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企業と法律 第29回「企業のファイナンス手法の選択 その2」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

私は、邦楽が大好き!というほど好きではありませんが、そんな私でも、EGO-WRAPPIN'は、割と好きです。そのEGO-WRAPPIN'の最近のニュースに「初のベスト・アルバム『ベストラッピン 1996-2008』を10月15日にリリース。そのレコ発ツアーを行なうことが決定した。」というものがありました。このベスト盤は、ちょっと聞いてみたいです。そんなベスト盤の発売も実は立派なファイナンスの一手法です。

今回は、前回(第28回「企業のファイナンス手法の選択 その1」)の続きです。

前回は、

1.企業のファイナンスの方法には、大きく分けると、
  ① お金を借りる方法、
  ② お金を出資してもらう方法、
  ③ 何かを売る方法の3つがあること。
2.企業のファイナンス手法の概要として、お金を借りる方法には借入と社債があり、お金を出資してもらう方法には株式発行があること。
3.お金を借りる方法とお金を出資してもらう方法のメリット・デメリットは、期待収益率の差、資金繰りへの影響等があり、ビジネスモデルや事業の成長段階によって、いずれが良いかが異なること。

をお伝え致しました。


2.企業のファイナンス手法の概要

(3)何かを売る方法

何かを売れば、その分、現金が手に入ります。これをファイナンスに生かすことがあります。

端的には、自社ビルを売却し、賃貸にすることにより、本業に利用できる現金を増やすことができます。このように総資産を圧縮し、資本効率を良くすることを一般にオフバランス化といいます。

オフバランス化の主なメリットには、資金調達の他に、①資本効率の向上、②本業以外に由来するリスクをヘッジすることが挙げられます。

具体的には、売掛金を売却(現金化)するファクタリング、受取手形を売却(現金化)する手形の割引、不動産や知的財産権の売却(現金化)や流動化等が挙げられます。

これら以外の例では、JRは、Suicaという仕組みをつくり、カードやポイントを売ることで、デポジットやポイントの対価という格好で、莫大な金額の現金を手に入れました。
(電子マネーの消費者からのファイナンス的意味については、ITAKURASTYLE 「電子マネーに関する頭の体操」をご参照ください)

有名ミュージシャンが資金のかかるツアーを開催する前に、ベスト盤をリリースして、ツアー資金を調達することも、何かを売って、資金調達することの一例といえるかもしれません。
(多くのベスト盤は、全国ツアーの直前に販売されているはずです。ツアーにきて貰うための広告も兼ねており、一石二鳥の方法です。EGO-WRAPPIN'だけでなく、最近では、安室奈美恵さんもベスト盤で新記録樹立&ツアー追加公演決定というニュースがありましたが、これも同じ手法ですね)

このようなファイナンス手法は、既に資産(ベスト盤の場合は、過去の知的財産権(楽曲))を多く有している企業が主に利用します。

もし皆さんが、あるミュージシャンから今度ツアーをやるので、一億円出資してくれと言われると、ポンと出すでしょうか。ツアーは、始めてみるまで、何人来るかはわかりません。ある意味、大きなバクチです。そのような大金でバクチをやる人(それに値するアーティスト)は、中々いません。

しかし、まず、ベスト盤をリリースして、ベスト盤の利益を元手にツアーを開催するというのが一連の事業だとすると、必要な出資は、ベスト盤をCDに落とすためのコストと流通コスト(+広告宣伝コスト)のみで、随分とリスクが軽減されることになります。リスクが軽減されると、資金の出し手も増えると言うわけです。

ファイナンス手法として、何かを売る場合、主たる目的が資金の調達にあることは間違いありませんが、より高度な目的として、上記の①資本効率の向上や②本業以外に由来するリスクをヘッジすることにある場合もあります。

資産の圧縮(オフバランス化)は、総資産利益率(ROA)や、株式資本利益率(ROE)の上昇に繋がります。これが①資本効率の向上です。こちらの方は理解しやすいと思います。

②本業以外に由来するリスクをヘッジするは、ちょっと理解しづらいかもしれません。物を所有することは所有に伴うリスクを負担することを意味します。

例えば、ビルを所有すると、地震によってビルが崩壊した場合の損失を受けるリスクやビルの資産価値が下がるリスクを負担することを意味します。個人の場合でも、持家の場合は、同じようなリスクを負担しますよね。阪神大震災の際に、ローンを組んで、家を買ったばかりの人が、家を失い、二重ローンにする羽目になったというニュースをお聞きになった方もいるかもしれません。

所有には、リスクが付きものです。そこで、そのような本業とは関係ないリスクを投資家の負担から解放することにより、資本コストを軽減するということが行われます。本業とは関係のないリスクを投資家の負担から解放する方法の一つが、今回説明した「何かを売る」方法です。実は、別の方法もあるのですが、それは次回お伝えします。

それでは、ここまで概要を見てきましたので、実際に利用されるファイナンス手法を説明したいと思います。

3.具体的なファイナンス手法

(1)お金を借りる方法

いつまでも「お金を借りる方法」という表記では、逆にわかりにくくなりますので、これ以降は、Debt(デット)と表記することにします。

Debtを増やすファイナンスは、借入か社債が基本であることは前回述べました。
その借入の基本は、金銭消費貸借契約の締結です。銀行からお金を借りる際、金銭消費貸借契約を締結します。金利が安くしてもらうためには、自分の会社の信用を高めるしかありません。利益率を1%上げるよりも、資本コストを1%下げる方が企業の現在価値を上げます。(なぜ、そうなるかについては、ご自身でエクセルを使って計算するか、合宿セミナーにお越しください)

