新株予約権は、「スティールは保有しても行使できず、基準日現在にスティールが保有している場合は、強制取得の対価として株式の代わりに現金を交付する」という性質をもった新株予約権であり、この新株予約権は株主に平等に割り当てられているという意味では、株主全員に対して、同じ内容の新株予約権を割当てていることになります。仮に、「スティール以外の株主」が取締役会の承認を得て「スティール」にこの新株予約権のみを譲渡したとすると、「スティール以外の株主」が保有していた新株予約権であっても、「スティール」は行使できませんし、強制取得された場合であっても株式を交付してもらえません(まずありえない話ですが)。そういう意味では、「スティール以外の株主」と「スティール」で、異なる新株予約権が交付されたのではなく、上記の性質を持った新株予約権が平等に全株主に割り当てられていることになるのです。

(※2) 誰にとっての防衛策かという議論については、KISS第58号「判断、など、もろもろ」、KISS第91号「買収防衛策」をご覧ください。

(※3) TOB直前までの少なくとも過去5年間の市場での価格は、TOB価格以下であり、平均入手価格は、確実にTOB価格より低いと思われます。

(2)新株予約権の発行手続き
さて、今回の発行は、株主総会で行われました。このことは、今回の発行についてのもう一つの大きな特徴です。
会社法では、新株予約権無償割当ての決定は、「株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。ただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない。」とされています(会社法第278条第3項)。本来、取締役会設置会社では、取締役会で決議すべき事項であり、定款に特別な定めがない限り、株主総会で決議できないものです。
今回、ブルドックは、この新株予約権の決議をする前に、株主総会で『わざわざ』定款変更をして、株主総会の、しかも『特別決議』(出席株主の2/3以上)が得られないと新株予約権無償割当てを行えないという規定を設けました。そして、この規定に則り、新株予約権無償割当てを行いました。

ところで、会社法は、株主総会の役割をどのように考えているのでしょうか。
株主総会とは、株主が集まる会であり、会社の最高意思決定機関ですが、会社法では、その役割が明確に定められています。会社法では、次のように定められています。

会社法第295条
1 株主総会は、この法律に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について決議をすることができる。
2 前項の規定にかかわらず、取締役会設置会社においては、株主総会は、この法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができる。
(3項省略)

第1項は、取締役会を設置していない会社についての規定です。株主総会は、会社に関するどんなことでも決議できるということです。

第2項は、取締役会を設置している会社についての規定です。法律と定款に規定していること『だけ』を決議できるということです。

株主総会は、株式会社の最高意思決定機関ではありますが、取締役会設置会社では、法律と定款に規定していることしか決議できないとされています。取締役会を設置している場合、会社の根幹にかかわる事項は「株主総会」で、業務執行は「取締役会」で決めることになっており、役割分担が明確にされています。

さきほど、『わざわざ』と書いたのは、本来、会社法では取締役会決議のみで発行できるところを、手間もかかるし、要件も厳しい株主総会の特別決議をチョイスしているからです。ただ、このチョイスが、後で効いてきます。

3.新株予約権発行差止め仮処分命令の申立ての却下
今回、東京地裁は、ブルドックの買収防衛策を認めました。これを理解するには、少し会社法について知っておく必要があります。

【前提知識1】
会社法は、株主総会の特別決議により、結果的に一部の株主を追い出すようことができるような仕組み(全部取得条項付種類株式・交付金合併等)を認めている。その場合は、反対株主による株式買取請求権が認めてられており、その価格について発行会社と折り合わなければ、裁判所がその価格を決定する。

【前提知識2】
会社法は、株式や新株予約権の発行について、法令や定款に違反する場合のほか、著しく不公正な方法により行われる場合は、不利益を受ける恐れがある株主は、裁判所に発行をやめるように請求することができる。
6月28日の東京地裁の決定は、大まかに言うと、次のようなことを言っています。

【平成19年6月28日東京地裁決定の骨子】
(1)今回の新株予約権の発行については、上記【前提知識2】と同じ枠組みで判断する。
(2)今回の新株予約権の発行は、株主平等原則等の法令には、反しない。なぜなら、確かに、スティールの持株比率が引き下げられる内容となっているが、スティールがその代りに受け取る現金はそれに見合ったものである。
(3)今回の新株予約権の発行は、著しく不公正とは言えない。なぜなら、今回の事例では、公開買付けの対抗手段の是非について株主総会が判断することは許されるものであるし、株主総会の判断は、不合理なものではなく、不相当なものでもなく、既存株主にも不利益をもたらす状況ではないので、株主総会が権限濫用したとはいえない。

この決定について誤解を恐れずに、シンプルにすると、
「今回の新株予約権は、経済的には一応不公平はなく、内容的には一部の株主の株主比率が強制的に下げられる性質があるが、株主総会の特別決議を経ており、それもやむを得ない。経済的な不公平の有無については、裁判所に判断する権限が与えられている。今回の新株予約権は公開買付けに対する対抗手段であり、現経営陣による防衛目的のオペレーションである。このような状況を考えると、少なくとも今回のケースで株主総会の特別決議に図るという方法は、内容的にも手続き的にも相当であり、スティールにも他の株主にも不利益を与えない。」ということになると思います(あまりシンプルになってないかもしれませんが・・・)。

おそらく、裁判所は、上記の(2)や(3)の判断にあたって、【前提知識1】を前提にして、今回の新株予約権の発行について株主総会の特別決議で可決されたことを重要視していたものと思います。会社法では、株主総会の特別決議によって可決されたスキームによって反対株主の意思に反してその株主を追い出すことが認められることとパラレルに考えると、今回のケースは、株主総会の特別決議があり、裁判所が対価を判断したところ適切であると判断できるので、この防衛策は、会社法の意図するところに反するものではないであろうという判断が働いたものと考えます。

今回の事例をもって、株主総会の特別決議を得ていれば、どんな買収防衛策でも許されると判断することは危険だと思います。たとえば、買収者に交付する対価が低い場合(=経済的な不平等が発生する場合)は、明らかに不当ですので、仮に株主総会の特別決議を経ていたとしてもそのような買収防衛策は許されないでしょう
今回の裁判所の決定は、株主総会の特別決議で導入された買収防衛策については重要な基準となる可能性がありますが、取締役会決議のみで導入された買収防衛策に影響するかは不明であり、この点は注意が必要です。

2007年7月3日  M.Mori
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