会社の事業を理解してもらい、継続的な付き合いの中で、信用を勝ち得ていくのが基本となります。担保を差し出すと、当然に金利は低くなります。留意点は、非上場企業の場合等では、社長等が個人として連帯保証を負わなければならない点(※1)でしょう。銀行からの借入は、会社の借金と社長個人の人生が密接にリンクしてしまう点が数多くの悲哀やドラマを生んできたのかもしれません。

社債発行には、大きく2種類あり、実際に市場で公募し、多くの投資家に購入してもらうものと、借入の代わりに、銀行等少数の投資家が引き受ける私募債です。基本的には、借入と変わりませんが、証券化されている分、流動性が高くなっています。流動性が高いということは、社債権者は、満期まで保有しなくても、売却して回収することができますので、その分、買いやすく(→金利が低くてもよい)ことになります。

その一方で、発行に要するコストもありますので、いずれが良いかは、金利差と発行コストを天秤かけることになります。実際には、担保価値やその他の契約条件も絡んできますので、総合的に判断し決めることになります。

社債の中で特殊なものに、「新株予約権付社債」というものがあります。これは、保有者が権利行使した場合、あらかじめ設定した転換価格で、債権(社債)を株式に変えるものです。

当初は、お金を返して欲しいと思っているが、高い成長を遂げそうということがわかった段階で、株式に変えた方が得をするという意味で、投資家側に非常に有利なものです。逆に、発行会社側からすると、いずれになるか不明であることから、基本的には切羽詰まったときに発行されます。肝となるのは、「転換価格」です。この転換価格を最も低い時価と設計するのが悪名高き下方修正条項付きMSCBです。
(MSCBについてのエッセイは多数ありますので、是非検索してみてください)

MSCBにとっては非常に有利な内容です。その分、既存の株主が損をする可能性が非常に高いです。

(2)お金を出資してもらう

こちらも「お金を出資してもらう」という表記では、わかりにくいですので、Equity(イクイティー)と表記することにします。

Equityを増やすファイナンスは、基本的には株式発行と新株予約権の発行です。株式については、普通株式のほか種類株式もあります。種類株式については、こちらのBTB14回企業と法律12回企業と法律13回等のエッセイをご参照ください。

Equityを増やすファイナンスで最も重要なことの一つに、割当先の選択があります。借入の相手方は、貸金の返還請求しか行いませんので、利息や返済期日といった契約内容の方が遥かに重要ですが、株式の割当てについては、相手方が誰であるかが非常に重要です。投資銀行や投資ファンドなのか、事業会社なのか、一般株主なのかによって、その後のマネジメントが全く変わってくることになります。

株主を劇的に変更する方法がMBO等になります。(上場とMBOについては、こちらのエッセイをご参照ください)

未上場企業の場合であっても、ベンチャーキャピタルに割り当てるのと事業会社に割り当てるのでは根本的に違いますし、割当先のファンドの性格や満期、担当者との相性等が非常に重要になります。

新株予約権の発行については、ストックオプション目的の発行が主にイメージされると思いますが、有償で発行することにより、ファイナンスとしての機能を果たさせることができます。

また、発行会社がマイルストーンを達成した場合に新株予約権者が当該新株予約権を行使する義務を規定することで、マイルストーンに応じた投資を実現するケースもあり、開発が重視されるベンチャー企業でこのような手法が用いられることがあります。

上記の分類の他、通常の第三者割当か、株主全員に持ち株比率に按分して割り当てるいわゆる株主割当かという分類もあります。現在では、上場企業で株主割当てを行うケースは余りありませんので、今回は特に取り上げないでおこうと思います。

(3)何かを売る

ファイナンスとして、何かを売るための手法を取り上げる場合、債権や不動産を売りやすくする手法自体を指すことがあります。売りやすくすることを「流動化」といいます。

大きなビル等の不動産は、丸ごと買うことができる人は限られています。
そこで、SPC(Specific Purpose Company:特定目的会社)という特殊な会社を使って、持分を細切れにして、証券化する手法があります。REITは、このような手法を用いて、いくつかの大きなビル等の不動産が細切れの証券にして、上場したものです。

債権も流動化されます。アメリカで、銀行が保有するサブプライム層向けの住宅ローン債権が数多く集め、それをさらに証券化することによって、市場に出回っていました。銀行の資産のオフバランス化ですね。

不動産市況になると、サブプライム層向けの住宅ローンはことごとく焦げ付きましたので、市場に出回った証券も価値がなくなったのが、今回のサブプライムローン問題の発端です。

ちなみに、このような証券を購入する側にすると、ワケのわからないものは買わないようにするのが鉄則です。ただ、市販の饅頭(まんじゅう)や御飯を食べるときに、その内の一部の肉や米に毒性のある物質が入っている可能性について、消費者が調査するのには、限界があるのと同様、証券の内容の詳細までチェックすることについても限界があります。

食品の場合は、農林水産省のチェック体制等が重要になるわけですが、これが金融商品市場であれば、格付け機関や証券会社、証券取引所の役割になるわけです。サブプライムローンに関して言えば、格付け機関のずさんな格付けが問題になりましたし、新興市場の一部の銘柄では、証券取引所のチェック体制が問題になりました。

一般投資家は、ある意味、信じるしかない部分もありますが、自分で調査し、できる限りのリスクをヘッジするのが正しい投資家の有り様でもあると思います。

※1)最近では、少額ではありますが、無担保融資も増えていますので、常に負わなければならないわけではありません。


(次回へ続く)

2008年9月23日  M.Mori
私用で十日間ほど日本におりませんが、帰国いたしましたら、ご返事させていただきます。
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